第83話 パライゾ軍
「現地浸透用人形機械の投入を開始します」
フラタラ都市の統治用に増産した、現地人遺伝子ベースの人形機械の制御操作が安定したため、第1ロット22体がフラタラ都市へ配備されることになった。
輸送は、新規開発された強襲突撃ポッドの試験がてら、上空10kmから都市近くの荒野へ投下して行う。
「強襲突撃ポッド、投下開始」
強襲突撃ポッドが、SR-1の後部ハッチから次々と飛び出していく。
投下されたポッドは空力制御によって姿勢を安定させた後、上部スラスターを点火し増速した。
「各ポッド、制御信号正常。突撃姿勢安定」
目標上空100mほどで下部スラスターを点火、逆噴射で強制減速を行う。強襲突撃ポッドは、それ単体では役に立つものではない。
ただし、外装はセラミック・金属複層素材で強固に装甲化されており、内部スペースには潤沢な物資を搭載できる。
ポッドはある程度の減速後、下部着陸ユニットをそのまま地面にめり込ませた。衝撃と慣性力を一点に受け取った衝撃吸収ガスが圧力によって液化し、高温のそれが制御弁によりユニットから放出される。
再度気化したガスがスモークとして周囲に広がり、瞬間的に視界を遮る。
地面に突き刺さったポッドから着陸脚が展開され、杭がポッドを固定する。同時にポッドの装甲がずれ、充填されていた衝撃吸収液材が流れ落ちた。
せり上がった前面装甲を押しのけ、中から強化外骨格をまとった人形機械が姿を表す。
「内部の衝撃は、想定範囲内で収まりました。22機の投下、着地は全て成功。ポッドの固定状況も問題なし。テスト結果は良好です」
「迅速な部隊展開が可能になったと。うん、あの速度で兵が突っ込んでくるとか、割と悪夢よねぇ…」
そんな映像を眺めながら、彼女は苦笑した。
少なくとも、アフラーシア連合王国内においては間違いなく敵無しだろう。
今回は先行量産型ということで僅か22体の投下だったが、現在量産中の同機能部隊は、最終的に24体を1単位として15単位の運用を予定している。
つまり、15単位360体の強化外骨格を纏った人形機械を即座に、かつ広域に投下できるということだ。
フラタラ都市程度であれば、1時間程度で制圧可能だろう。
「市街地戦用の無限軌道型戦車を合わせて投入することも出来ます。降下時の加速・減速用のロケットモーターの製造も可能になりましたので、現在増産を進めています。既存の多脚戦車にも装備可能ですので、当初目標としていた空挺部隊の充実はひとまずの達成ですね」
「ロケットモーターも、第2要塞で直接製造可能になったわね。一通り、生産設備が整ったと見ていいかしら」
「はい、司令。想定していた第1次製造ラインは正常に稼働しています。この後は製造ラインを順次拡大し、現地生産比率を上げていきます。3ヶ月ほどで十分な製造能力を確保できる見込みです」
ついにここまできたか、と、彼女は大きくため息を吐き、椅子に沈み込んだ。
この世界に放り出されて、およそ2年。いまだ資源はカツカツではあるが、ひとまず安定的に製造可能な拠点を作り出すことが出来たのである。
「…さて。あとは、油田でも見つかれば最高なんだけど…」
石油を確保できれば、各種生産品が確実にグレードアップするのだが。
そうそう、うまくはいかないものだ。
石油からは、各種の燃料だけでなく、樹脂製品、ナイロン、プラスチック等の素材も生産できる。それらを潤沢に確保できれば、生産能力は飛躍的に向上するのだ。
「はい、司令。超音速高高度偵察機を限定的に運用し、周辺マップを作成する方法を提案します。マッハ3以上で飛行する物体を狙撃されるという確率は低いと思われますが、未知の部分が多いため、撃墜される危険性は残ります」
「そうねえ。いま研究中のこれよね。ラムジェットエンジン型偵察機。エンジン設計完了、機体構造設計完了。耐熱素材の研究中と。耐熱素材?」
「はい、司令。高速度領域では、断熱圧縮により機体が高温になります。適切な素材とその配置による高熱対策を行っていないと、良くて空中分解、最悪は爆発四散です。また、当然空気抵抗も大きいですので、適切な機体形状でなければ圧力差により各部が破断する危険があります」
幸い、<ザ・ツリー>の運用する機体は視界が不要だ。カメラレンズさえ露出していればいいため、材質の違いによる圧力差、力学計算は最低限で済む。
また、大型汎用工作機械を使用することで、機体の殆どを一体成型することが出来る。内部機器、配線を含めて分子単位で制御できるため、ほぼ計算通りの動特性を発揮させることが可能だ。
<ザ・コア>の計算能力と合わせれば、全く無駄のない超高性能機を製造できるのである。
「うーん、さすがね。とはいえ、量産というかコピーは可能だけど、汎用工作機械だと製造に時間がかかるわねぇ。実質、ワンオフ機ね」
「はい、司令。メンテナンスハッチ等を設けると構造弱点になりますので、もし故障した場合はそのまま解体に回すことになります。長期使用には耐えません。量産型にするためには、メンテナンス性、製造難易度、製造ラインも含めて再設計が必要です」
「…ああ。そりゃそうよね。可動部品は摩耗するし、電子機器だって劣化するものね」
「多少の冗長性は持たせますが、この機体ですと、せいぜい10回程度の飛行で寿命となるでしょう。通常であればこのような機体を運用することはありませんが、資源のみの不足でエネルギーも時間も有り余っている我々だからこそですね」
実際、<リンゴ>は資源の獲得速度と生産能力を厳密に制御しており、とにかく無駄なく資源を使えるよう計算している。
製造ラインを作っても資源不足で稼働できないのであれば、最初から作らない。エネルギー炉は簡単に増設できるものではないため最初から大容量のものを用意しており、電力などは基本的に余っているのだが。
「この機体を3機運用し、周辺の資源マップを一気に更新します。やるのであれば、電撃的に。時間を掛けると何らかの対抗策を出される可能性もありますし、短期間であれば何とでも言い訳できますので」
「そうね。その運用は任せるわ。これで鉄鉱床とか油田が見つかればいいんだけれど…」
「上空から見つけられなければ、手当り次第ボーリングを始めるしかありません」
「気が遠くなるわね…」
幸い、石油以外の資源はなんとか供給され始めている。油田を見つけられない場合は、宇宙開発に舵を切るしかないだろう。
人工衛星を使って地形データを収集し、石油が埋没していそうな場所を探すのだ。
しかし、そうなると全体の資源バランスが変わり、あらゆるプロジェクトが遅延を始めることになる。
「石油が自噴しているところとか、無いかしらねぇ…」
そんな願望を垂れ流しつつ、彼女は椅子に沈み込んだ。
さて、そうこうしているうちに降下した人形機械達は現地戦略AIの制御下に入ると、事前に投下済みの多脚戦車と合流、フラタラ都市へ向かって移動を始めた。
ここで人員交代を行い、<リンゴ>お気に入りの司令遺伝子ベース人形機械を回収する。
一応現地人の遺伝子ベースであるため、顔つきはより馴染みやすいものになっているはずだ。
しかし、見た目が少女のままであり、さらに見慣れた人種に近い顔立ちとなるとより侮られる可能性があるのだが。
「余計なトラブルを避けるべきじゃないの?」
「はい、司令。力で叩き潰していけば、そのうち余計なトラブルは無くなりますので」
なんとも脳筋な答えが返ってきてしまった。いや、<リンゴ>も何も考えずにそう返答したわけではないのだが。
「現地人との対話方法の試行の一つです。侮られるという状況そのものが貴重な情報収集の場になります。その後の対応もいくつかパターンを分け、基礎データを積み上げます」
「…うーん」
司令官は首を傾げた。言っていることは間違っていないが、足りない気がする。
「パターンとか言うなら、色々な年齢とか、男女とか、体格も分けるべきでは」
「それはやりませんので」
「…あっそう」
まあ、結局これも、<リンゴ>の我儘なのだった。




