第71話 「即時降伏せよ」
「敵対行為と判定する」
ドライツィヒ=リンゴは、<リンゴ>に緊急事態を宣言すると同時、自身に許される能力の中で最適と思われる行動をとった。
通常モードから戦闘モードへ、体内状態を変更する。体内バッテリーや各種栄養素の消費は格段に増加するが、それに伴い思考能力・身体能力が跳ね上がった。
(20番、緊急事態。27番、緊急事態。多脚戦車1号機、緊急事態。多脚戦車2号機、緊急事態。多脚地上母機、緊急事態、28番、起動要請)
(20番、了解)
(27番、了解)
(1号機、戦闘起動)
(2号機、戦闘起動)
(地上母機、戦闘起動。28番、起動中)
大きすぎて門から入れず待機させていた多脚戦車、および多脚母機に指令を飛ばす。
スリープさせていた各種機器装置に火を入れると同時、マイクロ波送信システムへ戦闘機動コマンドを送信する。
この間、僅かに0.3秒。<リンゴ>からの返答はあと数秒を要するが、それを悠長に待っている暇はない。
補助装置を外してしまったのは勿体無かったが、この国の文明レベルでは、素のままでも特に脅威とならないだろう。
左手でコンバット・ナイフを、右手でハンドガンを引き抜く。まさにこちらに剣を突きつけようとしている兵士に向け、ナイフを振る。ハンドガンは首魁へ。
「な」
領主ラダエリ・フラタラが、何かを言おうと口を開き、それは無視して引き金を引く。
発砲音と同時にナイフを剣身の横から叩き付け、青銅製のそれを叩き切り更に踏み込む、そして握りこんだ拳を兵士の喉に突き込んだ。
「があぁッ!」
銃弾が領主の左肩に食い込み、突き抜ける。悲鳴を上げる領主、殴られて吹き飛ぶ兵士。複数の事象が同時に発生し、フラタラ都市の領兵は混乱した。
そんな中、使節団護衛隊長、レオン・デグラートは冷静に、腰に帯びた湾曲刀を抜き放つ。彼女達の戦闘能力を知っているが故、彼女が動き出した瞬間には彼も覚悟を決め、行動を起こしていた。
突き付けられようとしていた剣を斬り飛ばし、衝撃で身体を泳がせる兵士に体当たりを行い他の兵士の行足を妨害する。
ドライツィヒに対し、<リンゴ>から指令返答が行われた。
(対応指示、126、45、4800、3362、…)
完全同期操作ではない限り、送信情報を最低限とするため、指令は事前に決められたパターンの組み合わせで行われる。
その件数は非常に多く、組み合わせパターンは天文学的数値となる。
とはいえ、現場の情報も組み合わせながら様々な判断を行う必要があるため、十分に経験を積んだ頭脳装置を端末としなければ、まともな行動はできないのだが。
そして、送られてきた指令は。
「<パライゾ>は、この町を制圧する」
テーブルを乗り越え、領主ラダエリ・フラタラの右目にその切っ先を突き付けながら、<ザ・ツリー>は宣言した。
「抵抗は無意味である。即時降伏せよ」
指令を受け取った多脚地上母機は、スクランブル待機させていた対人攻撃ドローンをカタパルトで射出した。
ドローンは時速250kmで飛翔、5秒後にはフラタラ都市の領主館上空へ到達する。展開した6枚のプロペラで急減速しつつ、目標を直接確認。続いて発射された対地攻撃ドローンも、同じ軌道を周り始めた。
制圧指令受領後、1分後には対人攻撃ドローン2機、対地攻撃ドローン1機、対空攻撃ドローン1機の展開が完了。
その直後、スリープ状態で待機させていた28番が起動する。彼女に対しても指令が下され、即座に装備を身に着け車外に飛び出す。
地上母機の側面がゆっくりと展開し、地上へスロープを下ろす。待機させていた多脚攻撃機2体が、ホイールを使って駆け下りる。
そこに天井側から外に出たアハトウント・ツヴァンツィヒが飛び乗り、フラタラ都市へ向けて加速を始めた。
多脚戦車は、指令受領後、さらに直接的行動を行った。
2番機はホイール走行でフラタラ都市へ向けて走り出し、1番機はその主砲をフラタラ都市へ向ける。
プラズマ発光。
甲高い音ともに徹甲弾が5,000m/sで砲身から撃ち出され、ほぼ一直線で空中を飛翔する。
目標は領主館に設置されている時計塔。レンガ製のそれには、5,000m/sで叩きつけられた砲弾に抵抗する術はない。
支柱も外壁もまとめて木っ端微塵になり、真っ二つになった時計塔はゆっくりと崩壊を始めた。
「ぐううぅ…貴様ら…」
「生殺与奪権は我々にある。即時武装解除せよ」
ドライツィヒは領主の眼前にナイフを突き付けたまま、ゆっくりと移動を開始した。彼らの主人を人質に取られては、さすがに領兵達も動けない。室内に駆け込んだ彼ら6名は剣を抜いたまま、どうすることもできずに立ち尽くす。
この瞬間、時計塔を徹甲砲弾が撃ち抜いた。
発生する轟音、振動。あまりの衝撃に領兵たちは床に転がり、レオンも慌ててソファーの背にしがみつく。
これに動揺しなかったのは、事前に知っていたドライツィヒのみ。
背後に回ったドライツィヒがコンバット・ナイフを改めて首に突きつけるとともに、彼に囁く。
「右を見ろ」
「…っ!」
領主の視線の先。フラタラ都市を一望できる窓の外、そこを崩壊した時計塔がゆっくりと落ちていく。瓦礫が崩れる音に続き、意図せず揺らされた鐘が鳴り響く。
数秒後、時計部分が地面に叩きつけられ、ひときわ大きな鐘の音が街を覆った。
「あれは我々からの攻撃である。我々はあの攻撃を、この都市の好きな場所に好きなだけ当てることができる。意味は分かるな?」
一拍置いて、ドライツィヒは改めて告げる。
「抵抗は無意味である。即時降伏せよ」
そしてこれが、この世界における<ザ・ツリー>最初の軍事的侵攻の、初撃となったのであった。
◇◇◇◇
「うーん…まあ、これは仕方ないわねぇ…」
領主からの一方的な攻撃宣言と、それに反撃する人形機械。いきなりアイコンが敵対勢力内判定になった時はどうしたものかと思ったが、迅速に領主館の制圧が完了した後は大きな混乱もなく、無事にフラタラ都市は降伏した。いや、無事かどうかは不明だが。
結局門を通り抜けることができなかった地上母機は、東門をぶち破って都市内へ侵入することとなった。
当然それを目撃した市民たちは慌てて逃げ始めるのだが、真っ直ぐ領主館へ向かったのが効いたのか、騒ぎはすぐに収まった。
正直、これは良い意味での想定外で、市民による暴動ないし暴走が始まる予想もしていたのだ。何事もなく収まり、余計な労力がなく助かっている。
その後、地上母機は領主館へ横付けし、肩に銃弾を食らって重傷となった領主を医療ポッドへ放り込むこととなった。
それもちょっとした騒ぎになったのだが、まあ余談だ。
騒ぎ立てる領兵を人形機械4体とドローンで制圧して回ったくらいである。全員素直になった。
適切に治療をすれば、全治1ヶ月程度。医療ポッドで集中治療を行えば、1週間程度で全快する程度の銃創である。フルメタル・ジャケット弾を至近で撃ち込まれたことで、肩甲骨も砕けず穴が空いた程度で済んだのだ。
今後の統治のためにも、領主は生存していたほうが望ましい。
一夜明け、多脚重機および多脚戦車を空挺降下させた。まだ逆噴射用のロケットモーターの開発が済んでいないため、パラシュート降下である。
空から降ってくる鋼鉄の化け物の姿に、市民たちは震え上がった、らしい。一晩で噂として領主館陥落の情報は回っていたようだが、大半の市民がそれを実感したのは、この空挺降下の瞬間だった。
「フラタラ都市の武装解除に成功しました。ひとまずの脅威は取り払うことができたかと」
「そうねえ…。結局武力侵攻になるとは思わなかったけど…。ちょっと、戦略を練り直したほうがいいかしらねぇ…」
まあ、想定はしていたとはいえ、フラタラ都市の制圧というのはプラン外もいいところだ。最悪のシナリオと言ってもいい。現在はほとんど途絶えているとはいえ、もともとこの都市は流通のハブ拠点として栄えていた町である。いつまた交易が再開するとも限らないのだ。
その際、町を謎の武装勢力が占拠しているとバレれば、面倒なことになるだろう。
「当面は封鎖を続けます。すぐにどうこうは無いでしょうが、数ヶ月以内に方針は固める必要があるでしょう」
「森の国との接触もあるんだけど…。まあ、交易拠点ができてラッキーくらいに思っておきますかねぇ…」




