「玲和」四年、日本国はウクライナにジョブチェンジしました! 後書き
ついカッとなって書いた。今でも反省も後悔もしていない(ぉぃ
ただまあ、勝手に「日本の平和の鐘」を舞台装置に使ったのは悪かったと思っています。
営利じゃないし一応世界平和を目指したお話だから許してくれるといいなあ、と思っています。
基本的に私が精力的に、かつ纏まって意味を成した文章を書ける時というのは、私自身が深刻な鬱病に罹っていて、そこから回復していく時期に限ります。
なので正直、出落ち一発ネタで、五ヶ月あまりにわたって、三部構成・五十八話・十一万字以上も書き切ることが出来たのは、正直意外でした。
これほどの文章を曲がりなりにも起承転結まで書けたのは、学生時代、某文庫に応募して無惨にも一次選考落ちした時以来です。
さて、時事ネタ一発ものという評価を某所で見ましたが、その通りです。
基本的にアホ話です。
そう評価する感性こそ普通の人の感覚なので、そう評した方は是非ともその感覚を大事にして生きてほしいと思います。
アホ話でも書いてないと、現実のあまりの残酷さにやってられなかったのです。
だから反則技は連発させてもらいました。
勅命講和、弑逆(?)、転生、タイムリープ、子供の真摯な祈り、オマージュ。
ちょっと第三部では我田引水させてもらいましたが、飽く迄もこの話はフィクションであり、現実の人物、団体等とは無関係です。
ただし、無関係ですが、無関心ではありません。
思う所、含む所は(沢山)あります。
平和とは観念的に説諭すれば訪れるものではなく、残念ながら暴力に対し武力で立ち向かった者だけが勝ち得るものです。
即時停戦を唱えれば平和が訪れるなどというのは机上の空論であり、現下の暴力の阻止には何ら寄与しません。
「ペンは剣よりも強し」と言いますが、その背後には物事を言い聞かせられるだけの実力が存在しているのです。
その事を理解せず、ただ遠き地の果てから停戦の念仏を唱える者の言葉を、一体誰が聞くというのでしょうか?
暴力に対し、武力を携えて立ち向かえた者だけが、銃後の平和を実現できるのです。
私の頭の中で話が動き出した基点は、そこだったように思います。
平和主義国家である我が国は、平和を乱す者に対し、本来、「理性的に」怒り狂い、断固たる態度で行動せねばならないのです。
だから、平和主義国家日本国にはジョブチェンジしてもらいました。
私が、平和を乱すと思ったものについては、基本的に退場してもらいました。
私が考える平和な世界というのは、そういう多大な犠牲を強いた先にあります。
そういう世界しか思い描けませんでした。
読者の皆さんには、それを是認するのではなく、否定的に行動してほしいと思います。
本編からそれを汲み取って頂いて、世界平和の実現のためにはどうすれば良いか、今一度、皆様が思いを致して下されば幸甚です。




