第61話 ロマン砲の話
「レールガンの試射を開始します」
「オッケー。私の合図は別に待たなくてもいいから、適当にやっちゃって」
「はい、司令」
マイクロ波給電システムは、概ね正常に動作していた。距離が離れるにつれて収束が甘くなる問題はあるが、これは送信機の改良により解消できる見込みだ。
尤も、空間的干渉性を使用する方式に変更すれば、使われなくなるものではあるが。
「18番艦、蓄電器回路開放。充電を開始します。送電力、上昇を開始。船内負荷は想定範囲内」
電磁加速砲の発砲には、莫大な電力が必要となる。そのため一度キャパシターに電力を充電し、一気に開放することで必要電力を賄うのだ。
性能的にはキャパシターを介さずに撃てるだけの電力供給は可能だが、そうするとレールガンを使用しないときに過剰供給となるため、キャパシターへの充電による運用は必須である。
「キャパシター電圧、規定に到達。レールガン発射します」
瞬間、船首に搭載されたレールガンの砲身から、閃光が迸る。同時に発生した水蒸気が、発砲煙のように砲口から噴出した。
「初弾の発砲、成功しました」
「おー」
「砲弾初速、約4,500m/s。想定通りの結果です」
ちなみに、発射した砲弾重量は20kg。砲弾の運動エネルギーは200メガジュールを超える。
参考までに、150mm滑腔砲のAPDSは初速2,000m/s、砲弾重量が60kgであるため、運動エネルギーは120MJ。
この時点で、その威力は約1.7倍。
滑腔砲は原理上これ以上の増速は不可能だが、試作レールガンの最大初速は8,000m/sを想定している。
その場合、運動エネルギーは640MJに達することになる。
そして、砲身と砲弾を改良し、砲弾重量を増やすことができれば、それはそのまま運動エネルギーへ転換される。
「砲身交換を実施します」
ただ、レールガンはその性質上、発砲のたびに砲身となるレール表面がプラズマ化し、徐々に削られていく。
そのため、一定回数の砲撃後はレールを交換する必要がある。滑腔砲に比べ、砲身寿命は遥かに短い。
発砲時の発熱量も非常に多いため、冷却も適切に行う必要がある。金属は高温下では電気抵抗が増加するため、冷却せずに発砲することができない。
「交換した砲身は、精密検査に回します。砲身交換完了。キャリブレーション開始。次弾装填を行います。キャパシター充電開始」
取り外された砲身が回収され、新品と交換される。汎用工作機により分子単位で制御されながら製造された砲身は、マイクロメートルオーダーの精密さで接合される。一応キャリブレーションは行われるが、特に調整は必要ない。
海面は凪いでおり、僅かな揺れは優秀な制振装置が吸収してしまう。戦闘機動中ならまだしも、平時に<リンゴ>謹製の機械の接続で問題が発生するはずもない。
「充電完了。2発目を発射。成功。次弾装填。キャパシター充電開始。連続発砲テストを実施します」
それから、レールガンを5発の連続発射試験を実施。その後、送電力を増加させつつ、連射機能の試験を続けていく。
「砲身過熱、安全装置が作動しました。発射速度は毎分20発、連射回数は13発」
「やっぱり冷却装置が問題かしら?」
「はい、司令。ただ、発熱と冷却のギャップが大きすぎると、砲身が変形する恐れがありますので、この辺りが限界かもしれません」
回収した砲身は精密検査に回し、状態の調査を行う予定だ。砲身の消耗量が想定内か、歪みや亀裂が入っていないか、電流が適切に流れているかなど、シミュレーションで発見しきれなかった問題が無いかを徹底的に調査する。
<ザ・コア>は非常に優秀な演算装置だが、物理特性を正確にシミュレーションするには、正確なモデルを構築する必要がある。
正確なモデルの作成には、物理世界の精密な観測が必要であり、精密な観測のためには高精度のセンサーが必要だ。
この辺りを突き詰めると堂々巡りに陥るため、<リンゴ>の使用する演算モデルは(あくまで<リンゴ>の基準で)そこそこのものが使用されている。
実物とシミュレーションとの差異を調べ、許容範囲内であれば更に試作を重ねる。問題があれば、モデルの再設計を行う。
「砲身過熱に問題があるなら、多砲身化するしかないかしらね」
「はい、司令。コスト的に考えても、8砲身で毎分60発程度に抑えれば寿命は格段に伸ばせます」
「レールガンで毎分60発なら、投射エネルギー的には十分よねえ…」
初速8,000m/s、640MJの砲弾が1秒に1回降り注ぐと考えると、狙われる方はたまったものではないだろう。
計算上、この威力であればあの<レイン・クロイン>の皮膚も容易く貫く。謎の障壁を突破できるかは分からないが、特性は判明しており、攻略は可能だ。
「<レイン・クロイン>並みの魔物が襲来しても、ひとまずは安心できるわね」
「はい、司令。マイクロ波給電システムの範囲内であれば、確実に防衛できます。また、<ザ・ツリー>にも大型の多段電磁投射砲を建造中ですので、これが稼働すればかなりの戦力増強になります」
「あー。あの。ムカデ砲ね」
コイルガンは、接触レールを使わずにコイル内の電磁場を利用して砲弾を射出する兵器だ。
レールガンと違い、砲身がプラズマ化して削れていくような問題は発生しない。
ただし、レールガンに比べてエネルギー効率が悪く初速に劣るため、コイルを複数並べて同期させることで、初速を確保する想定だ。
電磁コイルを完璧に制御できれば、凄まじい初速を得ることができるだろう。超電導コイルを使用すれば、発熱によるエネルギー損失の問題もある程度緩和できる。
その代わり、砲塔は大型化するため、さすがに駆逐艦レベルには搭載できないのだが。
「理論上、1,000km先にも砲弾を届けることが可能です。制御可能な砲弾を開発すれば、超長距離から一方的に攻撃することもできるでしょう」
「うーん、ロマンね。こんなものを実戦で使う場面は想像できないけど、まあ…開発さえしていれば、プリンターで増産できるしねぇ…」
「はい、司令。マスドライバーにも応用できますので、開発は続けましょう」
<ザ・ツリー>は、現在大増産体制に入っている。
マイクロ波給電システムの給電網に使用するための大型ドローン、要塞建設用の各種素材、機材。
1番級の改修、次世代艦の試作。新要塞は陸上のため、防衛用機械の準備も必要だ。
幸い、近辺に敵性勢力は確認されていないため、防衛力はさほど求められない。野生動物の侵入防止が主なミッションになるだろう。
ただ、<レイン・クロイン>や<ワーム>という前例があるため、油断も出来ないのだが。
魔物に関する話は、テレク港街で集めている。ただ、周辺環境の生物相が薄く、あまり有効な情報が集まっていない。
基本的に溶岩石の荒野が広がっているため、仕方がないのだが。
ひとまず、草食だが凶暴な牛のような大型の魔物や、それを捕食する狼のような魔物がいるらしいというのは聞き出すことが出来た。それらも、滅多に見ることはないとのことだが。
そして、そういった魔物は、空から見る限り、要塞建設地周辺には観測されていない。植生もほぼ無く、草食性の大型生物が生きていけない環境だからだろう。
「最初の頃に危惧してたような、魔法対科学みたいな衝突も、しばらくは考えなくて良さそうねぇ」
「はい、司令。少なくとも、現在の掌握地域にとどまる限り、紛争は無いでしょう。ただ、これから活動範囲を広げていくことになります。そうなると…」
「…いずれは、どこかの勢力にぶつかることになる、か。早いところ石油は見つけたいし、大規模鉱山の開発もしたい。そうなると、戦力増強から取り掛かる必要があるかしらね」
「目も必要です。浸透型のボット群もですが、人形機械による偵察も行う必要があるでしょう」
「んー。その辺は、新要塞に拠点を作りますかね。専用のAIを設置してもいいけど」
「はい、司令。検討します」




