第74話 姉妹達のティー・パーティー
「どうぞ、クッキーと紅茶です」
「あ、ありがと」
司令官と<リンゴ>、5姉妹は食堂に集まり、今後の方針について話し合っていた。
<リンゴ>が新作のクッキーと紅茶を運んでくる。
「紅茶、できたの?」
「はい、司令。チャノキによく似た植物が見つかりましたので、加工してみました。確認したところ、ごく一部で緑茶が飲まれているとのこと。ほとんど流通はしていないようですが、テレク港街でも話は聞けましたので、問題はないかと」
司令はふむ、と頷き、ティーカップを手にとった。
5姉妹は、その様子をじっと見ている。
<リンゴ>の味覚については、人形機械を操っているだけという特性上、実は問題がある。
美味いとか不味いなどの味覚に関連する神経系が育ちきっていないのか、そもそも操る人形機械の個体差なのか、感じている味の幅にブレがあるようなのだ。
そして、<リンゴ>はそのブレを許容範囲内と認識している節がある。
まあ、主に司令が甘やかしているのが原因なのだが。マズいならマズいとはっきり言うべきであった。もう遅いが。
本来、AIならAIらしく味覚測定器などで絶対値を検出するのが正しいのだが、わざわざ人形機械の舌を使って味を確かめているのである。
司令のため、司令と同じように味わってみたいという、まるで親を真似する子供のような、そんな微笑ましい感情からの行動と思われる。微笑ましいと思っているのは司令だけで、5姉妹は勘弁してくれと考えていた。
というわけで、5姉妹は新作系については非常に警戒していた。
<リンゴ>もそれは承知しているのだが、どうも、慣れない味を苦手に思っている程度に理解しているようだった。救われない話である。
ゆえに、いつも被害者は司令ただ1人。
「…。うむ。悪くないわね」
とはいえ、最近はそういう爆弾も少なくなってきた。味覚に関するデータが揃ってきているからだろう。
それと、人形機械の平均化も進んでおり、司令の口内に直撃する味覚ズレも減っていると思われる。
「よかったです」
ニコニコする<リンゴ>と、実際美味しそうに紅茶を味わい、クッキーを口に運ぶ司令。5姉妹は互いに目配せし、クッキーを手にとった。
まあ、いつもの光景だ。
「うーん。日々の食事に加えて、間食も揃ってきたわねぇ。牧畜も順調なんだっけ?」
「はい、司令。牛、鶏に似た動物の飼育はおおむね順調です。豚はまだ見つかっていませんので、探索中になります。テレク港街では飼育はしていませんが、そういった家畜がいるという証言は確認できました。あとは、羊や山羊などがいればかなりバリエーションが出るのですが、どうも生息域が違うようで、この周辺には生息していないようです。それと、イルカに似た海獣も捕獲し、飼育を始めましたのでこちらもその内に」
「そ。適度にお願いね」
イルカを食肉にするというのは、そういえば、どうなのだろうと司令は思い出してみる。好んで食べた記憶はないし、そもそも食べていたかどうかも怪しいが、まあ同じ哺乳類だし問題ないだろう、と結論付けた。
とはいえ、彼女が転移前、現実世界で食べていた食肉が本当にパッケージ通りの肉なのかどうかは分からないのだが。
特に疑問に思っていなかったその頃を思い出し、少し懐かしい気分になる。あの頃は補助分身に世話を焼かれ、ゲームをしながらやりすぎだなんだと小言を聞かされ、お小遣いを稼いでは褒めそやされ、…。
「どっこいどっこいね」
「…? 司令、どうされました?」
「なんでも無いわ。まあ、このままぐだぐだするのも勿体ないし、続きをしましょう」
というわけで、司令は本題に戻ることにした。
「フラタラ都市の今後について。当面、…そうね、あの領主の傷が癒えてメディカルポッドから出てくるまでの間に、今後の統治について決めちゃいましょう。猶予はそうね、5日くらいかしら?」
「はい、司令。傷口の治癒に3日。筋肉の修復および全体最適化に1日。内臓機能その他の調整に1日。5日後には自律行動を可能にできます。今回のラダエリ・フラタラに対する処置は、銃創の治癒でよいでしょうか」
彼女の確認に、<リンゴ>は奇妙な返答を返した。そのことに違和感を覚え、しばし彼女は黙考し。
「それは、銃創の治癒以外に処置すべきものがあるということ?」
「はい、司令。全体スキャンを行った結果、深刻な内臓疾患と全体的な栄養不足、肩、腰まわりの骨格、軟骨の変形損傷が認められます。典型的なストレス性疾患、および食糧不足の影響、長期間に渡るデスクワークの問題です」
「……」
司令は考えた。<リンゴ>が収集した情報によると、フラタラ都市はとても辛い状況に置かれていたらしい。
折角来てくれた外部の使節団を襲う、と判断しなければならない程度には。
そして、どうもその決定も、比較的理性的に下されたと思われる。統治はラダエリ・フラタラによるワンマンだったようだが、それでも誰も反感を覚えないほど、周辺環境は悪い状況だったようだ。
「何か、可哀想になってきたわね…。治癒できるところはしてあげて」
「はい、司令」
現在のラダエリ・フラタラのバイタルは非常に安定している。安らかに眠りこけているらしい。いや、主に投与された薬の影響によるものだが。
「司令官。私も、なんだか可愛そうで…。なので、更地はちょっと…」
「はいはーい。わたし、補給基地にすればいいと思う!
「わたしも! ね、滑走路を作ろうよ!」
イチゴ、ウツギ、エリカはフラタラ都市は継続させ、何かしら利用するのがいいと思っているようだった。
「…あの、補給拠点がいいと…思う。森の国とのやりとりも、拠点があったほうが…便利」
オリーブも、フラタラ都市は拠点化してしまえという意見のようだ。そうなると、最後のアカネは。
「…。私は、大使館だけ置いておけばいいと思う。拠点化するのは、情報漏洩の観点からリスクが高い。アフラーシア連合王国との全面戦争を避けるのであれば。露骨な侵略は行うべきではない」
「なるほどねえ」
なんとなく、彼女も程度の差はあれど、拠点化すべきではないかと思っていた。
だが、考えてみればわざわざ人が住んでいる場所に基地を作るメリットはない。
むしろ全く人が居ない場所に一から作り上げたほうが早いだろう。何と言っても、自重する必要がないのだから。それは、現在建設中の第2要塞の事を考えても自明だ。
「そうね。テレク港街はもともと、情報収集のために接触して、ま、鉄をたくさんもらったわね。その恩もあったし、何より唯一の鉄の入手先だったわ。心象を悪くしたくなかったし、私も虐殺する気も無かったし。鉄の町も同じね。我々が占拠することもできたけど、まあ、人道的見地からそれは見送ったわ。それに、ある程度周辺状況も分かって、そこまで急ぐ必要はなかった」
当時の思考を思い出しながら、彼女は語る。
「あるものは使わないと、っていう思考は間違ってないわ。モッタイナイ、って言葉もあるくらいだしね」
「あ、司令官、じゃあフラタラ都市はモッタイナイってこと?」
そうね、と彼女は頷く。
「そ。もったいない、って、少なくとも私はそう思っていたわ。折角手に入れたのに、放置するなんて勿体ない、ってね。でも、もっと長期的に考えて、損得勘定をしないとね」
「司令官、申し訳ありません…。私はそこまで考えられませんでした。これでは要塞司令失格です…」
「あら」
しょんぼりしてしまったイチゴに、司令は笑いかける。それだけでは何なので、立ち上がってイチゴの横に向かった。
「いいのよ、それで。これで、次からもう少し考えられるでしょう。それに、ちゃんとアカネがフォローできたんだし。言ったでしょう、第2要塞は2人で管理してもらうわ。2人で考えれば、しっかりやっていけるわ」
イチゴとアカネ、2人の頭を撫でながら、司令はそうフォローする。
「それに、正直、私もイチゴと同じようなことを考えてたし…。ま、今回はアカネに教えてもらったってことで」
ぽんぽんとアカネの頭を撫でさすってから、彼女は自席に戻る。
「さ、そういうわけで。もう少し、フラタラ都市の今後について考えましょう。それに、補給拠点の設置も考えたほうがいいわね! 第2要塞からでも、フラタラ都市は直線で640km以上離れてるわ。鉄道を敷かない限りは、空路でなんとかするしか無い。どうするか、決めちゃいましょう」
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