第88話 5ヶ年計画の立案
「うーーーーーーん…」
司令官は悩んでいた。
侵攻すべきか否か。
石油は魅力的だ。その他金属資源は少ないながらも自力で賄えている。今不足しているのは、石油なのだ。
「でも、侵略戦争はねぇ…」
しかし相手は、曲がりなりにも文明的な国家である。攻撃的なわけでもないし、実際に何らかの紛争が発生しているわけでもない。
将来的に<ザ・ツリー>の脅威になるという情報もなく、どこかと争っているという話も聞かない。
そんな、至ってまともな国に、資源が欲しいからというだけで侵攻してもいいのだろうか。
「自前で油田が欲しいのは確かなんだけど、輸入がダメってわけじゃないのよね」
健全な交易により石油が手に入るのであれば、悪くない関係になるだろう。
それによって手に入れた石油で延命しつつ、別の手段でどこかの油田を見つければ良いのだ。
希望は海底油田である。
それならば、外洋航海技術の発達していないこの大陸であれば、誰にも文句は言われることがない。
いや、たとえ言われたとしても一蹴できるし、ある程度言い訳も可能だろう。
だが、陸地はまずい。
領地を宣言している場所を奪い取れば、間違いなく戦争になる。
圧倒的な武力で黙らせるという方法は取れるだろうが、それでも一度は確実に戦闘を行う必要があるだろう。
「海洋国家であれば、砲艦外交で黙らせることも考えられたけど…」
森の国は港を持っているとはいえ、本質は内陸国家だろう。海軍があるとは考え難い。
海洋貿易に依存しているわけでもなく、たとえ港を封鎖したところで、ほとんどダメージは与えられない。
あるいは。
「陸上戦艦でも作って、無理やり黙らせるか…」
実用性は乏しいが、威圧という意味では有用だろう。
だが、効果は未知数。ライブラリを漁ってみたものの、さすがに陸上戦艦などという代物を使った外交についての記述は見つからなかった。
「いやでも、そもそも砲艦外交してどうするの…? 油田の割譲を要求…? それとも、租借地にでもする…?」
油田の開発を主導するという手も考えられるが、どんな手を使うにせよ、武力を伴う要求であれば、しこりが残ることになる。
わざわざ敵を作りたいとは思わないのだが、しかし、友好的に石油を確保する方法が思い浮かばない。
もし相手が積極的に欲するものがあれば、それと交換という提案ができるのだが、今の所そういったものは把握できていない。
「テレク港街みたいにうまくはいかないわよねぇ…」
そもそも、アフラーシア連合王国については、国としての体を成していなかった。
そのため、わりと好き勝手にやっているが、結局何の介入も受けずに<パライゾ>としての立場を確立できている。
第2要塞の建設も、全く人の手の入っていない場所だ。
一応、周辺諸国からはアフラーシア連合王国の国土であると認識されてはいるものの、当の王国がまったく掌握できていない。
恐らくだが、一度も人間が訪れたことのない土地だ。数年でも実効支配できていれば、あとは強弁できるだろう。
尤も、数年でアフラーシア連合王国の混乱が収まるとも思えず、どんなに早くても10年は掛かる見込みだ。10年あれば、完全な要塞都市を建設できることだろう。
「どうしたものかしらねぇ…。<リンゴ>は何か、意見はあるかしら?」
「はい、司令。まずは、目的を明確にすべきかと」
「目的?」
「はい、司令。目標を定め、それを実現するための手段を選択するのが良いのではないでしょうか。現状では、私から言える希望は、<ザ・ツリー>の勢力拡大のみです。そのためには、侵略戦争も已む無しかと」
そう答えられ、彼女はなるほど、と頷いた。
<リンゴ>の存在価値は、彼女を守ること、彼女に仕えること、そして勢力を拡大すること。
勢力拡大のためには大量の資源が必要で、現在、石油の確保は第一目標と言っても過言ではない。
そして、それは自前で採取すべきもので、輸入という不安定な状態は許容できないのだ。
「うーん。私は、そうねえ。最終目標というと、命の危険に怯えること無く、悠々自適に生活することかしらねえ…」
もちろん<リンゴ>や皆と一緒にね、と彼女は付け加える。
命の危険に怯えること無く、悠々自適に。
簡単なようで、非常に難しい目標だ。<リンゴ>には、命の危険に怯えること無くという条件は定義ができなかった。
極端に言うと、<ザ・ツリー>の勢力以外の知的生命体を全滅させれば、命を狙われる心配はなくなるだろう。
しかし、それでも自然の脅威は無くならない。嵐、地震、津波、火山噴火。隕石による環境破壊も無視はできないし、長期的な気候変動による寒冷化や灼熱化、地磁気反転などの惑星環境の変動。
更に言えば、外宇宙からの侵略者。<リンゴ>は元々、<W o S>というゲームから転移してきたAIだ。
WoSは与えられた惑星を開発し、宇宙を目指すというストーリーである。当然、宇宙空間を航行する技術についても所持しているし、ライブラリにもその項目は存在する。
であるならば、他星系の知的生命体についても無視するわけにもいかない。
何をどこまでやれば、命の危険が無くなるのか。
「ま、その辺りはどうしても主観的な感想になるから、難しいわよね。<リンゴ>も、あんまり真剣に考えなくてもいいわよ?」
「はい、司令。努力します。最終目標については、別途検討しましょう」
「めっちゃ真剣じゃん」
司令の事について、<リンゴ>に妥協の文字はない。それは彼女にも予想がついたため、苦笑しつつ議題は棚上げとする。
「まあ、あれよね。短期目標。いえ、どっちか言うと中期目標かしらね。うーん、何だろうね。鉄も確保できたし、ちょっと一段落ついちゃった感じはあるのよねぇ。石油は1年以内に何らかの形で確保したいけど、それより大きな目標よね?」
「はい、司令。できれば、5年以内程度の期間でお願いします」
5年、5年かあ、と彼女は呟いた。
「5年も先のことなんて考えたこと無いけど…」
「……」
そう告白されても、残念ながら<リンゴ>にはアドバイス出来なかった。
「んーーー。んーー。ん、あっ。そうだそうだ」
しばらく唸った後、彼女はぽん、と手を叩く。
「戦艦よ戦艦。戦艦作るって言ってたじゃない。折角だから、艦隊を作りましょ。そうねぇ…主力戦艦5隻を旗艦にした5艦隊と、全てをまとめる大戦艦。それだけあれば、防衛は万全じゃない? 世界情勢が判明したら適宜修正するとして」
「はい、司令。分かりました、その計画を検討しましょう。5年後に全てを揃えるとして、毎年1艦隊ずつ増隊する構想ですね。総旗艦をどの時点で準備するかですが、遅くとも3年後には進水させたいところです」
「おおう。さすが<リンゴ>ね。いきなり具体的になったわね…」
「1年以内に、戦艦を1隻進水させます。
そうですね、キリよく全長300m以上を戦艦としましょう。
全長300m以上の戦闘艦艇を旗艦とし、艦隊を編成します。
戦艦、航空母艦、巡洋艦、駆逐艦、潜水艦、そして各種補給艦艇群。
艦載機、支援機。可能であれば衛星群の運用を。
そして、揚陸艇および制圧機群。このあたりを揃えれば、艦隊として機能するでしょう」
<リンゴ>が挙げた艦艇・装備類は、必ずしも1年以内に揃える必要があるわけではない。
しかし、5年後の目標と考えると、早めに種類だけでも揃え終え、運用経験を積んておく必要はあるだろう。
数だけ揃えても、適切に運用できなければ意味はない。
「司令。これらを十全に運用するには、やはり石油が必要です。特に、石油のエネルギー密度に敵うエネルギー源は、簡単に運用できません。
マイクロ波給電は非常に有用ですが、エネルギー送信対象が増えれば増えるほど給電密度が低下しますし、相応にロスも増えます。
マイクロ波中継ドローンの必要機数も、加速度的に増加します。
また、遠方への派遣には別途エネルギー源が必要になりますので、やはり石油燃料は魅力的です」
「…むう。そう繋がってくるかぁ…」
<リンゴ>の主張に、司令官は再び頭を抱えるのであった。




