第91話 石油港
石油の積込み拠点は、単純に石油港と呼ぶことになった。
埋蔵量によっては恒久的な設備になる可能性もあるが、基本的には短期で引き上げる想定のため、わざわざ凝った名前をつけるまでもないという判断である。
「名前といえば、そろそろ第2要塞の正式名称も決めたいわねえ」
「はい、司令。何か候補が?」
「今のところは思いつかないけどね」
まあ、しばらくは対外的に秘匿される拠点であるため、困りはしないのだが。
オイルポートは現在、桟橋建造とその先の海底掘削を行っているところだ。桟橋自体はこれも金属製で、子蜘蛛がわさわさと組み立て中だ。
海底掘削は、昨日到着した工作船が、早速機材を投下して作業中である。海底を高圧水で破砕掘削し、土砂を海水ごと吸い上げ、多段階の分離機構を経て海水と土砂を分離する。
土砂は埋め立て用として利用し、セルロース布のバッグに詰め込まれ次々に海中へ投下されていく。
「すごい勢いで掘れるものなのね」
「はい、司令。このあたりの工法は第2要塞建設時に一通り実施済みで、最も効率の良かったものを採用しました。予定では、3日ほどで一通りの掘削作業が完了します。桟橋と合わせて大型貨物船から直接の積み下ろしが可能になりますので、そこから一気に油田を取りに行きます」
「貨物船かぁ。資源運搬用に作ったアレね。機材の運搬?」
「はい、司令。多脚戦車80機、多脚重機150台、小型作業機120ユニット、石油採掘プラント一式、多輪連結運搬車20台を積んで航行中です。さすがにこの量を運ぶには貨物機では不足ですので、船舶による輸送は必須です」
「そうね。…うーん、よくぞここまで揃えたわね。感無量、かしら」
転移最初の頃、物資不足にあえいでいた頃を思い出す。何をするにも資源不足、備蓄を削りながら綱渡りで日々を過ごしていたのだ。
現在も資源に余裕ができているわけではないのだが、機材の生産量は飛躍的に向上している。
「とはいえ、まだまだ在りし日には遠く及ばないわね。大規模鉄鉱床も見つからないかしらねぇ」
「はい、司令。目下探索中です。やはり海底鉱床が最有力ですね。今回の石油プラント建設のため一時中断となりましたが、こちらが稼働開始後に一気に資源を投入しましょう。樹脂資材の利用が可能になりますので、プラットフォーム建造が捗りますね」
<ザ・ツリー>が海底鉱床を発見してから、はや690日。とんでもなく時間が掛かったものの、ようやく先が見えてきたのだ。
推定埋蔵量は1億トン。
<ザ・ツリー>周辺海域のみでその量だ。更に未探査ではあるものの、熱水鉱床やメタンハイドレートなど、魅力的な海底資源がまだまだあると推測される。
「夢が広がるわねえ…。…まあ、魔物の問題はあるのだけれど」
海底は広大だ。リンゴの推定によると、この惑星では陸地の3倍は海が広がっている。
今の所、<ザ・ツリー>周辺海域での脅威となる魔物の存在は見つかっていないが、それはたまたま居ないだけだという可能性が濃厚だ。
これから<ザ・ツリー>が活動域を広げれば広げるほど、その脅威に出くわす確率は高くなる。
「北大陸ではあまり外洋航海は活発ではありません。海の魔物に関する情報も限定的で、役に立ちませんね。前人が居ない以上、我々が手探りで進めるしかありません」
そして、そのためには十分な武装が必要だ。これは、<レイン・クロイン>との戦いで学んだことである。
魔物に対しては、とにかく武力をぶつける必要があった。そのため、海底プラットフォームを建設するに当たり、防衛力、攻撃力にリソースを割り振る必要があり、資源配分には頭を悩ませたものだ。
最終的には、<リンゴ>のおまかせメニューを選択したのだが。
「とりあえず、目の前の石油は確実に確保したいわね。先行偵察隊は?」
「はい、司令。航空偵察は順調です。今の所、脅威になりそうな生物は発見されていません。
海岸沿いは砂地ですが、内陸はいわゆるステップ気候に分類されるような植生ですね。乾燥した大地と丈の低い草が続いています。
起伏はそれほどありませんが、岩石が露出している地域があり、一直線に結ぶのは難しいかもしれません。
地質マップが完成次第、多脚機械を進出させます」
現在、第2要塞からプロペラ機を回し、オイルポート周辺の地図を作成中だ。高度制限を行っているため、一気に空撮といかないのがネックだが、これは仕方がない。
地図は、油井とオイルポートを結ぶ移動路を選定するのに必須であり、またパイプラインの建設にも当然重要である。
ちなみに、パイプラインの開通までは多輪連結運搬車を使用して石油の輸送を行う。多脚ではないため、ある程度整地された道が必要だ。
多少の不整地であれば走行できるが、多脚のように急角度の斜面の移動はできない。
多脚式の輸送車も検討したものの、さすがに石油満載時の各脚の接地圧の問題で採用されなかった。
百足のごとく大量に脚を付ければ解決できそうではあったが、それだけ可動部を設けると故障率が馬鹿にならない数値になるため、選択できなかったのである。
「多脚輸送機械ってのもいいと思うんだけどねぇ」
「はい、司令。あまり重くない物資を運ぶということであれば採用も可能です。ただ、さすがに石油運搬には向きませんね」
「しゃーないかあ」
現地侵攻用の補給機としてはいいかもなあ、と彼女は思いつつ、とりあえずそれは保留する。
「よし。オリーブが採掘施設の防衛計画を提出してたわね。一緒に確認しましょ」
「はい、司令」
転移後700日。<ザ・ツリー>はこの日、初めてとなる大規模ユニット群を他国領土に上陸させた。
既に空挺降下済みの部隊と合わせ、多脚地上母機4機、多脚戦車112機、多脚重機180台、小型作業機161ユニット、多輪連結運搬車20台という大部隊が、砂漠へ侵攻を開始する。
一部はオイルポートの警備および建設作業に残るが、大部分はそのまま選定済みルートへ進出した。
多脚戦車が砂を蹴散らしながら疾走し、ルートを確定。後ろに続くのは多脚地上母機、さらに後ろに多脚重機が群れをなして付いていく。
数百台の多脚機械が踏み均した地面はそれなりに平坦になっており、最後に走る多輪連結運搬車も十分に速度を出すことが出来る。
ちなみに、多輪連結運搬車の外観は、走るタンクである。
石油を積むためのスペースさえあれば問題なく、自動制御のため運転席はオミットされている。動力はインホイールモーターで、胴体部分に大きなエンジンなども積まない。
そうすると、巨大なタンクに直接タイヤが付いているというシンプルかつ不気味な車両のできあがりだ。
さらに、それが4両、連結した状態で砂漠を走行することになる。
「魔王軍かしら?」
これが司令官の感想である。しかし、この編成を強く希望した本人がそう言ってしまうのは、どうなのか。
「森の国側の対策として、特に多脚偵察機は視認される危険がありますので、カモフラージュのため生物に似せたデザインにしてもよいかもしれませんね」
というわけで、一部の機体の装甲パネルは曲線を重視したデザインのものに取り替えられることとなった。万が一、レブレスタ側に存在がバレた場合も、魔物と誤認されると期待される。
「これ、不用意に姿を見せたら、魔王の尖兵とか言われて大騒ぎになりそうね…」
脚部関節保護のための装甲配置などが相まり、禍々しい雰囲気が醸し出されていた。
この多脚偵察機を、油田周辺の警備に当たらせる予定だ。余裕があれば、例の要塞線周辺地域への進出も考えているのだが。
「まあ…バレなければ大丈夫か…」
彼女はあまり期待していない態度で、そう呟いた。




