第53話 新要塞建設地と多脚重機
工作船が海底に掘削機を打ち込み、支柱を埋め込んでいく。そんな様子を上空の光発電式偵察機から送られる映像で確認しながら、彼女は要塞建設予定地の情報を流し見ていた。
「海岸線は溶岩石ね。ほんとにこの辺り一帯に溶岩が流れてきた感じなのねぇ」
「はい、司令。アフラーシア連合王国の海岸線は、ほぼ溶岩に覆われています。総延長は2,000kmを越えますね。想像を絶する長さです」
ちなみに、テレク港街は湾状の海岸線で、数少ない溶岩石ではない海岸である。調査の結果、若干の隆起により溶岩流が分かれ、テレク港街を囲むような形で湾が形成されたと考えられる。
「どこから流れてきたのかしら…。でも、かなり昔なんでしょう?」
「はい、司令。それなりに植生がありますので、数百年は確実に昔と思われます」
「数百年…ちょっと想像が付かないわね」
長大な海岸線全てを覆うほどの莫大な溶岩流がアフラーシア連合王国全土を覆っていたと考えると、凄まじい規模の噴火だったと想定できる。その噴火を起こした火山が、実はまだ活動中の火山だとすると警戒が必要かもしれないが。
「少なくとも、この世界へ転移後、目立った地震波は観測されていません。周囲に活動中の火山がある可能性は低いと思われます」
「さすがに噴火とか地震とか、自然現象には太刀打ちできないわね。…できないわよね? ん? いや、そうでもないかしら…?」
「惑星開発用の環境制御装置を設置すれば、ある程度は操作できるとは思いますが、地上と衛星軌道上、どちらにも大規模な施設を準備しなければなりませんので現時点では不可能かと」
「そうね…。私はそのレベルにようやく到達するかどうかってところだったと思うけど。ちょうど外惑星を開拓中だったかしら」
「はい、司令。移民船の建造を行っていました」
既に懐かしい思い出になっているが、元々彼女のプレイしていた<ワールド・オブ・スペース>では、いよいよ大宇宙航海時代到来、といった技術レベルだったはずだった。
あのゲームデータ丸ごとこっちに転移できていれば、こんなに苦労はしなかっただろうに。衛星軌道上の巨大プラットフォームがあれば。
「…いや、よく考えると、衛星軌道上にほっぽりだされてたら早晩餓死してたかもしれないわね…」
転移直後のことを考えると、スタート地点が地上(海上)で良かったかもしれない。衛星軌道上であの食料ゼロ状態になっていたら、食料確保ができなかった可能性がある。
「状況を想定すると、もしかすると移民船用の食糧パッケージは備蓄されていたかもしれませんね。<ザ・ツリー>では食料関連物資の備蓄は元々ゼロでしたので」
「あー。そういうね。まあ、もういいんだけどね」
思い出すに、最初の頃の食事は酷かった。ろくな食材がないうえに、<リンゴ>も料理の何たるかをいまいち理解していなかったのだから。今は、テレク港街で手に入る様々な食材もあり、食卓は非常に賑やかになったのだ。<リンゴ>により、味付けも完璧に調整されている。
「とりあえず、建設の進捗は順調ね」
新要塞ではまず、沖に巨大な桟橋を建造する。そこから、大量の物資を荷揚げしつつ、地上の要塞建造に入る予定だ。現在、その桟橋を建設中である。
「はい、司令。今は支柱の設置を。輸送中の床構造材が届き次第、海上設備を建設します。ある程度面積が確保できた時点で海岸へ向けて通路を伸ばし、接続次第建設機械を投入します」
「ひとまず基礎は備蓄のセメントが使えるけど、それで在庫は無くなるのよね。当面、当ては無いのかしら」
「はい、司令。目下探索中です。ただ、海底掘削で出ている残土に石灰石が混ざっているようですので、もしかすると周辺地域で石灰岩鉱脈が見つかるかもしれません。そうすると、建設予定地周辺が有望な採鉱場になります」
「それはいいニュースね。引き続きお願いね」
「はい、司令」
スイフトによる探査で、まともな鉱脈を発見できなかった理由が、この地上を覆う溶岩層だった。ごく僅かにだが磁性を帯びた溶岩が、厚さ十数mに渡って堆積している。
そのため、スイフトに搭載可能な低出力のセンサーでは、全く探知できないのだ。今回、飛行艇に積んだ強力な探知装置によりその特性がようやく判明した。
過去のスイフトのセンサーデータを洗い出してはいるのだが、ノイズまみれでほとんど解析不能だった。そのため、アルバトロスを使って再度探査をやり直しているのである。
「鉄の町周辺は、ある程度探査が終わりました。とはいえ、今すぐにどうこうできる機材がありませんので、当面はこの要塞建設にリソースを振り分けます。この周辺の再調査も実施していますので、近々、地下資源の分布は判明するかと」
資材の荷揚げができるようになれば、エネルギープラントを建造できる。大電力を発生させ、マイクロ波に変換しての送信が可能になるということだ。そうすれば、建造機械を鉄の町へ派遣することもできるだろう。鉄の町開発における現在のネックは、動力源の確保なのだ。
◇◇◇◇
「司令。試作1号、3機の準備ができましたので、上陸させます。確認されますか?」
「ん?」
午前中の仕事(妹達の相手)が一段落つき、さあ昼食というところで<リンゴ>がそう声を掛けてきた。
「食堂のディスプレイに中継させましょうか」
「ああ、そうね。みんなで見ましょうか」
「はい、司令」
試作1号。今後の作業機械の標準モデルとして試作を行った重機で、現在の動力はガスタービンエンジンである。マイクロ波送電システムの完成後は受信装置とバッテリーに換装する予定だが、当面はメタンを燃料とする熱機関を使用する。
「多脚重機試作1号、起動します」
ディスプレイに、WP1が表示された。WP1はその身を震わせると、折り畳んでいた脚部を伸ばし体を持ち上げる。
「おお、動いた!」
「司令官、動いたね!」
「そうねえ、ちゃんと動いたわねぇ」
WP1は、不整地での活動を想定して多脚を採用した重機だ。まあ、多分にロマン成分が含まれるのは否定しない。
移動に6脚を使用し、作業腕としてさらに2脚、計8脚が胴体より生えている。全体的に平べったい構造で、高さを抑える設計としていた。
開拓、採掘、建造などの一通りの作業をこなせる汎用型で、地質調査用センサーも搭載している。一応武装も持っているが、多銃身機銃1門のみであり、戦闘は想定していない。装甲も貧弱なため、完全に後方支援用の機体である。
当面は1番級の射程内で活動予定のため、その程度で問題ないと判断した。試掘用の簡易ドリルも装備しており、WP1で予備調査後、更に別の重機で掘削などのテストを行う想定である。
「発進します」
WP1は6脚を忙しなく動かしながら加速、次々と工作船の甲板から海面に飛び降りる。全地形対応型としたため、水中でも活動可能だ。作業腕を合わせた8脚を使用し、器用に水中を泳いでいく。
「…大きいから、割と怪獣っぽいわね」
上空からWP1が泳ぐ姿を見て、彼女はぽつりとこぼした。全長が15mほどあるため、傍から見るとかなりの大きさなのだ。蜘蛛型の大型機械が有機的に動く姿は、奇妙な感覚を抱かせる。
「カラーリングを工夫すれば、魔物って言っても通用しそうね」
「設備が整えば能動迷彩の生産も可能になりますので、いくつかパターンを準備しておきましょう」
「あら、いいわね。魔物に偽装するかどうかはさておき、カモフラージュは大切ね」
こういった機械的兵器については、通常、相手のレーダーを欺瞞する装備のほうが重要になるのだが、この世界ではそれが役立つとは思えない。そのため、視覚的偽装のための装備開発も行っているところだ。
<ワールド・オブ・スペース>に元々存在する兵器類ならば設計図もあるのだが、それ以外の機械については新たに設計する必要がある。
「とはいえ…。そろそろ、魔法についても本腰を入れて研究する必要があるわよねぇ…」
なんとなく後回しにしていた魔法についても、そろそろ研究開発拠点を準備すべきだろう。レイン・クロインの調査についても、何か進展があったようだし。




