第77話 レブレスタ大使との面会
「これはこれは。このような辺鄙なところに、直々においで頂けるとは」
「ティアリアーダ様、お久し振りです。まさか貴方がこちらに赴任されているとは」
ここは、東門都市に用意された森の国大使館。
面会を行っているのは、使節団代表、アグリテンド・ルヴァニア。
対するは森の国大使筆頭である。
「ふむ。数年前に、配置換えでな。テレク港街とはすっかり疎遠になっておったな。もしや滅んだのではないかと心配しておったぞ」
「御冗談…でもございませんね。ご心配をおかけしました。色々とございましたが、何とかやっておりますよ」
そんな、毒にも薬にもならない応酬を続けつつ、テレク港街の代表と森の国の大使は互いの状況を探り合っている。
とはいえ、別に何かの条件を話し合うために対面しているわけではない。国同士のやり取りであり、挨拶のようなものだ。
「ところで…、わざわざ我が国への面通しに来たのは、何か理由が?」
しばらく世間話のようなやり取りを続けた後、森の国大使がそう切り出した。
このあたりまで、想定した流れである。事前にアグリテンドと確認していたが、森の国人を相手にするには儀礼的やりとりが必須だということ。
まどろっこしいが、相手の機嫌を無意味に損ねる必要もないため、付き合っている形である。
「ああ、その通りです。実は、閣下に是非ご紹介させていただきたい方がおりまして、こうして足を運んだ次第です」
「…ほう。テレク港街から、わざわざこちらに?」
「はい。お呼びしても良いでしょうか?」
森の国は力のある国だ。
その国から派遣される大使官も相応の地位を持ち、そして地位に見合った教養を備えている。
相手国の言語を話せるのは勿論、細かいニュアンスの違いも十分に理解できるのだ。
故に、たとえテレク港街から来た議員が話す南方訛りのアフラーシア語であっても、正しくその意味を聞き取れる。
「…貴官が言うのであれば。ご紹介いただけるかね?」
紹介したい人物が、彼、テレク港街常任議員であるルヴァニア商会長が敬意を払っている相手であるという事実に、森の国大使筆頭は、警戒レベルを引き上げたようだった。
「お初にお目にかかる。<パライゾ>代表、ドライツィヒ=リンゴ。本日は時間を取っていただき、感謝する」
入室を許可され、30番=リンゴは応接室に入室した。
その姿を見た森の国大使筆頭は、僅かに目を見開く。そしてすぐに椅子から立ち上がり、ドライツィヒの正面まで歩いて来た。
事前に想定していた流れの中では、上々の反応である。
最悪、座ったままで対応される可能性もあったのだが。
「これは…これは。私は、森の国大使筆頭、ティアリアーダ・エレメスである。テレク港街から…こちらまで?」
ドライツィヒが頷くと、彼は感嘆のため息を吐く。
「なるほど。実に遠いところから、よく来ていただいた。貴女のような方と知り合えるとは、今日は実に幸運な日だ」
そう言いながら、ティアリアーダ大使筆頭は手を差し出した。握手は、少なくともこの大陸であれば、どこの国でも友好の証となる。
ドライツィヒは、しっかりと握り返した。
「よろしくお願いする。ティアリアーダ筆頭。基本的に、森の国との交渉は、貴官と行うということでよろしいか」
「…ふむ。ああ、問題ない。アフラーシア連合王国を相手にする限りではあるが、私が全権委任を受けている」
ティアリアーダはそう答えながらドライツィヒをエスコートし、ソファに座らせた。
「して、貴方の方は? パライゾとは国名かね。これまで聞いたことがないが」
「説明する。<パライゾ>が国かどうかは、その定義に依るため断言できない。他勢力から独立し、自力により勢力を維持しているかどうかであれば、<パライゾ>は国である。
また、他国から承認されているかどうかという意味であれば、否である。現在、積極的にコンタクトしている国はアフラーシア連合王国のみであり、貴国との接触は2国目ということになる」
これは、事前にクーラヴィア・テレクとも話し合って決めた内容だ。国との交渉を行うには、力を示す必要がある。
しかし、それは武力をひけらかすという事とイコールではない。<パライゾ>が独立勢力であること。自衛に十分な武力を持つこと。
そして何より、交易が可能な品々を提供できること。それらの裏付けに、テレク港街の知名度を利用する。
「では、パライゾは国として我が祖国との交渉を持ちたいと、そういった話になるのかね」
「肯定する。ただ、我々はこちらの流儀に詳しくない。時間を掛けても構わないので、認識のすり合わせを行いたい。私は、<パライゾ>と貴国の交渉において、全権を委任されている」
「ほう。それはまた…剛毅なものだ」
僅かに口元に笑みを浮かべ、ティアリアーダはそう言った。そこに含まれる感情は、感服か、軽蔑か。
推測できるほどの表情差分は取得できていないため、解析はできなかった。
「まあ、そういった交渉こそ我等外交官の仕事である。こちらとしては特に異議はないがね。もし重大な疑義が発生した場合でも、貴女が決めることに?」
「基本的には。ただ、本拠地との連絡手段は持っている。通常は使用しないが、必要とあらばいつでも連絡は可能」
「ほう。なるほど。まあ、承知した。それでは…時間もあることだ。まずは互いのことを知る時間としようではないか。本格的な交渉などは、明日以降でよかろう」
「同意する。我々も、貴国のことも、貴官についても、知らないことが多い」
ちなみに、現在人形機械を使って受け答えを行っているのは、町から離れた場所に待機させた多脚地上母機に搭載されている戦略AIである。
今回の使節団に同行している<ザ・ツリー>勢力下の機械群は、基本的にこの戦略AIの配下として制御されていた。長考が可能な対話時などは<リンゴ>が直接制御することもあるが、そうでない場合は戦略AIにより判断が行われる仕組みとなっている。
戦闘時は、個々の判断を各搭載AIが、俯瞰制御を戦略AIが、全体指示を<リンゴ>が行うような形を取る。
「まあ、そうだな。折角だ、テラスに何か軽食を用意させよう。ドライツィヒ殿、アグリテンド殿もな。同行者も居るなら、一緒にどうだね。さすがに酒は出せぬがね」
ティーパーティーをしよう、との誘いだ。これは、こちらを歓迎するという意思表明でもある。
特に、同行させた書記官、<パライゾ>の随行員も一緒にとなれば、かなりの歓迎の意を示してきていると考えて間違いない。
「喜んでお供させていただく」
「お心配り、ありがとうございます。ぜひご一緒させてください」
ティアリアーダは部屋の隅に控えていたメイドに準備を指示し、この間に他の同行者も呼ぶこととなった。
「ティアリアーダ筆頭。貴国に対し、友好の証としていくつか交易サンプルを用意している。目録をお渡ししても?」
「ほう…それはそれは。頂いてもよろしいかな」
「失礼する」
ティアリアーダの許可を確認し、ドライツィヒは胸元から目録を取り出した。儀礼的意味合いもあり、巻物の形を取っている。
セルロースを原料とした合成紙で、水に強い組成としたものだ。肌触りもよく、油性インクとの相性も良い。水性インクは特性上弾いてしまうが、少なくともアフラーシア連合王国内では水性インクは余り出回っていないようだったため特に問題はない。
「これは…」
渡された目録を見ながら、ティアリアーダは唸った。それは、その目録に書かれた内容に対するものか、それとも目録そのものに驚いたものか。どちらにせよ、<パライゾ>を印象付けるには十分な衝撃となったことだろう。
「現物は、待機させている馬車に載せている。後ほど引き渡させていただきたい」
「ふむ。承知した。この後に案内させていただく。人夫は必要かね」
「指示された場所に下ろすだけであれば、こちらの人員で可能。その後、別の場所に移動させるのであれば、力仕事のできる者が居たほうが良い」
「そうかね。…分かった、テラスへ行く前に案内しよう。直接、裏の作業場に入ってもらって構わん」
そこまで話をしたところで、呼んでおいた書記官、そして随行員の20番が応接室に到着したようだった。




