第58話 ワーム見守り隊
地虫と思しき生物の観察をはじめて、1週間が過ぎた。
「動きがないわねぇ…」
周辺の状況は、粗方調査が完了している。
要塞建設予定地を含む、おおよそ周囲2km程度の範囲で、ワームのものと思われる多数の空洞が見つかっている。
ある一定の境界を過ぎると急激に空洞の数は減り、要塞建設予定地の西側に至っては100mほど進むとほぼ空洞は見つかっていない。
「これって、まあ、運が悪かったって感じねぇ」
「はい、司令。建設予定地はこちらにずらすのがよいかと。昨日から重点的に調査を進めていますが、地質的にも問題はなさそうです」
「そうね。良さそうなら、こっちに移しちゃいましょう。これなら、今の桟橋もそのまま使えるしね」
ワームについては不明ばかりだが、時間も勿体ないのだ。ワームが居なさそうな土地が近くに見つかったため、そちらに建設地を移す方向で継続することにした。
ちなみに、桟橋は4日前に完成している。ひとまず仮設の橋を伸ばし、海岸に接続はしているものの、資材運搬はできていない。せいぜい、多脚重機が行き来している程度だ。
折角作った構造物を、ただ遊ばせている状態である。
「はい、司令。多脚重機試作1号を増産派遣し、急ぎ調査を終わらせます」
WP1だが、不整地の踏破性能が高く、無限軌道や多輪車両と異なりパンクなどの車輪故障の影響が少ないため、意外と役に立っていた。
特に、溶岩石地帯であるアフラーシア連合王国の国土はゴツゴツとした地形が多く、多脚のメリットが十分に生かされている。
というわけで、少なくともアフラーシア連合王国向けの地上車両には、多脚が一定数含まれることになりそうだ。
司令官は「夢想だけじゃない。多脚は役に立つ」などと呟いているが、<リンゴ>は黙殺した。調子に乗らせてはいけないのだ。
それはそれとして、探知した地虫である。
43番陥没孔と呼称する地点の地下1mほどの場所で、動きがなくなったようだった。そしてそのまま、1週間である。
「いつの間にか逃げちゃったりとか?」
「超音波による探査を続けています。該当地点には、探知したワームと思しき質量体が居座っていますので、居なくなったということは考えにくいですね」
「となると、…獲物が掛かるのをじっと待っている?」
「その可能性も考えられます」
ワームの生態は不明である。そもそも何を食べて生きているのかも分からない。動きを捉えることが出来ただけでも、幸運と思うしか無いだろう。
とはいえ、折角のサンプルが居るのだ。何かしら、有益な情報を得たいのだが。
「魚とか、置いてみる?」
「…。はい、司令。肉食性であれば、何かアクションがあるかもしれません。わざわざ生物の痕跡のある場所に潜んでいるのですから、獲物となるものを用意すれば、あるいは」
というわけで、その辺で捕まえた魚を巣穴に投げ込んでみることにした。
「WP1に獲らせましょう」
全地形対応型の面目躍如である。素潜り、手掴みだ。
内蔵のエアータンクにより、ガスタービンエンジンも10分程度は水中で稼働可能。シュノーケルを装備すれば、水面下数mでの継続活動もできるのだが。
「…せっかくの多脚を、漁に使うだと…」
「はい、司令。さすがに釣り道具は準備していませんので」
早速、工作船で待機させていたWP1の1機が、水中に飛び込んだ。この辺りの魚は、当然といえば当然だが、警戒心が非常に薄い。
好奇心旺盛な種類の魚であれば、むしろ積極的に寄って来るほどである。いい感じに近付いてきたら、速度とパワーに任せてマニピュレータで掴み取ればいいのだ。
「う、うーん…」
豪快な手掴み漁の様子を見ながら、彼女は唸った。複雑そうな顔をしている。
「…まあ、いいか」
そしていろいろと葛藤した後、彼女は諦めた。
捕まえた魚を、巣穴に投げ込む。多少音を立てても取り立てて反応がないため、最初のような慎重な行動はあまりしていない。むしろ、足音などで反応があるかも、とわざと静音モードを解除したのだが、当てが外れた格好だ。
「やはり、すぐには反応がないようですね」
「んー。何なのかしらね? 何を待っているのかしら」
ワームは、相変わらず43番陥没孔の真下でじっとしている。この感じだと、これまでもずっと、動かずひたすらに待ち続けていたものと思われる。
そういう生態なのかもしれないが。
「本来は、もっと活動的なのではないかと考えられます」
「そうよねえ。ただひたすら動かず待つなら、あんなに縦横無尽に穴が開くとも思えないし」
「司令官。魚の動きがほぼ止まりました」
じっとモニターを見ていた二女が、そう報告してきた。
「ん? ああ。さっきまでピチピチ動いてたわねぇ」
動きが止まった。それを、振動で感知したのか。
「司令官。微弱な振動を感知しました。ワームが移動を始めたものと思われます」
「んん…?」
一切の反応を見せなかったワームが、遂に動き出したらしい。
「座標のプロットを開始。移動中…地表に出る動きです」
「え、出てくるの」
WP1が静かに観察している陥没孔、その底部分がモコモコと盛り上がり、そしてそれは姿を表した。
「おおう」
先端には口があり、外周には棘のような牙が生え揃っている。体表はゴツゴツとした岩のような質感で、恐らく見た目通り硬いのだろう。目のような器官は、ぱっと見は確認できない。牙をワシャワシャと動かしながら、それは体をくねらせ、ゆっくりと地面から這い出てきた。
「…思ったより…小さい、わね?」
「はい、司令。直径、およそ7cm。全長は、探査した限りは80~90cm程度と思われます。地下に残された穴の大きさから考えますと、この個体はかなり小さいですね。大きいものでは、太さが30cmを超えていましたので」
「うーん。見た目は…わりと岩っぽいわね。その割に、動きが滑らかかしら」
何かを探すように、そのワームは体を伸ばし、周囲を探っている。状況から推測すると、探しているのは動かなくなった魚なのだろう。あと数cm体を伸ばせば届くのだが。
「穴の中から、出たくないように見えますね」
「ほんとね。かわい…くはないわね。見た目がちょっと…」
「蠕動運動によって移動していると想定すると、穴から完全に体が出てしまうと動きに相当の制約が掛かります。それを嫌っているのでしょう」
しばらく、ワームはうねうねうろうろと体を動かし続け。一度くたりと脱力した後、モゾモゾと穴から体を伸ばし始めた。
陥没孔の底をずるずると這いずり、やがて投げ込んだ魚にぶつかる。
「捕食行動を開始しました」
新鮮な魚体に辿り着いたワームは、モゴモゴと頭部を動かし、獲物に喰らいついた。
「…思ったより、おとなしいわね?」
「私、もっと激しく食いつくんだと思っていました」
動きからすると、魚体に吸い付きながら削り取っているように見える。噛み付いて食いちぎったりといった、アクロバティックな動きはしていない。
「想定しているよりも吸い付く力が強いのか、あるいは牙が鋭いのか。かなりスムーズに魚体に牙が刺さりましたね」
映像解析をしていた<リンゴ>が、そう報告してくる。
「牙を動かし、抉りながら飲み込んでいるようです。動物によっては体を暴れさせ、反動で肉を食いちぎるといった行動をとりますが、このワームはそういった事はしないようです」
「ふーん。…やっぱり、おとなしいわよね?」
「はい、司令。噂を収集した際に聞いたような、凶暴性は皆無ですね。そもそも、生きた相手に襲いかかるようにも見えません」
これは、単に噂だから信憑性がないという話なのか。それとも、この個体が特別おとなしいのか。
とはいえ、今の時点ではサンプル数が少なすぎて何の判断もできない。暫く観察を続けるが、ワームは一生懸命魚を食べるだけで、あまり面白い展開とはならなかった。
「司令官。この後は、どうしましょうか」
「…そうねえ。貴重なサンプルだし、捕まえても死なせちゃうと勿体ないし…。このまま、観察を続けるのがいいかしらね…?」
「はい、司令。魔物の生態も基本的に不明ですので、そのように。複数個体が見つかった際に、サンプルを確保しましょう」




