第95話 砂漠の防衛
「それじゃ、みんな。悪いけど、後はお任せするわね」
「ん。おやすみ、司令官」
「おやすみなさい、司令官。サポートが終わったらまた私も休みますので」
「わたしも、もうちょっとしたら引き上げるよ~」
「現地のAIに引き継いだらね!」
「あとは、オリーブにまかせて…おやすみなさい、司令官」
心配でたまらないが、そこは心を鬼にして、司令官は司令室を後にした。
温かいものでも飲んで、心を落ち着けて就寝することにする。
「司令。哨戒機も飛ばしていますし、各地のセンサーも異常ありません。私も補助を行いますので、そう心配なさらないで下さい」
「分かってるけどー。心配なのよ!」
ため息を吐きまくりながら歩く彼女に、背中に手を当てて寄り添いつつ、<リンゴ>が慰める。
仕方がないので、<リンゴ>はそのまま司令に密着し、添い寝まで付き合って快眠サポートを行うことにした。
仕方がないのである。仕方ない。
ウツギ、エリカは現地戦略AIとやり取りしつつ、今後の対応を決定していく。
基本的に、魔物が来てもこちらからは攻撃しない。防衛線に近付いた場合は威嚇行動を取る。防衛線を突破された場合は、攻撃する。
1匹を囮にして攻撃するという連携も見せられたため、そういった陽動にも警戒させる。1匹見かけたら、どこかに別の個体が潜んでいると想定しての思考を徹底させる。
警戒は空からと、地中に打ち込んである複合センサーで行う。元々リアルタイム処理は行っていたが、そこに割り振るリソースを一時的に増やした。
哨戒機は、第2要塞から応援が飛んできている最中だ。あと数十分もすれば、上空の哨戒機数は倍になる。
夜間のため解像度は低くなるが、地上を移動する魔物であれば十分に発見できるだろう。
地面に潜っているものは、振動センサーで捉えることが可能だ。
後は、現在増産を進めている複合センサーをさらに広範囲に設置すれば、当面、侵入する魔物は事前に察知できる状態となる。
「オリーブ。採掘プラントの戦略AIを掌握して。センサー網と哨戒機のテレメトリーを統合する。制御プログラム、解析プログラムは現地戦術AIを転用して。プラントは一時的に止めていい。AI筐体は、追加の空輸を指示した」
「…うん。…掌握したよ」
アカネの指示に従い、オリーブが現地戦略AIと疑似結合を行った。重結合と異なり、疑似結合は後々の結合解除が可能な神経統合である。
尤も、そもそも距離が離れすぎていて重結合は不可能なのだが。
疑似結合を行うことで、あたかも現地に自分が居るが如く思考演算することが可能になる。
デメリットは、結合解除後に相手側頭脳装置の神経系が完全変容してしまうことだ。
通常は様々な弊害が発生するため、リセットするしかなくなるのだが、今回の現地AIはほとんど初期状態な状態のため、ほぼ問題ないはずである。
オリーブは早速、現地戦略AIと戦術AIのリンクを確立、センサー類、哨戒機の制御プログラムを流し込んだ。同時並行で情報処理システムも組み上げていく。
このあたりの組立スピードは、5姉妹の中でオリーブが随一である。
組み上がったシステムの不具合も少なく、さらに自動修正改善機能まで付いており、<リンゴ>の評価も高い。
司令官はべた褒めである。まあ、べた褒めの対象はオリーブだけでなく、全員もなのだが。
「アカネ、多脚戦車の戦術AIネットワークの最適化が終わったよ~」
「リンク形式をメッシュからツリーに変更したよ。ルートノードは多脚母機の戦略AIに掌握させたからねー」
ウツギとエリカは、多脚母機と多脚戦車のネットワーク再構築を行っている。
元々は柔軟性があり、耐障害性の高いメッシュ形式を取っていたのだが、ネットワークの維持に少なからずリソースが割かれていたため、ツリー形式へ変更したのだ。
この場合、通信起点となるルートノードに処理負荷が集中してしまうが、その分末端ノードとなる多脚戦車は自由に動けるようになる。
指揮命令系統も整理できるため、第1種戦闘配備を行っている状況では、こちらの方が有利となるのだ。
ルートノードはほとんど移動せず、固定砲台として利用することになる。
「ネットワーク変更のキャリブレーションが完了した。問題ない。ウツギ、エリカには休息を指示する。10時間後に交代を」
「アカネは大丈夫~?」
「残業だねー」
「問題ない。2時間後にはオリーブに引き継いで休息に入る。イチゴはこれから6時間ほどバックアップをお願いしたい。大丈夫?」
「はい、最低限の休息は取らせてもらったので、大丈夫です。任せて下さい」
少女たちはハイタッチを交わし、ひとしきりわちゃわちゃしてからそれぞれの仕事に戻ったのだった。
「司令、サソリの死骸の回収が完了しています。現在、<ザ・ツリー>内で解剖を行っています」
「はいよー」
朝、彼女は<リンゴ>から昨夜の顛末を報告されていた。
「基本的な構造は、通常のサソリと変わらないようですね。外骨格の組成はかなり特殊です。また、胴体内部で例の結晶が発見されました。大きさは、これまでのサンプルと比較して想定通り、というところです。今の所、結晶の大きさは体重にある程度関係していると思われます」
「ふーむ。普通の動物には無いのよね?」
「はい、司令。テレク港街などで入手した家畜には存在しませんし、周辺で捕獲できる魚類や貝類にもありません。やはり、魔物と分類される動物は、この結晶の有無で決まると考えて間違いないでしょう」
謎の結晶、司令官曰く、魔石。テレク港街などでは、単に結晶という意味の単語で表現されているようだ。
ただ、これはあまりこの結晶が流通していないためと思われる。
そこそこの流通のあったフラタラ都市でも、どうも名称が安定していないようである。アフラーシア連合王国では、まだまだ未知の鉱物であるとの認識のようだ。
「魔法の研究は、森の国がそれなりに進んでいるようです。交渉を続けて、そのあたりの知識を対価として引き出せないか試していますが、なかなか難しいようですね」
森の国との交易交渉は引き続き行っている。
セルロース布などは、一定量の取引も開始された。対価はひとまず硬貨を受け取っているが、これは東門都市への租借料や、人夫への給料という形で消費する予定である。
今後取引量を増やし、レブレスタ側の特産品などを仕入れていく計画だが、できれば魔法技術も輸入したいのだ。
「森の国が求めるものをうまく聞き出せればいいんだけどねぇ」
さすがの<リンゴ>でも、まだまだ対人経験が少ないため、交渉は一進一退と言ったところだ。
まあ、よい経験になると割り切って交渉を続けるしか無い。
「はい、司令。鋭意努力します」
最後の手段として、戦闘艦を伴って港に乗り付けるという交渉(物理)もできるのだ。あまり足元を見られるようなら切っても良い札だろう。
「それと、石油港、採掘プラントに対地攻撃ドローンを配備することにしました。現在、第2要塞から空輸を行っています。上空から攻撃できれば、かなり有利に防衛できますので」
マシンガン、ロケットランチャー、またはミサイルを搭載した攻撃型のドローンだ。
基本的に空中で固定砲台として運用することを想定している。
そのため、探知能力はあまり高くない。他の機械類と連携する前提の攻撃機である。
「レールガン搭載型もあるんだっけ?」
「はい、司令。試作型ですが、3機ほど組み込んであります。排熱問題がまだ解決できていないため、連射はできませんが」
空中から初速8,000m/sの砲弾を一方的に撃ち込むことが出来るというのは、相当なアドバンテージとなるだろう。
マイクロ波給電の特性上、どうしても受電装置が発熱しやすく、また蓄電、発砲も多量の熱を発生させるため、ここを解消できない限りはなかなか常用するのが難しい兵器なのだが。
「頼もしいわねえ。この調子で、石油の生産も頼むわよ」
「はい、司令」
◇◇◇◇
とある場所。広がる砂丘の一部から、突如として大量の砂が噴出した。
ほぼ同時、砂丘の中から、巨大な生物がゆっくりと出現する。
ざあざあと体に載った砂を流し落としながら、それは巨体を持ち上げる。
それは、全長40mを超える大きさの、巨大な蠍であった。
眷属が殺されたことを察知し、そしてそれを脅威と認め。
それは、ゆっくりと移動を始めた。




