第75話 主力船団について考える
東門都市は、森の国との交易のために建設された町である。
主に行き来する商隊を相手に税を徴収しており、出入りする人間全員に掛ける入門税および出門税、馬車に掛ける馬車税、馬に掛ける馬税などいくつか存在する。ただ、領主は比較的良心的でかつある程度の経済観念を持っており、税金自体は低く抑えている。
また、徴税を行うことを目的に街全体を塀で囲っており、町の外での野営は基本的に認めていない。これは門通過時に税を徴収するため、当然の処置である。
とはいえ、厳密に取り締まっているわけではなく、軽装の旅人などは見逃されることも多いようだが。
総合的に評価すると、まともな運営をしている町であった。
「こういうのをちゃんとできるってことは、まともに経済が動いてるってことよね」
「はい、司令。そこそこの出入りはあるようです。詳しくは実際に見てみないと分かりませんが、小麦の丘都市との交易路があるようですね。以前はフラタラ都市経由の街道しかありませんでしたが、直通の街道を開通させたようです」
「へえ…」
確かに、フラタラ都市経由では少々遠回りになる。
本来は、西門都市やテレク港街との取引もあったフラタラ都市は物流拠点であり、商人としては必ず通りたい町だったはずだ。
しかし、ここ数年のうちにフラタラ都市は交易ハブとしての力を失っており、それを嫌って街道を変えてしまったようである。
「商売って難しいのね。でも、東門都市と森の国が交流を保っているというのは朗報ね。何か話ができればいいんだけど」
<ザ・ツリー>は現在、第2要塞周辺を開拓中であり、資源はそれなりに確保できる見通しだ。ただ、対象が溶岩鉱床であり、しかも溶岩流の端の端であるという立地から、埋蔵量はそれほど期待できない。
まあ、どこかに大規模な溶岩溜まりでも見つかればその見通しも変わるのだが、今の所は見つかっていなかった。
そのため、<リンゴ>が次に目をつけているのが、森の国側の土地調査である。森の国は太古の溶岩流からは外れていたようで、その国名の通り豊かな森林地帯だ。
国土内も起伏に富んでおり、どこかに露出した鉱脈もあるのではないかと期待されている。
しかし、その国土上空には、今の所侵入できていないのだ。高度20kmからの侵入も探知されたうえに攻撃も可能となれば、今の装備では近付けない。
幸い、交渉チャンネルは持っているようであるため、そこに期待する。
「金属資源の採掘ができればよいのですが。次点で、金属資源を対象とした貿易ができればよいかと」
「そうねぇ。貿易は相手の国力次第だからね。鉄の町みたいに手掘りに頼ってたら、量は期待できないしね」
テレク港街で話を聞く限りだが、アフラーシア連合王国は周辺国家と比べても技術水準、文化水準ともにかなり低いようである。
他国へ行ったこともあるというクーラヴィア・テレクが語っていたのだが、回転砲塔を有した戦艦を作っているような国もあるらしい。主力はまだまだ戦列艦だということだが、技術は日進月歩だ。
回転砲塔という概念が生まれているのであれば、10年もすれば更新は進んでいくだろう。
さすがに、1番級駆逐艦に並ぶほどの性能を持った艦は出てこないだろうが、例えば1隻に対し50隻とか100隻という単位で襲いかかられた場合、数の暴力で撃ち負ける可能性は出てくる。数は力だ。
まあ、そんな状況に陥らないよう外交を進める、というのが今の方針ではあるのだが。
「そういえば、数も揃ってきたし、そろそろ例の半島国家にアプローチしたほうがいいのかしらね?」
「はい、司令。準備は進めています。巡洋艦ツリーも開放しても良い頃合いかと」
「ふむ…。半島国家に行くなら、そうね。旗艦に巡洋艦を据えるのがいいわね、確かに」
1番級の全長は52mだが、巡洋艦ツリーの初期艦は全長100mを超える大きさだ。
現在の<ザ・ツリー>の資源収支から、これより大きい艦の建造は負担が大きい。しかし、偵察できている範囲で、観測された船の中では最大級の大きさのため、外交圧力としては有用だろう。
「これなら、威圧には十分ね」
「はい、司令。ただ、この艦を建造するにあたっては、主砲を新造する必要があります。現在の150mm滑腔砲でも威力は十分なのですが、威圧感が不足しています。脅威を抱かせるためには、より大型の砲を付けるのが良いですね」
「ふむ。…試作中の多段電磁投射砲でも載せる?」
「はい、司令。可能です。その前提で、巡洋艦を再設計します」
というわけで、<ザ・ツリー>の次期主力艦の設計を行うことになった。これがあれば、少なくとも北大陸では最強の名を冠せるだろう。
ただ、船体が大きい上に電磁兵器を載せるとなると、かなりの大食らいとなる。ましてや艦隊を組むとなると、エネルギー伝送は何かしら対応を考える必要があった。
「この大きさなら…なんとか、核融合炉は載せられるかしら?」
現在のマイクロ波伝送システムを使用するには、恐らく大型のアンテナを展開する必要があるだろう。見た目も良くないし、何より脆弱だ。そうすると、動力を内蔵するのがいいのだが。
「はい、司令。そうですね。拠点艦としての機能も持たせるとなると…こうなります」
<リンゴ>が表示したのは、初期巡洋艦からの派生ルートだ。船幅を広げ、艦中央に動力炉を設置する。速力は落ちるものの、自前で電力を生成できるのは大きい。
この船を旗艦とし、護衛艦を合わせた船団を独立して運用できる。
飛行艇も格納しておけば、ある程度のエアカバーも可能だろう。
給電グリッドに組み込むことで、大電力の使用も可能だ。
「お、いいわね。じゃあこの方向で開発を進めましょ」
「はい、司令」
巡洋艦開発の指示を出した後、彼女は本題に戻った。
「で、そろそろ東門都市なのね」
「はい、司令。この調子であれば、明日の昼頃には到着します。とはいえ、フラタラ都市の例もありますので、まずは斥候を出すようになりますが」
<ザ・ツリー>の面々は、上空からの偵察により状況を把握できている。しかし、使節団一行にはその情報は伝わっていない。特に危険があるわけでもなく、おんぶにだっこも据わりが悪いだろう、という判断だ。
野営地を決めた後一晩明かし、朝から斥候を出す形になるだろう。
「今回も、護衛の人と人形機械を送るのね」
「はい、司令。小回りも利きますし、斥候として十分な力量があります。とはいえ、今回は護衛自体は増やすこととし、近くに多脚偵察機と対人攻撃ドローンを待機させることにしました。万が一の場合は、多脚戦車で即時狙撃できます」
こころなしか自慢げな<リンゴ>に、彼女は半眼を向けた。
「…狙撃って…レールガンで?」
「はい、司令。加害半径の割り出しも完了していますので、10cm単位で狙うことが可能です」
野営地は、町から30kmは離れた場所である。そこに待機させた多脚戦車から砲弾を撃ち出して、10cm単位で狙撃できるというのだ。<ザ・コア>の、有り余っている計算資源の為せる技だろう。
「…出番がないことを祈るわね」
とはいえ、これ以上町を占拠したいとも思わない。それに、この町には森の国の大使館があるのだ。あまりマイナスの印象を持たれるのもよくない。穏便に事が運ぶのを祈るばかりだ。
「結局、貢物の類はフラタラ都市で利用できませんでしたので、気前よく使ってしまおうと話し合っていますね」
そんなことを確認しながら、彼女は使節団一行の観察を続けた。
人形機械で聞いていた通り、東門都市の南側、巨大な淡水湖のほとりで野営を行うらしい。テントやタープを張り、竈を設置する。
水は湖から汲むこともできるが、今回の旅では、<ザ・ツリー>が提供していた。交易品目の1つ、保存水である。
いつものように野営拠点を設置し、そして夜になる。
事件は、夜中に起こった。




