第90話 拠点確保
「目標空域を確保しました。周辺に敵性勢力なし」
「領域クリア。貨物機進出します」
「監視領域を前進。大型給電ドローン進出します」
偵察機を先行させ、対象区域の安全を確認。後方の貨物機は安全な空域を飛行する。
同時に、後方約400km、上空20kmに滞空している給電ドローンを前進させ、マイクロ波給電領域を進出させる。
大型給電ドローンは主に大電力のマイクロ波中継を担当する装置で、個々の装置機械へ給電する機能は低い。
どちらかというと、前線に配備するマイクロ波給電装置そのものへ給電することを目的とする装置だ。
現在は、遠方から偵察機8機へ給電するために使用している。
「貨物機の投下予定空域への到着は13分後。偵察機D、E、Fを超低空偵察に回します」
「ウツギ、偵察機コントロール受領。偵察飛行を開始」
「アカネからエリカへ、降下部隊のコントロールを移譲します」
「エリカ、部隊コントロール受領。強行降下シーケンスを開始」
今回の作戦<油をくれ>では、ほぼ全ての作戦進行をアカネ、イチゴ、ウツギ、エリカ、オリーブの5人で実施している。<リンゴ>はオブザーバーで、司令官は見学である。
「この見学って役割、嫌なんだけど…」
「はい、司令。残念ながら変更は不可です」
「なんで!?」
アカネは現在、飛行機部隊の制御を行っている。先行偵察機で宙域の走査を行い、安全が確保された状態で貨物機と直掩機を前進させる。
同時に、マイクロ波給電ドローンも操作し、給電範囲を移動させている。
イチゴは全体の統制を行っており、他4人への指示や細々とした調整を担当。
ウツギ、エリカは侵攻部隊の直接操作を行う予定で、現在はほぼ待機。上陸予定地点に到着次第、部隊の空挺降下を行う。
オリーブは工作船および護衛艦の操艦と、第2要塞および<ザ・ツリー>の生産設備の調整を担当。侵攻用機器の製造を行っている。
<リンゴ>は5姉妹の判断、行動をチェックし、問題がある場合は適宜助言を行う。
ただ、致命的な問題にならない限りは基本的に口出しせず、見守る姿勢だ。
司令官は特にすることがないため、そんな彼女たちを眺めていた。<リンゴ>が見学の役割を表示するのも無理はない。
姉妹達の気が散らないよう、<リンゴ>が気を利かせて隔離しているため、実際に見学しか出来ないのである。
「貨物機群、予定空域に到達」
「空挺降下を開始」
貨物機の後方ハッチが大きく開口。そこから、多脚戦車が次々と射出された。
電磁レールにより機体から放出されると、即座にロケットモーターを点火、降下加速しつつ目標地点へ向けて飛行する。
「制圧用多脚戦車の放出を完了。貨物機A群は離脱します」
「貨物機B群は後方で旋回待機中」
「超低空偵察、対象地域の走査を完了。脅威となる問題は発見されず」
「了解。空挺部隊は予定通り着地を行う」
空挺部隊はロケットモーターで加速しつつ、予定地点に突入。逆噴射に切り替え、次々に地上に降り立った。
役目を終えたロケットモーターをパージしつつ、即座に疾走を始める。
「全機着陸完了。制圧行動を開始しました」
「データリンク正常。周辺情報の収集を開始しました」
「データ解析を開始。周辺に敵性行動体は確認されず」
「規定範囲の確保を完了」
「確保完了を確認しました。貨物機B群から重機の投入を開始します」
「貨物機C群は3分後に空域に到達します。到達次第資材投下を開始します」
戦術マップが、目まぐるしく情報を更新していく。
多脚戦車や随伴する偵察特化機から送信される環境データを、現地の戦略AIがリアルタイムに分析表示していく。
グレーの未調査領域が急速にイエローの探査済みに更新され、更に打ち込まれた情報収集杭がグリーンの索敵済みに塗り替えていく。
最終的に、<ザ・ツリー>の<ザ・コア>により問題なしと判定された領域が、安全確保領域としてブルーに変更された。
「順調に進んでいるわね」
「はい、司令。元々、周囲に敵性勢力も存在しない未開の地です。航空偵察により、脅威になる生物群も確認されていません。問題なく完了するでしょう」
「工作船の到着はいつになるんだっけ?」
「およそ29時間後です。それまでには、計画通りに監視塔の建設が完了するでしょう。長丁場になりますので、数時間程度で交代勤務に切り替えます」
「交代勤務…」
「はい、司令。頭脳装置の連続覚醒稼働時間も、最長でも50時間程度です。今回の作戦は数ヶ月は継続すると予想されますので、大きな問題がなければ早々に交代ルーチンを組み込む予定です」
「なるほどね。まあ、そりゃそうね。あの子達は<リンゴ>と違って生身みたいなものだし、仕方ないわね」
「はい、司令。厳密には<ザ・コア>の頭脳装置も常に一部がスリープするルーチンが組まれていますので、休息は取っていますが」
「そういえば、そんな設定を読んだ記憶があるわね…」
超頭脳の頭脳装置は、24時間稼働を実現するため、全体の4分の1程度が常に休眠している状態であるらしい。
そのため、実能力は構成ユニット数の4分の3程度であると説明されている。
まあ、そもそものユニット数が非常に多いため、誤差のようなものではあるのだが。
「司令も無理せず、いつも通り就寝をお願いします」
「はいはい。問題があれば、起こしてくれるのよね?」
「はい、司令。それと、交代勤務になるため、姉妹達の就寝時刻は不定期になります。そちらも気にされず、司令はいつもどおりにお願いします」
これまではいつも一緒に寝ていたのだが、そうするとあの5姉妹も独り寝になるのか、と彼女は感慨深げに思った。
ちゃんと寝付けるのか、心配になる。
完全に、親目線であった。
「最悪の場合は強制入眠機能を使用しますので、お気になさらず」
「あ、そう…」
完全に、思考を読まれていた。彼女は気まずげに頬を掻いた後、改めて椅子に座り直す。
「よし。じゃあもうしばらく作戦を見守りましょうか…」
「はい、司令」
上陸地点に選んだ海岸は、東西500kmという巨大な河口の左端に位置している。
この大河は森の国が交易に利用しているのだが、そもそもの行き来が少ないうえ、多数存在する島々によって複雑に水流が区切られており、主要な水路からは完全に隠された場所だ。
水深も浅いため、工作船到着後は海底掘削から行われる予定である。逆に言うと、そんな場所であるため、間違っても他国の船が迷い込んでくるような事もない。
テレク港街側であるため、交易が続いていれば万が一という可能性もあったのだが、現在は完全に途絶えている上、街そのものも<ザ・ツリー>の支配下となっているため、気に掛ける必要はなかった。
「地中データの解析を開始します」
「音響データのローディング完了。各情報収集杭とのリアルタイムリンク、成功」
「地層情報、解析完了。探査範囲を拡大、建設地の探索を開始します」
これまでいろいろな場所で収集してきたデータを使用し、建設候補地の音波探査を行う。
<リンゴ>の試算では、90%以上の正確さで地下数十メートルまでの地層情報を収集可能とのことだ。
今回建設するのは監視機能とマイクロ波中継機能を合わせた、そこそこの高さの塔である。基本構造は鉄骨製で、紫外線劣化するセルロースは使わない。
砂漠という極限環境のため、なるべくメンテナンスフリーな構造物とする必要があるのだ。
「対象地点の絞り込みが完了。強固な岩盤が露出している場所が確定したため、この位置に監視塔を建設する」
「解析AIにより、蓋然性はA級と判定されました。問題なしと判断します」
「了解。建設シーケンスを開始します」
建設地点を定めると、多脚重機が行動を開始した。岩盤を掘削し、基礎杭を打ち込み土台を確保。鉄骨を溶接しながら、瞬く間に塔を組み上げていく。
「こういった建造物の組み立てには、小型の多脚機械が有用ですね」
「そうね。うーん、子蜘蛛が群がって塔を作り上げているわ…」
ワラワラと群がる小型多脚機械が建造する光景は、控え目に言っても悪夢のような光景であった。




