第55話 新種な魔物の気配
多脚重機試作1号は6脚の先端から杭を打ち出し、地面にガッチリと自身を固定した。その後、作業腕を器用に使いながら地質調査用の掘削機を使い、採取器を打ち込んでいく。
WP1の3機は、現在、要塞建設用地の地質調査を実施していた。地下建造物を予定している場所には長大な縦坑を掘っての調査が必要だが、仮設倉庫や簡易飛行場、道路の敷設であればWP1が装備している簡易掘削装置で十分だ。WP1全3機のうち、2機が掘削、1機が補助とサンプルの回収を行っている。回収サンプルは現在は海岸に積まれているが、桟橋が接続され次第工作船に運び込む予定だ。
ほとんど植生のない黒い大地。その上を、白銀の多脚重機がちょこまかと動き回ったり、両腕をせわしなく動かして作業している様子は、どこかコミカルに見える。まあ、遠目に見る分には、だが。
実際には、高さ約4m、幅・長さ共に10m以上の巨大機械のため、近くで見ると本能的恐怖を覚えるだろう。その動作も妙に滑らかで、生物的だ。現在はガスタービンエンジンで発電しているため騒々しいのだが、これがマイクロ波送電システムに変わると静音性が加わり、ますます怪物じみてくるだろう。
「で、気になることがあるって?」
「はい、司令」
しばし一生懸命働くWP1を眺めていたが、思い出したように彼女は<リンゴ>に確認する。
「掘削調査を実施していますが、直径数cmから数十cmまで様々な大きさのトンネルのようなものが縦横に横切っている地層が確認されました。自然現象で発生するような構造では有りませんので、何らかの生物が関わっているものと考えられます」
「…溶岩石の中を?」
「はい、司令」
「一応確認するけど、別に脆いわけじゃないわよね?」
「はい、司令。ごく標準的な溶岩石です。軽石のような構造が分布している場所もありますが、石は石ですので」
「…なに。また、トンデモ生物かしら?」
「不明です。とはいえ、可能性は高いかと」
これは、どうすべき案件だろうか。<リンゴ>からの報告を受け、彼女は悩んだ。正直、野生動物程度で<リンゴ>がわざわざ報告してくることはないだろう。つまり、<リンゴ>も扱いかねている案件ということだ。ただ、単なる報告だと断ってきている時点で、大きな問題にはなっていないということ。何も考えず、要観察で済ませてもいいのだが。
「なーんか、それ、放置すると良くない気がするのよねぇ…」
「はい、司令。何らかの対処は必要と考えます。ただ、なにぶん前例のないものですので」
「まあ、さすがに<リンゴ>でも対処に困るわよねぇ」
<リンゴ>は非常に優秀なAIではあるが、とにかく経験が少ない。しかも、SFゲーム出身である。何やら理不尽な臭いのする怪しい出来事に対して、どうすればいいか分からないというのはさもありなん。<リンゴ>よりは(物語やゲームなどで)経験のある彼女でも、正直なところ想像もつかないのだ。
「固まった溶岩石の中に、自然風化とは思えないトンネルがたくさんある。太さはまちまち。さて、これをどうするか」
口に出してから、原因となる何か(恐らく魔物)を特定するしか無いのではないか、と彼女は思った。
「例えば、こういうトンネルを掘る生き物って、何が考えられるかしら?」
「はい、司令。地中で生活する生物となると、大型のものですとモグラや一部のネズミなどの哺乳類。小型のものですと、蟻などいくつかの昆虫類。あるいは、節足動物、ミミズ類など。微生物も様々な種類がいますが、これは小さすぎるので除外できるでしょう」
「んー。単純に考えると、モグラとかネズミとかの動物かしらねぇ」
「はい。ただ、哺乳類ですと、食料となる植物、菌類、または昆虫、その他ミミズなどの生物相も必要になります」
「あ、そうね。食べ物は大事ね」
食べ物は大事だ。
しかし、地下の生物相についてはまだ調査はしていないものの。
「今の所、溶岩層の中で何らかの生物相が発生している状況は確認できていません。先行調査を行ったサンプル内には、生物的な痕跡はありませんでした」
「そう…。ってことは、通常の生物では有り得ないわね。だとしたら、そうねぇ…。魔法に依存した、科学的常識外の生物かしら」
「そうなると、我々ではお手上げですね。前提知識が皆無ですので、想像もできません」
まあね、と彼女は返事した。ゼロに何を掛けてもゼロのまま。ゼロを動かすには、プラスするしかないのだ。
「テレク港街で聞き込みするしか無いかしらね。溶岩層自体は、アフラーシア連合王国全土に広がってるわけだし、同じものは見つかってるかもしれないわよ」
というわけで、<リンゴ>がテレク港街でそれとなく情報収集することになった。現地のことは現地人に聞くのが一番だ。
そうして、数日ほど聞き込みを行った結果。
「司令。地下に潜む魔物について、情報が集まりました」
「…魔物」
「はい、司令」
魔物である。
これまで、<レイン・クロイン>以外で魔物と呼ばれるような生物に遭遇していないため、改めてそう言われると当惑する彼女であったが。
「まあ、分かったわ。続けて」
「はい、司令。その魔物の名前は、地虫。あまり学問が発展していませんので、生物学的な分類等は全く当てになりませんが。地中に暮らし、稀に地上に出てくる凶暴な魔物ということです。小型のものは指の先程度の大きさから、伝説として山より高く体を伸ばす大型のものまで居るとのこと。遭遇したときは、何もせず逃げるのが正解のようです。足元から襲われた例もあり、その際は諦めろ、とのことでした」
「ワーム…ねえ…」
ワーム。言葉の意味としては、細長いミミズのような生物のことだ。まあ、こちらの言語とテレク港街の言語ではニュアンスが異なる可能性はあるが、<リンゴ>謹製の翻訳だ。まず間違いないだろう。
「そのワームっていう魔物が、溶岩層を掘り返してるってこと?」
「はい、司令。可能性は高いです。話を聞く限り、生息域がある程度決まっているようですね。全域で見るものではないと。ですので、少なくとも、現在調査中の地域にはワームが生息している可能性があります」
それは、聞きたくない情報だった。今からワームの居ない場所を探すか。しかし、沖の桟橋は建造中だ。放棄するには、さすがに少々もったいないのだが。
「駆除は可能なの? 駆除とは言わず、共存なりなんなりでもいいんだけど」
「その辺りは不明です。ほとんどが噂話の域を出ません。そういう意味ですと、テレク港街や鉄の町周辺、また街道周辺ではほとんど目撃例は無いようです。我々は当たりを引いたのかもしれませんね」
「当たりって言わないでよぉー」
運悪く、魔物の生息圏に上陸したのか。それとも、周辺の海岸線が全て生息域なのか。どちらにせよ、調査が必要だろう。
「ただ、剣で切り裂いたという話も、剣が弾き返されたという話も、どちらも同程度聞かれました。情報が錯綜していると言うより、硬さには個体差があると考えるほうが自然ですね」
<リンゴ>がそう分析したのであれば、そうなのだろう。そうすると、あの<レイン・クロイン>のような理不尽な防御力を持つ個体に遭遇する可能性はある程度低いと考えられるか。
「とはいえ、備えないわけにはいかないわよね。いくつかサンプリング地点を見繕って、WP1を派遣するしか無いわね。…調査専門の機体を作ったほうがいいかしら」
「はい、司令。空洞分布の調査ですので、音波探査が可能な装置を積載しましょう。ただ、ワームないしその他の生物を刺激する可能性がありますが」
「んー。犠牲は織り込むしか無いわね。チームを組んで対処しましょう。2機1チームで必要数を建造して、1番級ベースの母船も付けてくれる?」
「はい、司令。建造します」




