第86話 超音速高高度偵察機
「おおおおーーー! 油だーーー!」
「はい、司令。油膜ですね」
モニターに表示されているのは、海面を覆う白っぽい油膜だった。
「原油…! 原油なの…!?」
「原油と思われます。薄く広がっているため白く見えますが、スペクトル解析により88%の確率で原油と判定しました」
海上を巡回させていた光発電式偵察機が、この油膜を発見。
分析機器を搭載していないため、<リンゴ>は即座に飛行艇SR-1にスペクトル解析器と成分分析器を積み込み発進させたのだ。
「これから着水し、サンプルを回収します。油膜はかなり広範囲に広がっていますので、すぐに出処を探すのは難しいのですが」
「海流の計測もしないとね。海底から流出してるんだったら起点があるだろうけど、どうかしらね」
「はい、司令。ちょうど、熱帯暴風が通過した後です。陸上から流れ出た可能性も考えられます」
「…なるほど。嵐で流れてきたってこともあるのか。えーっと、油膜の位置は…」
<リンゴ>はすぐに、地図と油膜の位置を表示する。スイフトの空撮により、正確な位置と規模は把握済みだ。あとは、海流を調査し流出元を逆算するだけである。
「うーん。こっちからこっちに流れてるのよね?」
「はい、司令。発見から3時間と42分が経過していますが、その間にも油膜はこのように広がっています。ここから、海流はこのように流れていると推測されます」
図示された海流の表示と、広がった油膜を重ねて表示する。
「えーっと。起点はここ…ではないのよね?」
「はい、司令。起点と思われる油膜の先端がありますが、時間とともに移動しています。ですので、海中から漏出したというより、陸地からこちらの河伝いに一定量が流れてきたと考えるのが自然かと」
<リンゴ>が示したのは、砂漠地帯を分断するように流れる巨大な河だ。ちなみに、この河が森の国の東側国境になっており、上流に港町が存在している。
「上流のどこかに、原油が埋蔵されている。流れ出しているとすると、もしかして、自噴してるかも?」
「はい、司令。その可能性は十分に考えられます。自噴するほどの圧力がないにしても、最低でも、大雨で崩落するような場所に溜まっているはずです。また、今のうちであれば、上空から見つけることが出来るかも知れません」
以前、スイフトに矢文を打ち込まれるという出来事があった。そのため、レブレスタ領空へのスイフトの派遣は全て取りやめていたのだが、こうなると強行偵察も視野に入れる必要があるだろう。
「スイフトの大量派遣でもいいですが、ここは超音速航空機を出しましょう」
「ああ。そういえば、開発終わってたわね」
以前、超音速高高度偵察機の開発を行っていたはずだが、無事に完成したようだ。
「実験機は既に飛行確認済みです。先行量産型3機が製造中で、8時間後にはロールアウトします。動作テスト後、14時間後には離陸可能となる予定です」
<リンゴ>は簡単にそう言うが、実際のところ、かなり無茶なスケジュールである。通常、製造直後の機体が何の不具合もなく動作することは考え難い。
何十時間も掛けてテストを行い、慎重に飛行テストを重ね、ようやく問題なく飛ばせると言えるのだ。それを、製造完了後6時間で仕上げると豪語しているのである。
ただ、その異常性に司令官は気付いていない。元々ゲーム設定を引き継いでこの世界に放り込まれているということもあり、ゲーム故に簡略化された製造工程を普通だと思っている。
いや、正確には、通常の製造工程が非常に複雑なことは知っているが、あまりにも<リンゴ>が当たり前に言うものだからゲーム仕様だと勘違いしている、というのが正しい。
実際には、<リンゴ>がその計算資源に物を言わせ、製造工程を隅から隅まで完璧に制御し、分子配置の一つに至るまで正確に再現して、この生産性を実現しているのであるが。
そんなわけで。
「結構時間が掛かるのね?」
こんな感想を言うわけである。
「はい、司令。マッハ3以上まで加速する機体ですので、僅かな凹凸であってもそこから機体分解に繋がりかねません。機体全体の精密な観測と微調整が必要です」
「はー、なるほどね。うん、ていうか、マッハ3?」
「はい、司令。実験機での最高速度は4221.1km/h、音速3.5を記録しています。最終的にはマッハ4を目指しますが、現時点ではマッハ3程度での飛行が現実的ですね」
マッハ3、時速にしておよそ3600km。僅か1秒で1,000m進む速度だ。さすがに、この速度で移動する物体を狙撃できるとは考え難い。
また、万が一撃墜されたとしても、風圧によって粉々に爆散すると想定されるため、機密保持もバッチリである。
「念の為ですが、テルミット燃焼剤を重要区画付近に配置し、制御不能になった場合は機体の焼却を可能にしています。細かい部品は流出する可能性がありますが、基幹機能は完全破壊できるでしょう」
「テルミットぉ? そんなの積んで、危なくない?」
「はい、司令。粒子サイズを比較的大きめに設定することで、点火温度は制御可能です。機体が燃焼状態にならない限り、発火はしません」
「ふーん…いきなり自爆なんてことにならなければ別にいいけど…」
そんな機密保持機構を搭載しつつ、転移後初めてとなる<ザ・ツリー>製攻撃型航空機が誕生したのだった。
SR-1はどちらかというと貨物機扱いであり、固定武装も搭載していないため、除外される。
「で、14時間後ね。…夜の23時だと」
「はい、司令。申し訳ありませんが、本日は待機をお願いします」
「うーん…いや、それはいいんだけどね。いや、いいかな…? お昼寝しとくか」
<リンゴ>に促されているということもあり、彼女はここ1年ばかり、非常に規則正しい生活を行っている。23時は、通常は既にベッドインしている時間なのだ。
「アカネ、イチゴは第2要塞の制御を、ウツギ、エリカ、オリーブも同席させましょう。頭脳装置の強制覚醒機能も使用できますが、負担が大きいですので、平常時の使用はおすすめしません」
「まあ、そうね。じゃあ今日はお昼を食べたら皆でお休みかしらね」
「はい、司令。では、そのように計画します」
◇◇◇◇
「最終チェック完了、オールグリーン」
「確認完了。周辺空域クリア。要塞司令権限により、離陸を許可します」
「離陸許可を受諾、確認。管制AIが離陸シーケンスを開始しました」
「シーケンス開始、確認。カタパルト位置固定。電圧上昇、開始しました。規定電圧に到達。ロケットモーター点火、カタパルトロック解放、LRF-1・1号機、離陸」
スクリーンに表示された超音速高高度偵察機LRF-1の1号機が、轟音と共に上空へ打ち出された。
電磁カタパルトによる加速と、固体燃料ブースターによる補助加速により、一気に高度を上げていく。
「燃焼温度、規定範囲。加速度、規定範囲。機体振動、規定範囲。時速600kmに到達しました」
「続いて、LRF-1・2号機発進準備。要塞司令権限により、離陸を許可します」
「管制AI、離陸シーケンスを開始しました」
「カタパルト位置固定、規定電圧到達。ロケットモーター点火、カタパルトロック解放、LRF-1・2号機、離陸」
1号機に続き、2号機も同様に打ち上げられる。
今回はこの2機でバディを組み、森の国上空へ侵入する予定だ。
アフラーシア連合王国側から侵入すると余計な詮索を生みかねないため、第2要塞から南側の海上上空を飛行し、迂回して東側から侵入を行う。
「1号機、高度25キロに到達、水平飛行に移行します。続いて2号機、23、24、25キロに到達。水平飛行に移行します。1号機、ロケットモーター燃焼終了。ロケットモーター分離、成功。ラムジェットエンジン点火します。点火成功。2号機、ロケットモーター燃焼終了」
こうして、超音速高高度偵察機LRF-1は高度2万5千メートルに解き放たれた。
この後、2機は搭載センサーの動作テストを行いつつ海上を飛行し、森の国へ突入することになる。




