第82話 エルフの魔眼(推定)
この世界は、非常に広大である。
<リンゴ>が光発電式偵察機などを使って調べた範囲で、地球と比べた上で、この惑星はとても広いということだ。
先日の探査用ロケットの打ち上げにより、その情報精度もかなり向上した。
本惑星の直径は、およそ2万km。正確な計測のためには人工衛星が必要だが、地上からの計測・計算により21,000~22,000kmの間であろうと予想されている。
仮に21,500kmとすると、赤道外周は67,500km、表面積は14億5千万k㎡。地球の外周が約4万km、表面積が5億k㎡であるため、それぞれ1.7倍、2.9倍ということになる。
いまだ人工衛星を運用できていない状態で、地球の3倍の広さの惑星を探査するのは、非常に困難だ。
そんなわけで、北大陸の探索も遅々として進んでいないのが現状だった。
特に、森の国については全く手を付けられていない。領空侵犯を避けているということもあり、全くと言っていいほど情報がない。
アフラーシア連合王国の領土調査を優先している、という事情もある。
また、そもそも高高度偵察機そのものの数も少ない。
スイフトは通信中継用のプラットフォームとして利用していたため、偵察用途に回せる数があまりなかった。その後に増やしている高高度ドローンは、基本的にマイクロ波中継機能を優先しており、やはり偵察機としての使用には耐えない構造だ。
「とはいえ、資源生産量も増えてきたことだし、この情報収集にも力を入れていきたいわね」
「はい、司令。その点に関して、第2要塞の4,000m滑走路の完成目処が立ちましたので、地上機の離着陸が可能になります」
「地上機かあ。うーん、森の国も調べたいのよねぇ…」
アフラーシア連合王国側から森の国の森上空に侵入した時点で、例の矢文が撃ち込まれた。恐らく、侵犯前に、既に捕捉されていたと思われる。
諦めずに何度も侵犯を繰り返すというやり方も出来なくはないが、万が一撃ち落とされると回収できなくなるため、それは避ける方針で動いてきたのだ。
だが、何とか森の国の大使とコンタクトをとることに成功した。
ここから、可能な限り情報を引き出したいのである。
「森の国大使に、どこまで情報を開示するかは、検討の余地があります」
「そうね。そもそも、こっちの技術力をどこまで見せていいものか。交易品として、向こうが何を準備できるか聞き出してからのほうがいいかしらねぇ…」
森の国とのやりとりは、現在東門都市の文官を含め、詳細を詰めているところだ。
関税をいくらにするか、交易品を保管する倉庫の借り上げ、人員の用意や賃料など。貨幣の交換レート、手形の有無、支払い方法に物品の納入期限、提供期間。
また、これまでの慣例を<リンゴ>が基本的に良しとせず、全ての明文化を求めているため、時間が掛かっていた。
そして、その長い協議に付き合っている森の国側も、この交易には大いに期待しているようだ。
「でも何か、あの大使、慇懃無礼というか、高慢ちきというか」
「はい、司令。同意します。周り全てが自分たちよりも立場が下だと考えているような言動行動が多いと推察します。とはいえ、少なくともアフラーシア連合王国に対しての態度と思えば、理解はできますが」
とにかく、何かと馬鹿にされているような言葉遣いなのである。
まあ、見る限りは森の国とアフラーシア連合王国では発展度合いに差がありすぎる。扱う素材が異なるため単純に比較はできないが、製造精度や細工の精密さを見るに、地球の歴史で言う数十年単位の格差が存在しているようだった。
そのため、後進国と見なして馬鹿にしている可能性はあるのだが。
「私達に対しても基本同じスタンスっぽいのよねぇ…。頭は悪そうに見えないし、そういう国民性なのかしらね」
「はい、司令。そうかもしれません。気分を害したり激高したり、という性格では無さそうなのが救いですね。そうでなければ、そもそもの交渉すら出来なかったかも知れません」
まあ、相手の態度が悪いだけで、交渉自体は進んでいるのだ。<リンゴ>も現地の戦略AIも、見下された程度で言動行動の制御を手放すほど柔な精神構造ではない。
見下しているという意味では、<ザ・ツリー>のAI達にとって司令以外は全てが例外なく下なのだ。
敵対されている訳でも、司令を直接罵倒される訳でもないので、下々に何を言われようが、気にすることもなかった。
「ひとまず、交易品のサンプルは本国に要請しているようですので、今後も追加されます。その内容を見つつ、こちらも何かしらを準備していきましょう」
「そうね。基本は価値に見合ったものを、ね。そういえば、金属類で向こうが興味を示していたものがあったんだっけ?」
最初にサンプルとして渡した金属細工のうち、特定の物について森の国大使が非常に興味を持っていたという件である。
これは、対象の隠蔽シリアルNo.を照合することで<リンゴ>が出どころを掴んでいた。
「はい、司令。対象は、<ザ・ツリー>の備蓄資源から製造した金属類です。そして、テレク港街から交易で入手した金属については、あまり反応していなかったと思われます。原料として、備蓄資源と交易金属の合金でも、反応していないように見えました。ですので、対象は、<ザ・ツリー>の純粋な備蓄資源と判断しています」
「なるほどねぇ…」
備蓄資源と、その他の資源との差。その違いは明確だ。
即ち、この世界に存在していたものか、それとも<ザ・ツリー>と一緒に転移してきたものか。
<ザ・ツリー>の付属物として出現した備蓄資源は、森の国大使が何らかの反応を示さざるを得ないほど、貴重なものということである。
「そうすると、なるべく放出はしないほうがいいのね。私達には見分けがつかないのだけれど…」
「科学的な分析では、異なる特徴は見つけることが出来ませんでした。森の国人のみが持つ、何らかの感性により見分けていると推測されます。少なくとも、アフラーシア連合王国の人員では違いは分からないようですので」
<ザ・ツリー>由来の資源は、見る人が見ればすぐに判別できる程度には特徴がある。
「…ん。そうすると、最悪、光発電式偵察機の来歴がバレるかも…?」
「はい、司令。可能性はあります。高度20kmの飛行物体の素材まで確認できる人員が先方に存在すれば、今回渡した交易品サンプルとの類似性が指摘されるかも知れません」
「んー…。…ダメ、分かんないわ。どうするのがいいのかしら」
相手に、重要なカードを渡してしまったかも知れない。その可能性に気付き、司令官は頭を抱えた。領空侵犯を詰められ、交易交渉で不利になるかも知れないのだ。
「司令。この件については、こちらで出来る対策はありません。あまり気にされないほうがよいかと」
<リンゴ>もこの問題に気付き、いろいろとシミュレーションを繰り返している。その結果、対策は取りようがない、との結論に達していた。
スイフトは既に相手に見られており、サンプルも渡してしまっている。そして、そのどちらのタイミングでもこの問題については気付いておらず、その時点で対策を取るのは不可能だった。
そうであれば、もう相手の出方を待つしか無いだろう。
「そうね…。…仕方ないわね。しらばっくれればいいか。一応、使節団は地上を移動してきたのだし、スイフトについてはテレク港街にも開示はしていないし。私達と直接関係しているかどうかなんて、向こうも知りようがないわよね」
「はい、司令。その前提でよろしいかと」
この世界は未知ばかりであり、事前の対策にはどうしても限界がある。
領空侵犯については、問題視されても知らぬ存ぜぬで押し通す。
素材という面でも、サンプル品は鉄とその合金類であり、スイフトでは使われていないものだ。
スイフトは、樹脂とジュラルミンが主素材であり、鉄はほとんど含まれない。言い逃れは可能だろう。
「…でも、見ただけで分かるって、何の能力なのかしら? 魔眼?」
「はい、司令。想像もできません」




