第60話 マイクロ波給電システム
「核融合炉、安定稼働。定格電圧に到達。コンデンサ、入出力安定」
「いよいよね…」
<ザ・ツリー>天頂部に設置したマイクロ波給電システムの、本格運用を開始する。
これはどちらかというと試験機という性質が強く、主な目的は問題点の洗い出しだ。
運用経験を積んだ後、大規模な送電施設を北大陸の要塞用地に建設する予定だ。
「マイクロ波給電、開始します」
今回の給電対象は、周囲に展開した1番級駆逐艦だ。マイクロ波受信装置を積み込み、正常に給電可能か、周辺環境への影響の有無などを調査することになる。
「送信機電圧、規定に到達」
「司令官。海面が…」
「あら…」
マイクロ波の送電対象である1番級駆逐艦18番艦、ロミオの周囲の海面の温度が僅かに上昇を始めているのを、長姉が見つけた。
「拡散したマイクロ波により、海面が加熱されています」
「収束率が悪いのかしら?」
そんな雑談を続けていると、ロミオ側の受信体制も整ったようだ。
「ロミオ、受信機電圧、規定に到達。設備給電を開始します」
ガスタービン発電機を船内電力網から切り離すと同時に、マイクロ波受電機を接続する。理論上は、船内電力を十分にまかなえる強さの送電が行われているはずだ。
「船内電圧、規定を維持。受電設備は問題なく稼働中」
「ひとまず成功かしらね」
「はい、司令」
送出しているマイクロ波のコヒーレンスが低いという問題はあるが、マイクロ波給電自体は成功だ。これで、理論上周囲10km程度は<ザ・ツリー>から間接給電が可能となった。
とはいえ、海面の温度が上昇するほど強力なマイクロ波をばら撒くのは、環境的にも効率的にもよろしくないだろう。
「基本技術ツリーの送電設備であれば、こんなものかもしれませんね」
「五女が改良してるんだっけ? マイクロ波給電システム」
「はい、司令。複数の送信機を同期させて任意点への給電を可能にする技術について、最終検証中です。<ザ・ツリー>天頂部の設備は直線的に送電しますが、新技術は空間的干渉性を利用して範囲内の任意のポイントに給電します。送電設備をうまく配備すれば、障害物を無視して送電可能です」
マイクロ波給電の問題点の一つが、送信機と受信機の間に障害物があると給電が途切れてしまうというものだった。そのため、障害物の多い地上では使いにくく、空か海上での使用に限定されていた。
しかし、今研究中の技術が実用化できれば、障害物を気にする必要がなくなるのだ。その基礎研究を行っているのが、ものづくり大好きな人型機械、オリーブである。
研究室レベルでは成果が安定したようで、これから外部に実験設備を作るらしい。
「資源確保の目処も立ってきましたので、在庫の放出も始めました。そちらの成果については、近々報告できるものと考えます」
「それは楽しみね。中継ドローンもあるんだっけ?」
「はい、司令。上空20kmから30kmを活動範囲とし、数年単位で稼働可能なマイクロ波中継ドローンも製造中です。今のところ上空には障害物はありませんので、少ない基数で遠方までカバーできます。これが正常に稼働するようになれば、各種機械の活動範囲がかなり拡大します」
<ザ・ツリー>の現在のネックは、燃料消費である。
資源は細々ながらテレク港街との貿易により継続確保できるようになった。建設中の要塞が稼働を始めれば、自前での掘削も可能になる。
ただ、今の所、石油に代わる燃料候補が見つかっていないのだ。
もちろん、石油そのものも見つかっていない。まだ余裕はあるとはいえ、ただ減る一方の資源管理表は見たくないのだ。
「やれやれ、ね。石油自体は探索は継続してほしいけど、今後は電力も使えるわね。マイクロ波給電じゃ航続距離に難ありだから、そっちは当面、石油に頼るかぁ」
「はい、司令。レアメタルの確保が進めば高性能バッテリーなども製造できるようになりますが、当面は石油を消費するしか有りません」
飛行艇による調査範囲は順次拡大中だ。
しかし、範囲が広がれば広がるほど、時間も掛かるようになる。
地上に石油が噴出するような場所が都合よく見つかるはずもなく、地形図を作成しながら埋蔵地を予想するしか無いのだ。石油の溜まりやすそうな地下構造についてはライブラリに情報があったため、それを基準に探査を続けているのだが。
「給電範囲内ならば、石油は不要になる。当面、<ザ・ツリー>と第二要塞間、テレク港街、鉄の町周辺。活動の大部分はここになるから、石油消費を大幅に抑えることが可能。遠方探査に資源を回せるわね」
「はい、司令。ただ、そろそろ他国の動向も気にする必要があります。探査範囲を広げるとなると、いずれ国境を犯すことになります」
「そういえば、そんな問題もあったわね…」
「…あ。あの矢文…」
アカネが、ぽつりと言葉をこぼす。矢文に書かれていた複数言語に興味を示したため、解読させたという経緯があった。
とはいえ、習得済みのアフラーシア地方言語が併記された文であるため、解読というより分類だったようだが。
「そうよ、アカネ。あの矢文を放った何かが所属している、森の国。内容を信じるなら、国境警備隊らしいけどね」
「司令官。他国との交渉には、興味がある」
珍しくそんな要望を口にするアカネ。彼女は基本的に本にしか積極的な興味を示さないのだが、森の国は何やら琴線に触れるものがあったようだ。
「うーん…。すぐにどうこうっていうのは難しいのよねぇ…」
彼女としても、かわいい妹の要望は叶えてやりたいのだが。当然アカネを派遣するわけには行かないし、ロボットなどを向かわせるにしても距離がネックになっている。離れすぎていて通信もできないし、動力の確保も難しい。
「司令。中継ドローンを適切に展開できれば、将来的には森の国にも機械類を投入可能です。通信だけで良ければ、さらに範囲を広げることも可能です」
そしてその問題は、<リンゴ>も考え続けていることだった。マイクロ波給電システムと中継ドローンによる電力送信網を構築できれば、<ザ・ツリー>所属の機械部隊を編成、派遣することも可能になる。
当面は危険性判定のため偵察部隊程度しか送れないだろうが、今の何も出来ない状況よりも遥かにマシだ。何なら、内陸に拠点を確保してもいい。発電設備と給電システムを設置できれば、活動範囲は飛躍的に向上する。
「消費資材も莫大になるけど…」
<リンゴ>が提示したプランを見ながら、彼女はため息をつく。当然、今保有している資源だけでは全く足りないため、並行して資源の探査と掘削を行う必要がある。
「これだけ資源を手に入れるなら、一部を宇宙開発に回そうかしら?」
「はい、司令。そのプランも策定しています」
中継ドローンは低コストで展開も容易だが、所詮は大気圏内飛行機械だ。高度はせいぜい20kmで、カバーできる範囲も狭い。
衛星軌道上に設備を展開できれば、それこそ矢文を警戒する必要もなく広範囲を観察できるのだが。
具体的には、高度400kmは欲しい。
宇宙空間に進出できれば、ラグランジュ・ポイント等に太陽光発電施設を設置できるようになる。
安全に、かつ安価に大量のエネルギーを生産できるようになるのだ。
「ま、そこまで行くとまだまだ夢物語だけどね…」
宇宙進出には、クリアすべき問題点が山積みである。差し当たっては、ロケットの打ち上げプラットフォームを海上に建設しなければならないだろう。
大量のコンクリートと鉄が必要だ。
その後、ロケットの開発とロケット燃料の生産。できれば宇宙往還機が欲しい。そのあたりが安定してきたら、軌道エレベーターか、あるいはマスドライバーを建設しよう。
「司令。まずは第二要塞の建設と周囲の採鉱です。そちらの技術ツリーは、おいおい」
「…はっ」
技術ツリーをスクロールさせつつ脇道に逸れた彼女を、<リンゴ>は優しく軌道修正させた。今確認してほしいのは、第二要塞関連とマイクロ波給電システムなのだ。
「…そうね、当面はレベルアップを目指すしか無いわね。うーん、ひとまず目指すのは、資源の大量確保、ね」
 




