第69話 討伐記念公園を作ろう
「死んでるわよね」
「不明です」
埋まった地虫を掘り起こしながらの会話である。
作業を開始して既に2時間が経過し、周囲はすっかり暗くなっていた。暗視装置はあるが、上空のドローンから空撮するため、作業場は複数の高輝度ライトで照らしている。高度20,000mからだと、暗視映像ではノイズが非常に多くなってしまうためだ。
「ただ、ワーム本体の温度が徐々に外気温に近付いてきています。不自然な変動など、生命活動の痕跡はありませんので、既に死んでいる可能性は高いでしょう」
「魔物って、何か意味の分からない生態してるみたいだから、怖いわよね」
「はい、司令。何があっても対応できるようにはしています。最悪、全滅しても問題はありません」
「勿体ないから、できればそうならないことを祈るわ」
これフラグじゃないわよね?とため息をつく司令だったが、結局、作業は粛々と進んでいった。
「司令、ワームの頭部側の露出が完了しました」
「んっ。オーケー、ちょっと待って。アカネ、一緒に確認しましょう」
淡々と土を掘り返すだけの映像に飽きた司令はアカネと一緒に戦略マップを眺めていたが、<リンゴ>に呼び戻され、司令席に座った。右に<リンゴ>、左にアカネが立つ。
「レールガンで破断させた場所ですね。恐らく、再生が始まっていました。鉱石質の表皮が少し内側に向けて成長しているのと、中央部に口と思しき牙が、不完全ですが生えているようです」
「…。これ、モザイク取ったらグロい?」
「はい、司令。グロいです。お勧めしません」
映像は、遠方から撮影したワームの(新しい)頭部だ。とはいえワームにはモザイクが掛けられ、説明用にワイヤーフレームで表皮や牙、口腔の立体像が図示されているだけだ。<リンゴ>が司令に配慮し、映像を加工しているのである。
「まあ、好き好んで見たいとは思わないから、いいけど。で、どういう状況なのかしら」
「はい、司令。ワームの生命活動は停止している、と見て間違いありません。口腔から体液が漏れていますが、これは血液や筋肉などが混ざり合ってできたものと思われます。地中貫通爆弾の爆圧により体内が激しくシェイクされたものかと」
「…想像したくないわねえ」
「地中の爆圧が対象にどのように作用したのか…検証したい。リンゴ、…情報をくれる?」
「はい、構いませんよ、アカネ。貴女の専有記憶域へ情報をコピーしておきます。不明点は確認してください」
「ありがとう」
目を輝かせながら食い入るようにモザイク映像を覗き込むアカネに、イブはちょっと引きながら、ほどほどにね、と声を掛けた。
狂研究な方向に進まないよう、指導しなければ。あとで<リンゴ>に言っておこう、と彼女は心のメモに書き込んだ。
「再生が進んでいる風にも見えませんし、映像だけでは確認し難いですが、体内構造が重力で変形し、押しつぶされているようです。他の箇所も順次調査は行いますが、これだけ刺激を与えて動き出さないのであれば、もう死んでいると考えて問題ないかと」
「ふーむ…。とすると、ワームの体内は、<レイン・クロイン>みたいな異常な頑強さは無さそうってことかしら」
「はい、司令。外皮は異常な硬さを保っているようですが、内部は物理的に再現可能なレベルの構造です。一定以上の圧力、衝撃を加えることで内部で衝撃波が循環し、致命的な破壊に至ると推定します」
「リンゴ…、それは、表皮が硬すぎて、衝撃波が反射するということ…?」
「そうです、アカネ。一定未満の衝撃は外皮が吸収ないし拡散して体内に伝えませんが、許容量を超えると内部に広がり、それがダメージとなります」
その説明を聞いた司令が「中がソーセージみたいに…」と呟いたが、<リンゴ>は黙殺した。さすがにそれはいけない。
「とはいえ、何があるかは分かりません。引き続き警戒させつつ、発掘を続けます」
「お願いね。じゃあ、また何かあったら知らせてちょうだい。私はとりあえず資料室にでも行って、もう少し情報の整理をするけど。アカネは一緒に来る?」
「私も一緒に行く」
「お供します」
結果的に、地虫は完全に死亡していた。
全体を掘り起こし、地上へ牽引までしたが、一切動く気配はなかった。ワームをそのまま持ち帰るスペースが無いため、ここで更に解体を行う。
硬質な表皮の切断に手間取ったものの、その他は特に問題なく順調に解体することができた。
最終的に、3分割して運ぶことになった。第2要塞経由で、<ザ・ツリー>へ運搬する。
分割した際、胴体の真ん中部分は形状を保ったが、頭部と尾部は自重で潰れるという現象が発生した。これは<レイン・クロイン>で確認していた、謎の結晶による謎の構造強化が適用されており、切り離されたことで本来の特性に戻ったということだろう。
ワームの構造強化の対象は、恐らくその外皮。金属と岩石、そして生体組織が複雑に入り混じった、生物学的には考えにくい体組織であるらしい。
詳しくは調査結果待ちではあるが、<リンゴ>曰く、ミミズやゴカイなどの生物と比べても、構造が単純過ぎるのではないかとのこと。もしかすると、生体機能の大半を魔法の解明できない力で賄っているのかもしれない。
回収したサンプルを粗方回転翼機に積み込み終わり、あとはクレーターを埋め直すだけだ。結果的に、地下40mくらいから地上部までまんべんなく地面を耕すことになった。
もしかすると、将来的にここが森になるかもしれない。表現に問題はあるが、肥料となる有機物もある程度混ぜ込まれていることだ、1年以内には草原が出現することになるだろう。
「微妙な場所だけど、休憩所みたいなのを整備する? 折角だし」
「はい、司令。岩石を砕石状にして踏み固める程度であれば可能です。それ以上となると、資材の投入が必要です」
「じゃ、地面をならして、いくつか削り出した岩でも置いてそれっぽくしてちょうだい。観光名所になるかもよ?」
なった。
そこはかつて<パライゾ>が巨大な魔物を一撃で撃退し、土に埋められた死体から植物が芽吹き、やがて今のような森になった場所として、街道を行き交う人々の内で長く語り継がれることになる。
「さて」
そんなワームに関するあれこれを片付けた後。
ちなみにワームは、現在SR-1に分乗し、<ザ・ツリー>へ運ばれている最中だ。あと数時間もすれば、研究設備へ運び込まれることだろう。
「使節団はフラタラ都市に到着したのね。どんな状況?」
「はい、司令。斥候として、護衛1名と人形機械を派遣しています。諜報用ロボット群を放ちましたので、一両日中には詳細な状態を確認できるでしょう。現在、先触れとして領主館へ通されたようです。話し合いは…まあ、順調といったところでしょうか。恐らく、1日か2日程度はフラタラ都市へ滞在することになるのではないでしょうか」
戦略マップには、フラタラ都市に黄色のアイコン(デフォルメされた狐娘)が表示されている。黄色は、「判定中」の意味だ。青になれば味方勢力内判定、赤になれば敵対勢力内判定。緑は自拠点内判定だが、それは今は関係ない。
本来、もっとたくさんのユニットを行き交わせ、各勢力の全体把握に使う機能なのだが、現在は4箇所(<ザ・ツリー>は遠すぎてマップ表示範囲外である)しかアイコンがないため寂しいものだ。
もう少し充実させたい。
「逗留のための貢物などは、積んできた交易品から出せばよいでしょう」
「貢物がいるの?」
「はい、司令。曲がりなりにも、相手は領主ですので。こちらは正式な使節団とはいえ、単なる通りすがりですし、使節団の団長も家名持ちとはいえ実質的な権力はありません。まあ、波風を立てないための方便ですね」
「…。うーん…やっぱり人付き合いって面倒ねぇ…」
引きこもりがそうのたまった。
「はい、司令。その辺りの交渉はお任せください」
と、そんな会話を続けていると。
フラタラ都市にある狐娘アイコンが、赤くなった。
「…ちょっと!? <リンゴ>!?」
「すみません」




