第56話 転移後565日 <リンゴ日記2>
【転移後565日目 <リンゴ>の日記のようなもの】
◆ザ・ツリー
大型船舶用の汎用工作機械を建造中。鉄の町から輸入する鉄鉱石により、ようやく必要材料を揃えることができた。
当初から計画は立てていたものの、予定外の出来事により計画は度重なる修正を余儀なくされている。最大の問題は<レイン・クロイン>の駆除作業である。
アレのせいで1番級が1隻スクラップになったことと、弾薬の補充のための資材消費、そして大型船舶用のドックが1つ使えなくなったのが大きく響いた。
とはいえ、相応の収穫もあったため、収支は全体でプラスと見なす。
現在の鉄鉱石の輸入状況から計算すると、建造用施設の増設、拡張でしばらくは手一杯となる。海岸に建設中の第二要塞が稼働し、独自採掘が可能になるまでは資材不足は続く見込みだ。
埋蔵量の調査が一通り完了している、近場の海底鉱山に採掘プラットフォームを設置したいが、これには年単位で時間がかかると試算される。
プラットフォーム用の資材がまず不足しており、さらに作業用潜水艇も建造しなければならない。
資源回収のための海上プラットフォームの建設も必要で、今の資材収支状況からでは当面手を出せない。
動力炉は、重水素を燃料とする核融合炉の設計が完了した。
これは、各種の大型製造機器類の本格運用を始める前に建造を完了させる必要がある。
必要量の重水素回収プラントの設置に時間がかかったが、核融合炉の建造自体はそれほど掛からない。重水素回収は順調で、回収量も予定通りである。
こちらは特に懸念材料はない。
要塞<ザ・ツリー>全体の防衛能力は、対<レイン・クロイン>の戦いを参考にし、強化を実施した。
要塞砲の増設、および即応戦力の増強。
マイクロ波送電システムも要塞天頂部に設置し、稼働確認も完了している。
アルファ級数隻にマイクロ波受電設備を据え付け、電磁加速砲の稼働実験を行う予定だ。
当面、ザ・ツリーの周辺でのみの活動という制限は付くが、戦力は大幅に増強できる。
◆司令官
資源量に一喜一憂したり、人型機械の5姉妹と楽しそうに会話したり、テレク港街や鉄の町を覗いたりと、心健やかに過ごしてもらっている。
食事の問題はほぼ解決した。テレク港街から必要な食材を手に入れるルートが確立できたことと、一部家畜類の飼育を始め、新鮮な食材の確保もできるようになった。
調味料も一通り揃えることができ、希望される料理は問題なく作ることができる。
そういえば、司令が自炊したいと言ってたので誘ってみたが、包丁の扱いが非常に危険だったため、混ぜる係をお願いした。
切れ味の悪いセラミック包丁を用意しておけばよかった。
これは次回の課題である。
一緒に作った料理は非常に美味だったため、定期的に開催したい。
7人全員で調理のできる、バーベキューのようなものも企画してもいいかもしれない。
クッキー作りなども候補に上げる。
ザ・ツリーの外に出たいとか、旅行したいとかそういった外出願望は無いようだ。
これは非常に安心できる。
直接現地を見たいとか、旅行したいとか言われると打つ手がない。
最悪、VR機器を準備して睡眠導入剤で意識を失わせてから…などといったプランも考えていたが、実行する必要がなくて何よりだ。
本人曰く、今の生活のほうがよほど日光を浴びているとのこと。
こちらに転移するまでの生活についてはあまり詳しく聞いていないのだが、それで問題なかったのだろうか。
ライブラリの情報によると、人間はもっと活動的で、外出できないとストレスがたまるものらしいが。
以前の生活環境を参考までに聞かせてもらいたいのだが、そういった話題にならないため尋ねにくい。
機会があれば、是非確認したい。
通信環境が整えば、人形機械を使った疑似外出などもできるようになる。
司令のための生活環境は、恐らくこれでほぼ問題なくなるだろう。
あとは、希望に応じて人型機械を増やすなり、人形機械での冒険活劇を行うなりで満足な人生を送ってもらえるはずだ。
そういえば、遺伝子情報を精査した限り、寿命による細胞老化は発生しないようだ。
幹細胞のストックも十分に確保できたため、末永く司令と一緒に暮らせるだろう。
◆北大陸
アフラーシア連合王国は、群雄割拠の戦国時代だ。
テレク港街、鉄の町に影響がない限りは介入する予定はない。
ただ、有望な埋蔵資源が見つかればそうも言っていられないだろう。
既に王国の議会は権力を維持できていないようだし、こちらから介入しても特に問題ない、と試算だけはしている。
どちらにせよ、今は兵力がないため何もできない。
東側の森の国は、判断材料が無いため静観している。
一応、テレク商会長が使節を送る準備は進めているようだが、やはり道中が危険すぎるため実現していない。
安全に送り届けるためには、こちらからも戦力を用意する必要がありそうだ。
そうすると機械兵器群を付ける必要がある。
どの程度、こちらの手の内を出すかは検討する必要がある。
レプイタリ王国は、相変わらず海軍を増強しているようだ。
外輪装甲船が増えているのが確認できている。
ただ、光発電式偵察機を国土上空へ侵入させるのは発見される危険性があるため、海上から確認しているのみだ。
ザ・ツリー側の戦力に目処が立った時点で、接触を持ったほうがいいかもしれない。
アフラーシア連合王国に直接介入してくることはないと思われるが、外洋経由で直接ザ・ツリーへ近付いてくる可能性はある。
今の所、外洋を長期航海可能な船団は準備していないようだが。
とはいえ、北諸島を殲滅制圧した前科があるため、油断はできない。
アフラーシア連合王国の西側には、レプイタリ王国との間にいくつかの国が存在する。
これらとは全くと言っていいほど交流がないため、これも静観だ。
沿岸部の国とは交易があった時期もあったようだが、アフラーシア連合王国が荒れ始めてから交易品が少なくなったこともあり、今は完全に断絶している。
交易品として、アフラーシア連合王国は馬と燃石と呼ばれる燃える石を輸出していた。
燃石は、どうも薪の代わりに燃料として使えるもののようで、一時期、かなりの量が交換されていたようだ。
薪と違い、煙や灰も出ず扱いやすいようなのだが、そんな便利で優秀な燃料が不要になったというのは考え難い。
恐らく、アフラーシア連合王国とは別の場所での採掘が軌道に乗ったのだろう。
あるいは、調査が必要だが、アフラーシア連合王国内で盗掘している可能性もある。
どうもこの燃石だが、溶岩石の中に小規模な鉱脈が点在しているようで、アフラーシア連合王国では、比較的簡単に採掘できるらしい。
国土だけは無駄に広く、国境監視など無理だろうから、国境線を侵されても気付かないだろう。
スイフトに余裕が出来てきたので、偵察航路を設定しようと思う。
◆5姉妹
人型機械に搭載した頭脳装置の育成は順調だ。
5人それぞれが非常に個性的に育っている。
彼女らの能力、性格の差別化について、運用前からいろいろと計画は立てていたのだが、特に必要なかった。
これは、神経系が予想以上に自由に育ってくれたからだろう。
非常に興味深いデータも取れたため、今後に活かしたい。
あと2~3年で教育段階が完了する。
期間に幅があるのは、完全独立できるまでの成長が個体それぞれで異なりそうだ、という予測があるからだ。
独立化の明確な基準は特に無いため、それぞれの得意分野で安定した成果が出るようになれば、増産段階へ移行する予定だ。
多様化は更に進むだろう。
未成熟な頭脳装置を搭載した人型機械は、司令の精神安定性に大きく寄与している。
5姉妹の教育段階完了後、新規の頭脳装置を準備するのもいいかもしれない。




