第72話 閑話(ラダエリ・フラタラ)
フラタラ都市。
五連湖の北東に位置し、北に小麦の丘都市、西に西門都市、東に東門都市、南に鉄の町およびテレク港街へ続く街道が接続した、交流拠点都市だ。
その特性上、生産産業従事者が少なく、宿屋や食堂、市場などの商売人が多い。
食糧は基本的に他の都市からの輸入に頼っており、自前で食糧を賄っているのは総人口の3分の1程度。
流通が途絶えるとほとんどの市民が餓死すると言われる、輸入に頼り切った町だった。
そんなフラタラ都市だが、近年、内戦状況が悪化する度に苦境に立たされることになった。
内戦中でも、基本的に商隊は動いている。敵対する領地同士は直接行き来しない、などのルールがいくつかあるが、それでも流通は国の血液だ。これを止めると、国全体がゆっくりと壊死していくことになる。そのため、数年はいつもと変わらず商隊は行き交っていた。
しかし、内戦が長期化してくるにつれ、商隊はその数を減らしていく。
理由はいくつかあるが、最も大きいものは権力者による強制徴収だ。出兵続きで切羽詰まった領主が、商隊の荷物を徴収するという事態が度々発生したのだ。
対価は当然支払われず、中には抵抗したとして身包みを剥がされ、さらに処刑される者まで出る始末。
当然、そんなことをした領地には商人は寄り付かなくなる。そうすると物流が滞り、進退窮まり略奪戦争を始める領主も出てくる。
戦火が広まると兵士以外にも被害が出始め、さらに飢えた兵士が野盗化することもある。ここまで来ると、商人かどうかなど関係なく、民は安全な地を目指して逃げ出していく。
そんなことが各地で繰り返されるうち、商人の姿は消え、やがて各領地は孤立していくことになる。
動かせる兵が居るところは護送商隊を組むこともできるが、それもコストが馬鹿にならず、ジリ貧となる街が増えてきた。ある程度自給自足できるところはまだしも、フラタラ都市のように食糧を輸入に頼っていたような街は最悪だ。
それでも、フラタラ都市はまだ良かった方だろう。小麦の丘都市は小麦の一大生産都市で比較的交流しやすく、西門都市も隣の<麦の国>との交易があり、食糧は入って来やすい。
しばらくは護送商隊を使って交易を続けることで、市民を飢えさせないだけの食糧の取引が可能であった。
そうして1年が過ぎ、2年が過ぎ。
フラタラ都市は、ついに金品の蓄えが尽き、交易もできないという状態に陥ったのだ。
もともと内戦は、アフラーシア連合王国の3首脳による権力争いが発端だった。
大本を辿ると、この王国は昔、3つの王国に分かれていた。
草木も育たぬ辺境に位置する3つの国は、遊牧民さながらの貧しい生活を送っていたのだが、やがて現在の首都付近に3国の有力者一族が集まり暮らし、紆余曲折あった後、3首脳による合議制の議会が発足した。これがアフラーシア連合王国の始まりである。その後数代に渡って議会は運営されたが、徐々に権力争いの場に変わっていく。
もともと農産物も鉱山も乏しく、唯一、点在する草原を使った馬の畜産で外貨をなんとか稼いでいたような国である。
その他、技術が足りずに産出量は少なかったものの、燃石と呼ばれる燃える石が多量に埋蔵されている国土であった。
そこに、他国が目を付けたのは必然だっただろう。
特に、鉱山を多く有する南の小国家群は、なんとか安く、なんだったら無料で燃石を獲得しようと暗躍した。
その結果、ただでさえ険悪だったアフラーシア連合王国の議会政治は拗れに拗れ、やがて互いの権力を賭けた泥沼の乱戦へともつれ込んでいくことになる。
内戦が長引くと当然治安は悪化し、さらに各地の勢力は自分勝手に独立を宣言、あちこちで紛争、軍事衝突が勃発するようになり、もともと高くなかった国力は急激に失われることになった。
ここまで悪化すると、他国も逆に手を出しづらくなる。金を渡しても動ける勢力はおらず、自ら出兵しようにも、それを理由に別の国が参戦しかねない。
アフラーシア連合王国内で他国の軍隊と戦争はしたくないため、どこの国も牽制しあい、結局傍観することになる。
そうして、フラタラ都市は選択を迫られることになった。
市民への締め付けを強化し、財貨を吐き出させ、延命を図るか。
小麦の丘都市からの要求に従い、統治権を売り渡すか。
<麦の国>に売国し、属国と成り果てるか。(既に西門都市はズブズブの関係となっていたようだ。)
どれを取っても茨の道である。
市民の財貨を徴収しても、それは一時的な延命であり、しかも次は無い。八方塞がりの現状では時間を稼いでも光明はなく、逆に市民の恨みを買うだけ。
小麦の丘都市への従属は悪い話ではないのだろうが、フラタラ一族は良くて隠居、悪くて追放だ。
しかも属領扱いとなるため、市民への当たりも酷いものになるだろう。
<麦の国>への降伏も、結局売国である。最悪、国賊扱いされて討伐軍が差し向けられることになるだろう。
いくら内乱中とはいえ、共通の敵が現れれば一致団結する可能性は高かった。
状況が悪くなる中、フラタラ都市は生き残りをかけて様々な施策を行っていた。
畑を拡大し、農作物を育てる。
五連湖周辺の森に出かけ、狩りをする。
船を作り、五連湖で漁を行う。
どれもある程度の成果はあるが、市民全員に食糧を行き渡らせることはできそうになかった。
いや、漁であれば可能性はあったのだが、如何せん経験者が少なく輸送手段も限られており、それらを解決するには時間が必要だった。
時間、すなわち大量の食料が、必要だったのだ。
そんな状況で、その商隊は現れた。
とっくに滅びたと思われていた、テレク港街からのキャラバンである。
実際に聞くと使節団であり、目的地は東門都市とのことだったが、あるいは何かの打開策になれば、とラダエリ・フラタラは先触れの使者と面会を行った。
その使者は以前も訪れたことがあったようで、たまたま使用人が彼の顔を覚えており、故に間違いなくテレク港街から来たということが確認できた。
見たところ、着ている服は非常に上等なもの。馬も健康的で、非常に優良。さらに、同行している怪しい者も居るが、聞いたこともない騎乗できるゴーレムを連れているらしい。
顔は隠れていて確認できなかったようだが、それでもちらりと見えたそれは非常に美しい肌だったようで、恐らくは女。
たとえ男でも、ゴーレム使いで見目麗しいとくれば引く手あまたではないか。
先触れ、恐らく斥候も兼ねて訪れたであろう2人は丁重にもてなすよう伝え、ラダエリ・フラタラは考えた。
東門都市へ行くのであれば、相手は森の国だろう。相当の貢物を用意しているはずだ。
それになにより、あのゴーレム使い。聞き出したところによると、複数人が同行しており、その強さから少人数でも危なげなくここまで辿り着いたとか。
大事な商売相手、というような牽制は受けたが、こちらも市民たち多数の命が掛かっているのだ。実際には面会してから決めるつもりだが、向こうの態度次第では略奪も辞さない。
幸い、相手は少人数だ。フラタラ都市の常備兵は、商隊の護送を行っているため精強でしかも経験豊富だ。10人程度の集団など簡単に制圧できるはずだ。
しかし、それは最後の手段としておく。穏便に取引でもできれば一番だ。それで手に入れられるものなどたかが知れているが、もしかするとテレク港街と継続取引ができるかもしれない。
交易ができれば、ああ、独占できれば、食糧取引で足元を見られることもなくなるだろう。
「明日。全ては明日だ。だが、ゴーレムか。どれほどのものかは分からぬが、欲しいな。…さあ、既に賽は投げられた。あとは、どの目を掴むかだけである」
そして。
フラタラ都市領主、ラダエリ・フラタラは晩年、この日の出来事をこう語った。
「あれは人生最悪の日じゃったよ。
訳の分からぬ武器で撃ち抜かれてナイフで脅されて、挙げ句に自慢の時計塔は粉微塵。
痛む肩も放置され、そのまま廊下を外まで引きずり出されたんじゃ。
そうしたら、想像できるかね?
屋敷の前に、とんでもなく巨大な化け物が、こっちを見下ろしておったんじゃ。
そして、儂はそいつの腹の中に、問答無用で放り込まれたのさ。
もう食われて終わりだと思ったもんじゃ。
しかも、そこから外の様子が見えるんじゃ。
儂の自慢の兵たちが、あのリンゴ・ファミリーの嬢ちゃんたちに、文字通りなぎ倒されていくんじゃよ。
当時は、この巨大な化け物に全員食い散らかされて終わるんじゃと覚悟したものさ。
それを儂は、この特等席で見せつけられるんじゃ、とな。
まあ、ほら、後は知っての通りじゃよ。
儂も結局、死ぬまで死ぬなと仕事を押し付けられて――今?
ほっほっ…まあ、好きにやらせてもらっておるわ。よく知っておるじゃろうに」




