48 命の神子の真意
ノーゼンハイムを離れて半月は経った。 ついに目的地である、サウザンの王都にたどり着いた。
緑豊かなノーゼンハイムの南部にありながら、砂漠と荒野に覆われた国。
命の神の管轄であるこの地は、限られた場所でしか人間が生きられない。
街を横切り、命の神子の住まう神殿に向かった。
石造りの巨大な門には何人もの門番が立つ。
「命の神子様に謁見願いたい。妹が病で言葉を話せなくなってしまったんだ」
マーガレットは声を無くしている。一部だけ本当を混ぜて事情を説明する。
愛の神子だと名乗ったが最後ボコボコにされかねない。愛の神子は、ノーゼンハイム以外の国からも九年戦争の発端となった戦犯と呼ばれている。
だからあくまでも妹の治療を願う兄を演じる。
「そうか。お前さん妹が。事情はわかった。治癒を願うのであれば面会予約をするといい。今から予約すると一年待ちだ」
「一年んんん!? どんだけ!」
愛の神の大聖堂は、一年に一人冷やかしがくればいい方なのに。
命の神子のもとには巡礼者が殺到して一年待ち。これが信用の差か。
「そんなに待っていられないよ! どうしても今すぐに会わなければならないんだ!」
「他の者だってそうやって待っているのだぞ。お前一人だけ特別扱いはできん」
神子だと名乗れないのがこんなにも面倒だなんて。
名乗ったところで誰にも信じてもらえない。だって見た目はそこらの人と何も変わらないから。
こうなりゃ強行突破しかない。
あえて愛の神子だと名乗ってやる。
「今、中にいるんだな! なら会わせろ! ボクは愛の神子。命の神子にコンタクトを取る権利を持っている」
「何をあからさまな嘘を! 神子様は今ここにはいない!」
「それこそ嘘だね。この時間は執務室にいるんだろ。あんたの心がそう言っている」
「な、なっ!」
門番の心を読めばすぐにわかった。
言い当てられた門番は一瞬にして青ざめる。
「言っただろ、愛の神子だと。お前たち、右から順に、ロディ、キール、スヴェンだな。ボクの魔法は心を読む魔法。反意をもつやつも見つけることができる」
「お前が愛の神子だと言うのなら、ますます会わせる訳にいかない! 戦犯が何をしに来た!」
「それこそこっちのセリフだ。ボクは、お前らの主が犯した罪を償わせなければならない」
「命の神子様が罪を犯すわけがないだろう!」
ちっとも話を聞きやしない。命の神子が何一つ間違いを犯さないと思っている。
「ボクが他国の神子だとわかった上でその発言かい。ただの人間より偉いんだけど。お前らの命の神子様と同等の格を持っているんだけどね」
「敬われるようなことをしたのかよ」
「やだねぇ。施しを受けないと敬えないのかい。時の神子を疎む奴らと同じことを言っているんだね」
せっちゃんも、せっちゃんが罪を犯したわけではないのに、時の神子だからという理由で港町の奴らに恨まれる。
なんて理不尽。
騒ぎが奥まで聞こえたんだろう。
護衛の神官四人を引き連れて、やつが現れた。
短い金髪に赤い瞳。
サウザンの民族衣装、原色の麻織物に身を包んだ男だ。
ボクに気づくと目を細めた。
「やあ、久しいね、命の神子。ボクが何をしに来たのか、言わずともわかるだろう? ここで全て暴露されたいかい?」
「…………そいつを通せ」
命の神子の言葉に、門番たちがおののく。
「ですが神子様! こいつは」
「通せと言っている」
有無を言わさぬ一言で、門番たちは一斉に跪いた。
ボクは命の神子の神官二人に挟まれ、奥に進む。神官たちに睨まれているし、怪しまれているし、針のむしろだ。
執務室に通されて、神官たちに外で控えるよう伝え、二人だけになる。
「時の神子の使節としておまえが来るとは好都合だったな。村の兄妹から伝言を預かったんだろう」
「伝言はされていないよ。あの子は兄を亡くしたショックで声を失っていた」
「そうか。兄の方は耐えきれなかったか」
心の中で、兄が死ぬのは想定外だと言っている。どのみち兄妹以外の全員は殺す予定だったとも。
「おまえ、なぜあんなことをした。村人を殺し尽くすなんて」
「魔法のために必要だからだ」
「は!?」
「魔力は、無尽蔵に湧いてくるわけではない。おれの場合、他の命を引き替えにして、それを癒やしの魔法に変換する」
淡々と話す内容に鳥肌が立った。
誰かを殺すことで他の誰かを癒やす、命の天秤。
それが治癒魔法の正体。死に至るほどの傷を癒せるのは、相応の対価を払っているからなのだ。
「サウザンは命を重んじる国。死刑制度がないからな。だから、大火災の被害者たちを癒やすのにそれなりの人数殺す必要があった。あの地図に載らない村の話は聞いたことがあった。要らないと言われ追いやられた人間たちの村。こういうときに使えて、好都合だったな」
「お前なんでそんな、世間話みたいに言えるんだ! おかしいんじゃないのか!」
「愛の神子、お前も、戦場で多くの命が散るのを見ただろう。船ごと海に沈んでいくさまを。みな、成人したばかりの者ですらも、天寿を迎える前に散っていく。遅いか早いかだけの違いだ」
戦時に生まれていなかった男が、見てきたかのように言う。
「戦争のときにいたのは、お前の先代であってお前じゃないだろ。何を知ったふうなことを」
「あのときの質問の答えを言おうか、愛の神子。人間を守る価値はあるかどうか」
「なざ知っている……?」
港町が戦場になったとき、ノーゼンハイムの後援として、先代命の神子も戦場にきていた。
ボクは先代に会ったときに聞いた。
ここまでして愚かな人間を守る価値はあるのか、と。
どっちが勝っても意味はない。ボクたちは使われるだけの人形だと。
「『ぼくも、価値はないと思う。だから、終わらせたいんだ。禁術で、世界を巻き戻したいと思う』これが先代の答え。そしておれの答え」
無表情だった命の神子に、ようやく表情が浮かぶ。虚ろで悲しそうな表情。
「おれたち命の神子は、歴代命の神子全員の記憶を受け継いでいく。瞳に埋まるこの神子の証、エリクシルはそういう代物だ。
──どうか助けてください神子様と、誰もが簡単に言う。それを言われるたびに、おれは他の誰かを殺さねばならない。殺される者も、死にたくない助けてくれと言う」
何も、言えない。
魔法の性質上、どちらか一方を必ず見殺しにしなければならない。
なんていう地獄だろう。
ボクの記憶では、先代命の神子は誘拐されたあげくに誘拐犯に殺されている。
それらの痛み全ても引き継いで今まで生きてきたのだ。
ボクなら耐えられない。
先代様の、死ぬほどの拷問を受けた記憶すべて受け継ぐなんて。
「お前も人間が嫌いだと言っていただろう、愛の神子。お前が来たら言おうと思っていた。協力してはくれないか。おれは、この世界を終わらせたい。そのためには、時の神子の命が必要なんだ。彼と時の鎖が、時を巻きもどす禁術の鍵」
手を差し伸べられる。
あの日戦場にいたボクなら、迷わずこの手を取っていたに違いない。
でも、今のボクは、この手を取れない。
たくさん嫌な思いをしてきた。人間なんて大嫌いだった。
でも、この世界を消したら、せっちゃんも、フェンネルもマリアも……マーガレットも、みんなみんな、消えてしまう。
そんなの嫌だ。
好きな時間ごと消えてしまうなんて、嫌だ。
全力で命の神子の手を振り払った。
「協力しない。ボクは、お前に罪を償わせるためにここに来た!」





