第67話 多脚空挺、爆誕
上空10,000mに、6基のプロペラを装備した飛行艇が飛んでいる。左右に護衛の飛行艇を侍らせつつ、彼女はゆっくりと、後部ハッチを開放した。
扉が開ききると、そこから小さなパラシュートが飛び出す。
そして、それに繋がれた長さ5mの円筒が空中に放出された。その円筒は、重力に捕まりすぐに落下を開始する。
飛行艇はもう1基、同じ円筒を放出した。
飛行艇から十分に離れたところで、円筒は爆発ボルトを起爆、外装をパージする。
中から現れたのは、地中貫通爆弾。自由落下を開始すると共に、安定翼を展開。ゆるく回転しながら、突入位置を調整していく。
落下開始から10秒後、突入軌道確定後、後部のロケットモーターが点火された。ロケットの燃焼時間はおよそ10秒。その間に、突入に必要な速度まで加速される。
2発の地中貫通爆弾は、自身の目標とする箇所に、寸分の狂いもなく突入した。硬質目標へ侵入するための高強度弾頭は、岩石層を突き破りながら必要深度まで到達する。
そして――爆発。
発生した爆圧は、計算通りに地中の敵を吹き飛ばし、地上に露出させた。
◇◇◇◇
それは、大半の感覚器官を破壊され、地中で身を縮こまらせていた。
移動する獲物を見つけ、いつものとおり襲いかかったのだがうまく逃げられた。
更に、それには理解できない方法で攻撃され、体の一部を引き千切られたのだ。
それは本能のまま、体を後退させ、そして自身の掘った穴の中でじっと息を潜めている。
身体の損傷は、感覚的に問題ないと判断していた。しばらくすれば再生されるだろう。
だが、失った肉体が惜しい。減った分は何とかして穴埋めが必要である。
このあたりの「餌」は豊富にあるため動くのは問題ないが、成長に必要な「食事」は必要だ。
今は損傷が激しく移動できないが、これが癒えればいつものように――
何かが、近くに突き刺さった。
その音が聞こえた瞬間、それは反射的に身を硬くし――
◇◇◇◇
「地中貫通爆弾、設定深度で正常に起爆しました」
「わーお」
投影ディスプレイの中で、地面がめくれ上がるように吹き飛んでいる。
「すごい威力ね。地虫、粉々になってないかしら?」
「映像解析中です…確認しました。ワーム本体と思しき物体が地面に露出しているようです。活動は今の所確認できません。気絶しているだけかもしれません」
吹き上がる土煙の中、解析されたワームの身体がワイヤーフレームで表示される。
2発の地中貫通爆弾を地下側で同期爆破し、爆圧で攻撃するとともに地上へ押し上げるという計画は、計算通りに効果を発揮した。
ただ、ワームの身体に目立った損傷が確認できないまま、地面に出てきているところは想定外だが。
「レールガンによる攻撃時の耐久力から、ワームの頑強性を算出したのですが、想定より硬かったようです。十分な衝撃を浸透させることができているはずですが」
「そうね。計算上は、複数に分断される可能性が高いんだったかしら?」
「はい、司令。場所によってはレールガンで撃ち込んだ徹甲弾以上の衝撃が加わりますので、圧力の違いから体組織が断裂する可能性が高いと想定していました」
周辺の地層の積み重なりにより、2回の爆発で発生した衝撃波は若干の時差を発生させながら目標のワームへ到達する。その圧力差により加害されるはずなのだが。
砂煙が風に流され、爆心地が映像に表示される。
「凄いことになってるわね…」
そこには、巨大なクレーターが出現していた。そして、なかば土砂に埋もれたワームの身体も確認できる。
「街道まで被害がなくて良かったわね」
「ワームの位置によっては、街道にも被害が出ていたかもしれませんが。この程度であればすぐに修復は可能ですので、問題ありません」
<リンゴ>がそう言うのは、街道と言いつつ、轍が続いているだけの簡素なものだからだ。
定期的に往復していた商隊が使っていた道で、基本的には埋め戻してしまえば元通りだ。
確かに、<ザ・ツリー>の持つ重機を数台投入すれば、半日足らずで街道の復旧は可能だろう。
「そう? まあでも、このクレーターもできれば埋め戻しておきたいわね。街道近くだし、水が溜まっても具合が悪いでしょうからね」
「はい、司令。そのように」
「お願いね。…で。ワームは動かないわね」
クレーターの中に埋もれているワームの身体。ぴくりとも動く気配はなく、どういう状態なのかは不明だ。
クレーターを作るほどの衝撃を受けているため、いくら外皮が硬くても、中身はひどい状態になっていると考えられるのだが。
とはいえ、<レイン・クロイン>並みの構造強化が行われていた場合は無傷で生き残っている可能性もある。
「うーん…。とりあえず、運搬用に回転翼機を回しましょうか。解体も必要だし、整地もしないといけないから、重機も運ばないとね」
「はい、司令。手配します。重機はSR-1で投下しましょう。回収は…そうですね、近くに湖があるようですから、そちらで」
「あ、飛行艇だからね。湖にも着水できるのね」
そういうわけで、各種重機や回転翼機を準備する。その間、ワームの監視を継続していたのだが、結局一度も活動を確認することはなかった。
「多脚重機の投下を開始します」
上空に到達したアルバトロスの後部ハッチからパラシュートが飛び出し、その空気抵抗によって繋がれた多脚重機が引きずり出される。
重力に従って落下を開始すると、すぐに複数のパラシュートが展開され、その重量を受け止める。
「おお、壮観ねえ」
「今後の空挺部隊の情報収集も兼ねて実施しました。しかし、パラシュートによる降下は時間がかかりますね。相手に十分な対空兵器があった場合、迎撃される恐れがあります」
司令は降下する多脚機械達を見て無邪気にはしゃいでいるのだが、<リンゴ>はお気に召さなかったらしい。
「よく知らないんだけど、こういうのってそもそも、制空権とかを確保してからやるんじゃないの?」
「はい、司令。ただ、実際に戦車を空挺降下する場面を想定すると、戦車が必要になるほど相手の陣地が強固であるということです。対空陣地の制圧まで完了している状態であれば、ドローン等の投入で十分ですので」
「んー…そうなの?」
「はい、司令。戦術面は不勉強ですので、穴はあるかもしれませんが…空挺部隊は、自由落下後または加速落下後、ロケットモーター等で強制減速するほうが良いでしょうね。パラシュートの構造自体は非常に簡素ですので、パラシュートで十分な場合はその時点で改めて製造しても間に合います」
そのような形で<ザ・ツリー>の空挺機械部隊の構想が出来上がっている最中、多脚戦車および多脚重機が次々と着地を行っていた。
多脚の最大のメリットは、不整地でも容易に活動できることだろう。着地時には、自身の脚で衝撃を吸収することもできる。
デメリットは重量を足先で保持する必要があるため、沈下しやすいこと。
しかし、これは積極的に足先を地面に埋没させ、接地面を増やすことで解決できる。
着地した多脚機械は、パラシュートを巻き取りながらワームの埋まるクレーターに向けて歩き出した。
「パラシュートは回収するんだ」
「はい、司令。少しでも技術情報の流出を抑えるためです。再利用性はありませんが」
「ふーん。まあ…そうねえ。見る人が見れば、空挺の可能性も思い当たる…か」
パラシュートの構造から、巨大な物体を空中から安全な速度で地上に到達させることができると、気付かれる可能性は確かにあった。
いまこの地域でそれが流出する可能性はほぼ無いが、こういうものは普段から徹底しておくことに意味がある。
「クレーターに到達。動体センサーに反応ありません。ワームは完全に沈黙しています」
「そ。…分からないなら、掘るしか無いわね。警戒しつつ掘り出しを開始して。自衛手段は?」
「多脚戦車の展開を完了しました。何かあっても、即時攻撃できます。…赤外線映像を確認。予想はしていましたが、やはりワームの体温は地中温度とほぼ一致していますね。赤外線センサーでは捉えられません」
ワームについては分からないことが多いのだが、しかし、この魔物の接近を探知するには、精密な振動探知が必要であるということははっきりした。ワームの生息域から外れていると思われる地域以外では、広域監視ドローンを常に巡回させるしか無いだろう。
「あんまり目立ちたくないんだけどねぇ」
「司令。多脚を出している時点で、諦めたほうが良いかと」
司令の世間感覚も、少し矯正が必要かな、と<リンゴ>は思った。




