第76話 魔物狩り
「レブアデル、グレント。何かが近付いている」
「…ん!?」
夜番で焚き火を囲んでいた2人の男に、27番が声を掛けた。
基本的に護衛は<パライゾ>の随行員が請け負っているが、さすがに無警戒というわけにはいかないため、こうやって交代で夜番を立てているのだ。
しかし、実際に声を掛けたのは初めてのことだった。
「野盗か?」
2人は慌てて立ち上がり、傍らに準備していた湾曲刀を抜き放つ。
「足音は小さく、軽い。しかし複数、恐らく10体以上。4足と思われる」
「4本足か? 群れで襲ってくるというと、狼か…あるいは、魔物かもな」
人形機械からの報告に、護衛のレブアデルはそう答えた。
ハイエナ。
これは、出現する可能性のある魔物として、事前に説明を受けていたものだ。通常は、街から離れた草原などで暮らしている種である。
「稀に、小規模な商隊が襲われるという話は聞いたことがあるが…」
「見るのは初めて?」
「我々は初めてだ。アグリテンドさんやレオンさんであれば、遭遇したこともあるかもしれないが」
こういった場合の対応は、事前に決めてある。怪しいものを見つけた場合は、まずは警戒を促す。避けようのない危険があると判断される場合は、全員に知らせる。
「あまり音を立てると刺激するかもしれない。静かに全員を起こす」
「ああ、分かった。レブアデル。皆を頼む。私はアグリテンドさんを起こしてくる」
「分かった」
外周で待機させていた多脚戦車が、音もなく起動した。赤外線カメラが、ゆっくりとこちらを伺いながら動く獣の姿を捉える。
できればドローンを打ち上げたいが、さすがに音を抑えることができない。
その代わり、上空20kmに待機している偵察用ドローンからの映像を受信する。
幸い、今夜はよく晴れており、障害となる雲や霧は発生していなかった。解像度はやや荒いが、問題なく確認はできる。
全周走査を行い、ターゲットを確認する。
全部で18頭。
体長は60cm~80cm程度か。
野営地を包囲する動きを見せる獣達をタグ付けし、戦術AIは脅威度判定を開始した。
「司令。起きていただけますか」
「…。んう…?」
<リンゴ>は、自分に抱きついて熟睡していた司令を揺り起こした。危険度は低いが、使節団が襲撃されつつある状況で報告しないという選択肢はない。
時間は夜の23時。現地時間は23時半頃なので、時差はおよそ30分。
この惑星は地球よりも半径が大きいため、距離の割に時差は少ない。とはいえ自転速度がそもそも異なるため、一概に比較はできないのだが。
「司令。使節団が、獣の集団に包囲されています」
「…えぇ?」
さすがにその言葉は聞き咎めたのか、彼女はもぞもぞと体を動かし、シーツから頭を出した。
「報告…」
「はい、司令。使節団の野営地を、4足歩行の獣、推定魔物が包囲しつつあります。危険性は低いですが、戦闘になる可能性があるため、現地は第1種戦闘配置に移行しました」
「んー…。脅威度は…」
「判定中です。推定、E。現地対応可能」
緊急警報で叩き起こされた訳ではないため、彼女も特に心配していなかった。というか、さすがに眠い。
「問題無さそうなら寝る…」
「はい、司令。脅威度がCを超える場合は改めて報告いたします」
「お願いねぇ…」
彼女は<リンゴ>に後を託し、再度就寝することにした。
脅威度:B並の危機ならともかく、脅威度:Eなら、後で報告だけ聞けば良い。
起きている時ならまだしも、眠い頭ではこんなものである。実際、<リンゴ>が大丈夫だと判断しているのだ。
最近では<リンゴ>も十分に経験を積んでいるし、現地の装備も整ってきた。
というわけで、司令は再び<リンゴ>に抱き着き直すと、夢の世界へ沈んでいった。
「…野生の狼が出るとは聞いたことがない。魔物に間違いないだろう」
それが、使節団代表、アグリテンド・ルヴァニアの見解だった。
「珍しい?」
「ああ。こういうキャラバンに襲いかかることはほぼ無いはずだが。…そうだな、人数が少ないからかも知れん。普通は、最低でも30人以上の集団になるからな。焚き火も松明ももっと派手に焚くし、馬も相応に多い」
「なるほど」
とりあえず、人形機械にそう返答させつつ、地上母機の多脚戦車は思考する。人数が少なく、馬も全部で6頭しか居ないのは確かだが、しかしこちらには多脚戦車2台、地上母機1台という巨大な戦闘機械が付いている。
普通の獣であれば、こんな得体の知れないものが近くに居れば、避けるか逃げるかするはずだ。
しかし、ハイエナ達は意にも介さず、こちらの包囲に掛かっている。少し離れた場所に待機する地上母機に至っては、すぐ側に1頭近付いてきてすらいた。
まるで、地上母機の存在に気付いていないように。
何故かは分からないが、このハイエナ達は、多脚戦車、地上母機をほとんど警戒していない。
そのため、おおよそ円形に野営地を包囲するハイエナと、その円に極端に接する多脚戦車、地上母機という状態が発生していた。
もしここでこの3台が動き出せば、数秒で群れを半壊させられるだろう。
そこに、<リンゴ>からの司令が届く。
速やかに制圧せよ。死体のサンプルを回収する。生かす必要はない。銃器、鈍器、グレネードによる攻撃を指定。
指令に対し、戦術AIは最適な攻撃方法を検討する。
「来る」
「む!」
そうして全員が固まったあたりで、ハイエナが動き出した。まずは左手、湖の反対側から3頭が走り出す。
「私が――」
「やる」
護衛のユービアが動こうとするが、それを20番は右手で遮り、左手でアサルトライフルを構えた。
ツヴァンツィヒは強化服を操作しつつ、片手で引き金を引いた。
射撃音と共に、銃弾が飛びかかってきたハイエナの体に突き刺さる。3発の銃弾は肺と心臓をズタズタにしながら背中から飛び出し、命を散らした。
もう1体、右手で腰から引き抜いたコンバット・ナイフを一閃。首の下側から脊椎まで切り裂かれ、これも絶命。
ほぼ同時、左足を振り上げつま先を3体目の顎下に突き刺し、振り抜いた。首の骨が折れる音がし、そのまま1回転するハイエナ。当然即死だ。
どさどさどさ、と3体が地面に落ちる。
その場に居る10人が、呆然とその光景を眺め。
3人の人形機械が続けて発砲。
多脚戦車2機がサーチライトを点灯すると同時に、下部回転砲塔の多銃身銃で周囲を薙ぎ払った。
断末魔の悲鳴を上げながら、ハイエナ達がバタバタと倒れ伏していく。
「ぬおおぉ…!」
突然発生した閃光と発砲音に、使節団の男達も悲鳴を上げた。
一掃。
銃撃で、12体を始末した。残りは3頭。
いきなり発生した閃光と爆音、そして倒れる仲間達に怖気づいたか、3体は慌てて方向転換。
しかし、その行動は意味を為さない。多脚戦車の上部回転砲塔に据え付けられた同軸グレネードランチャーから飛び出した砲弾が、着弾と同時に前方へ金属片を撒き散らす。
衝撃で吹き飛ぶ2体。金属片によりズタズタに切り裂かれた体が、地面を転がった。
「最後」
最後の1体。30番が伸縮警棒を構えて突っ込んだ。
アシストスーツにより異常な加速を見せ、ハイエナに反応させる時間も与えず、警棒を振り抜く。
人工筋肉と外骨格に支えられたカーボン製の警棒は、対象の体に正しく衝撃を浸透させた。内臓に重大な損傷を与えつつ、やはり一撃で命を刈り取る。
それは、正しく蹂躙であった。
何だかんだ言って、彼女らの全力の戦闘行動というのを見せたのは初めてである。特に、強化服を着た状態での動きは初披露だ。
使節団全員が、呆然と、彼女らに視線を送っていた。
「クリア。全ての心音の停止を確認」
「周辺の敵性行動体は消滅。安全を宣言する」
アサルトライフルを構えたままではあるが、20番、27番はそう声を上げた。当然、使節団への情報共有である。ドライツィヒは伸縮警棒をくるりと回し、太もものホルスターに格納。
多脚戦車に因って真昼のように明るく照らされた野営地の真ん中で、男達はへなへなと座り込んだ。




