第48話 テレク港街魔改造計画
テレク港街は、平和を謳歌していた。
「びっくりするくらい、何もないわね」
戦略マップを眺めつつ、彼女は呟いた。<リンゴ>は単なる独り言だと判断し、無言である。
「お姉ちゃん、オリーブの砲台、役に立つ?」
「あー。しばらく使う予定はなさそうかな?」
「そう…」
酷く残念そうな顔をする末妹を慰めつつ、彼女は考える。テレク港街と鉄の町は順調だ。運び込まれる鉄鉱石により<ザ・ツリー>はかつて無い活気に湧いており、無人製造機械は大賑わいだ。まあ音も何もしないのだが。
「大丈夫よオリーブ、あなたの砲台のおかげで1番級を引き上げられたんだし、大活躍よ! それに、防衛設備なんて使われないのが最大の貢献になるのよ!」
「…うん、ありがとうお姉ちゃん」
はにかむオリーブを撫でつつ、戦略マップを改めて確認する。
テレク港街、鉄の町の周辺に、今の所敵対勢力は居ない。先の動乱で、粗方消えてしまったらしい。更に内陸ではまだ争っているようだが、皆、海には興味をなくしたようだ。
「この国は大丈夫なのかしらね…」
「上空から観察する限りは、荒れ放題ですね」
光発電式偵察機を増産し、北大陸に派遣する機数を増やしたお陰で、アフラーシア連合王国の内情も徐々に判明してきている。
クーラヴィア・テレク商会長から聞き出した話によると、この国は過去、3国が合併して成立したらしい。政治体制は、3人の首脳による合議制。王が3人居るという状況だ。それが、ここ20年ほど勢力争いを繰り返し、国が3つに分かれる――程度であれば、まだ救いがあったのだが。3首脳の仲が拗れに拗れ、独立を宣言する勢力が激増。吸収合併、割譲などを繰り返しつつ次第に疲弊していっているらしい。各勢力は互いに争い、各地で合戦を繰り返している。その度に発生する死者に、荒らされる農地。水源は汚染され、放置される死体からは疫病が発生する。
「やっぱ地獄よねぇ」
「はい、司令。さらに、この国はこのように起伏の乏しい平原にあります」
<リンゴ>が説明しながら、立体地図を表示する。
「国内に流れる大きな川は無く、水源はほとんどが湧き水または井戸水です。そのため、耕作可能面積は国土に対して非常に狭い範囲に留まっています」
アフラーシア連合王国の更に北には、恐らく万年雪をたたえた連峰がある。ここの雪解け水が、地下水となって流れ込んでいるのだろう。掘削技術があれば比較的水の確保は容易なのかも知れないが、技術力は全体的に低いようだ。
「調査の結果、少なくとも地上に鉱脈が露出しているような場所も見つかっていません。ですので、製鉄技術も低いと思われます。全体的に、いろいろと足りていない土地ですね」
農地にも向いておらず、鉱山もあまりない。特産品が無いため、外貨の獲得手段に乏しい。
「敢えて言うならば、牧畜には適しているのかも知れません。実際、馬が外貨の主な獲得手段だったようですね。それから、一部地域では牛のような草食動物も飼われていました」
テレク商会長曰く、他の国では馬を育てられるような開けた土地は基本的に農地にしているため、案外と馬を育てる文化が無いらしい。そこに、この国はうまいこと食い込んだということだろう。とはいえ、食糧を輸入する必要があるため、足元を見られていたようだが。
「発展する余地もないのね…」
馬をいくら育てても、輸入する食糧に変わるのであれば大した儲けにならない。国内では食糧が高騰するため、なかなか人口を増やすこともできず、故に産業は育たない。
「詰んでるわねぇ」
「はい、司令。聞けば聞くほど、酷い状況でした」
そんな中、テレク港街は海路の貿易を目指して開かれた街である。南側には集落は無かったが、海があることは知られていた。そこに街道を通し、海に辿り着き、港町を開いたのだ。そのため、周辺にはテレク港街以外の町が無い。
「テレク港街は、この国の中では珍しく、著しく発展できた町でした」
この貿易は、国を挙げた事業だったらしい。港を作り、大枚をはたいて取り寄せた船の設計図を元に外洋船を建造する。ちなみに塩の製造にも手は出していたらしいが、結局、国外の安い塩に駆逐されたらしい。
「生命線握られてるじゃない」
「はい、司令。恐らく、謀略かと」
まあ、それはそれとして。
建造した船を使い、貿易を開始。少しずつ貿易対象国を増やしながら、順調に成長している最中、まさかの内乱が発生。
「そして、今の状況に至ります」
鉄の町、テレク港街、この2つの町が戦火にさらされていない理由は簡単だ。どちらの町も、他の町から距離がありすぎる上にどん詰まりなのだ。戦力を割いて町を獲っても、旨みがないのである。
「更に、近くの領都も戦火に焼けたようです」
この周辺を治めていた領主も討ち死にしているらしい。テレク港街から派遣された商隊が、ある程度の情報を手に入れた。それによると、領全体が略奪されており、領主館や砦などの重要拠点もほとんどが焼け落ちているようだ。そのため、地図などの戦略情報も失われ、鉄の町、テレク港街共に忘れられた町扱いになっている。
「周辺勢力として盗賊団が跋扈していましたが、これも殲滅されましたので」
「あー。あの派遣してたやつね」
以前、難民とそれを襲っていた盗賊団が居たが、難民はテレク港街へ吸収され、盗賊団は壊滅した。そのため、周辺が完全に空白地帯になっているのだ。
「うーん。ってことは、何もしなくても結構安全な感じ?」
「はい、司令。散発的な侵入はあるかもしれませんが、本格的に攻められる理由は特になさそうです」
敢えて危険を挙げるとすれば、恐らく鉄の町だろう。戦争には、当然武具が必要だ。武具は、鉄製が望ましい。鉄の街はその名の通り、国内で鉄を生産可能な貴重な鉱山である。
「とはいえ、聞くところによると鉄の扱いも怪しく、青銅の武具が幅を利かせているとも…」
つくづく、産業の育っていない国である。
「……。作るか、生産設備を」
周辺勢力が敵にならないということであれば。
テレク港街に大きく手を入れる、というのも吝かではない。
工作機械類を製造投入できるのであれば、鉄鉱石の採掘速度を飛躍的に増やせる。
現在、ちまちまと海底鉱山プラットフォームを建設中だが、根本的に鉄が足りていない。鉄の街で大増産し、一気に鉄不足を解消させるというのも手かもしれない。当初は周辺勢力との争いになることを恐れて手を出していなかったのだが、これだけ状況が分かれば、何とかなりそうだった。資源の確保に目処が立てば、防衛設備の拡張も可能になる。
「よし。<リンゴ>、テレク港街の外に作りましょう。計画を出してくれる?」
「はい、司令」
回収の見込みが立つのならば、<ザ・ツリー>が備蓄する資源をある程度投入しても構わない。
「確か、工作船みたいなのがあったわよね。一気に港を切り開いて作ってしまいましょう。情報が漏れる心配がないなら、鉄道を引いても構わないわ」
「はい、司令。防諜にも力を入れましょう」
「そうなると…。うーん、プラントを作って、鉄道を作って、鉱山を掘って…。そういえば、鉱脈は探知できそう?」
「はい、司令。スイフトに機材を載せて観測中です。鉄の街の鉱山は元々山肌に露出していたものが発見されたようですので、近隣に同じような地層が無いかの確認。また、磁気調査を行い、金属鉱脈の有無を調べています」
本当はもっと大規模に探査できればいいのだが、スイフトに載せられる機材の制限があり、なかなかうまくいかない。そろそろ飛行艇を実戦投入できそうなので、そちらに期待するしかないだろう。




