第89話 ギブミー・オイル
「探査範囲を精査しましたが、人工的な活動の形跡は発見できませんでした」
「森と砂漠の境界あたりに、砦のような建造物はあった。これが最前線の可能性が高い」
イチゴ、アカネが分析結果を報告してきた。
「そう。ありがとうね。となると、進出してもバレる可能性は少ないかぁ…」
うーん、と地図を眺めながら彼女は唸った。
各種機械類の空輸は問題ない。
地平線下に入れば視認はされない。高度1,000mでも地平線までは150km程度であるため、砦に監視要員が居たとしても目視されることはないだろう。
気にすべきは、地上移動による巡回が行われていないかだ。
「そもそも、何であんな場所に砦を作っているのかしらね?」
一応、砂漠も含めて森の国の領土である。
しかし、その砦と城壁は、砂漠地帯に向けて作られているように見えた。
まるで、砂漠から来る敵を押し止めるために設けられているようだ。
「何らかの文明があったようにも見受けられませんし、海岸に上陸した軍が砂漠を縦断して襲ってくるようなことも考えられませんね。そうすると、砂漠からくる何かを押し止める為の施設でしょう」
「何か?」
「はい、司令。恐らくは、何らかの魔物ではないかと」
「ああ、なるほど。そういえば、魔物が居たわね。この世界…」
そうすると。
<リンゴ>の推測が正しいとすると、森の国は南方の砂漠地帯を持て余しているという可能性はある。それが本当であれば、<ザ・ツリー>にとっては朗報だが。
「そのあたり、どうにか確認は取れないかしらねぇ…少しでも内情が分かれば、判断材料にはなるんだけど」
「東門都市のレブレスタ大使に確認しましょう。レブレスタの港町について確認し、その流れで聞くのであればさほど不自然さは無いかと」
「ん。港町に言及しちゃう? 交易は、基本は東門都市経由が望ましいんじゃなかったっけ?」
「経済活性化という面で推進する想定でしたが、石油確保の為には優先順を変更するのは問題ありません。また、雑談レベルであればそう影響はないかと」
「そう? まあ、そのあたりは任せるわ。情報が入ると良いわねぇ」
「はい、司令」
<リンゴ>は慎重に会話を組み立て、レブレスタ大使から砂漠地帯の情報を入手した。
砂漠地帯は、そもそも植物もほぼ無く、水も当然少なく、人類が生存することは基本的にできない過酷な土地である。有用な資源も見つかっておらず、わざわざ砂漠地帯へ進出するメリットも特に無い。
むしろ、問題は砂漠地帯に生息する特有の魔物種である。大型の魔物、姿かたちを聞いた限りでは、恐らく蠍が巨大化したような魔物の群れが、食料を求めて草原や森に進出しようとして来るらしい。
それを防ぐため、あるいは事前に察知するため、砦と城壁が築かれているとのこと。
とはいえ、城壁を長大な砂漠全体に張り巡らせることはさすがに出来ない。砦に囮役となる兵士を常駐させ、魔物を誘引して始末するという方法を取っているようだ。
「ちゃんと聞き出せたわね。しかも、思ったより情報量が多いかしら」
「はい、司令。どうも、砂漠地帯は魔物の領域、というのが森の国内の一般的な認識で、隠すべきものでもないようです。稀に、魔物素材を求めて突入するような者も居るようですが、それでもせいぜい徒歩で1日程度しか南下しないのではないかと」
そもそも魔物素材とは?という疑問もあるが、そこまで話を進めると雑談のレベルを超えるため切り上げたそうだ。
そういった疑問は、テレク港街、あるいはフラタラ都市で確認することにする。
「低空、あるいは地上進出なら、油田周辺で活動してもバレる心配は無いかしらね…」
「はい、司令。そもそも、油田の存在に気付いていない可能性もあります。主要な砦の位置からは、直線で200km以上離れていますので、本格的に砂漠を移動するためのキャラバンでも組まない限りは、到達も難しい場所ですね」
彼女は考える。
国際的枠組みもまだ無い世界で、<ザ・ツリー>のような力を持った勢力が、他国の資源を奪取するという問題。
相手は自国領土として認識はしているが、統治できているわけではない。主張しているだけで実態を伴わないとなれば、それは机上の空論と同じである。
そこを、相手の妨害を受けること無く占拠した集団が居たとして、その集団に対して何らかの制裁を加えることが出来るか。
「結局、<ザ・ツリー>として、森の国またはその他の国家から制裁されるのかどうか、戦闘が起きるかどうかなのよね。問題は」
「はい、司令。地球の歴史上、国際条約が効力を発揮するのは実行力、即ち制裁対象国に打撃を与えることが可能な武力、または経済力が十分にある場合のみです。
例えば、世界を相手に戦えるだけの国力を持った国があったとして、その国に何らかの条約を突きつけることができるのかというと」
「出来ないわね。自国以外全てが敵という状況でも耐えうるのであれば、主張を押し付けられる事はない。
なぜなら、最悪、戦争すれば勝てるのだから。戦争によって十分な打撃を与えられるからこそ、話し合いという手段が有効になる」
「はい、司令。相手と張り合える武力があってこそ、同じテーブルにつけるのです。
…少し話が逸れましたが、相手が砂漠地帯へ進出してくる可能性が十分に低いのであれば、この油田を<ザ・ツリー>が確保しても、何ら問題はないと考えます」
「んー…。そうね。極端に言うと、油田を確保した勢力が<ザ・ツリー>だとバレなければ問題はないのよね。最悪、ある程度石油を確保してから撤退しても良いわけだし」
倫理的には問題があるように思えるが、果たしてその倫理を守る意味があるか。
「一歩踏み出せば、二歩目は容易…か」
「はい、司令。歯止めが掛からなくなるということを心配されているのであれば、倫理警告AIを導入することも可能ですが」
「うーん。まあ、そのあたりは経過を見ておいおいね」
彼女という1人の人間が判断するという構造的問題を抱えている以上、本来は、彼女の行動を抑制できる存在が必要だ。
しかし、この世界にはそういった存在はおらず、<ザ・ツリー>は際限なく暴走する危険性を孕んでいる。それを理性的に判断、警告する役割を持ったAIを準備することも可能だが、まあ、普通に考えればその役割は<リンゴ>が十分に果たせるはずである。
「<リンゴ>、あなたが気にしていなさい。今回の侵攻は、<ザ・ツリー>の利益が最大となり、相手国への被害は最低になるわね」
彼女は一度目を閉じ、ややあって、目を開いた。
「森の国領土内の油田を確保するわ。<リンゴ>、適切に采配なさい」
「了解。
<ザ・ツリー>は第二種戦闘配備に移行。
第2要塞、第一種戦闘配備。
要塞司令にはイチゴを指名します。副司令はアカネ。
作戦目標は油田の確保です。
海岸を確保後、速やかに港湾施設を建造します。
当該施設の管理はウツギ、エリカを指名。
油田採掘設備の設計・建造・運営はオリーブに一任します」
「許可するわ」
「了解。オペレーション:"油をくれ"を開始します」
「え、何その名前」
滑走路から、次々と飛行機が飛び立っていく。
貨物を満載した6発のプロペラ機がそれに続く。
今回の侵攻作戦で使用されるのは、全てモーター式のプロペラ機だ。
ジェット機を使うほどに速度を必要としておらず、またモータープロペラであればコストが安く、量産性が良いため選択された。
先行偵察機8機が上空に上がり、航路を確保する。
高度は800m程度に抑え、上空及び海上に異変がないか監視を行う。
その後に続くのが貨物機とその直掩機だ。
貨物機には地上制圧用の多脚戦車と、港湾整備用の多脚重機、および多数の資材を積み込んでいる。
これらの航空戦力で海岸を確保し、その後、海上輸送で多量の重機と資材を運び込む計画である。
第2要塞建設に使用された工作船が、機材・資材を満載し、ほぼ同時刻に出港した。




