第45話 魔物<レイン・クロイン>
見つけた。
「第2種戦闘配置」
「はい、司令」
場所が悪い。<ザ・ツリー>南東方向、距離は僅か30kmほど。回遊していた鯨に似た海獣が、真下から噛み付かれたのを光発電式偵察機の全周カメラが確認した。監視していた<リンゴ>が即座に司令に連絡、司令はその距離の近さから要塞<ザ・ツリー>を厳戒態勢に移行させる。
「妹達は第2指揮所へ。<リンゴ>は私についてくること」
「はい、司令」
監視用のスイフトを呼び寄せつつ、攻撃ドローンの発進準備を整える。30kmであれば、十分に行動範囲内だ。マイクロ波給電は設備も装備も整っていないため、今回は使用できない。とはいえ、対象海域は十分に近距離のため、バッテリー駆動式の兵器類も使用可能だ。
「司令、第2種戦闘配置完了しました」
「オーケー」
彼女はリンゴを伴い、司令室に飛び込む。別に司令室でなくてもいいのだが、まあ、さすがに食堂では気分が乗らないので。
「映像を」
「はい、司令」
ずらりと各種ウィンドウがポップする。スイフトから送信される、ライブ映像だ。映像の中では、海獣の群れが血祭りに上げられていた。
「うわぁ…なにこれ」
大型生物。巨大なその体は、しかし異様なほど機敏に動く。映像から解析されたその解析データが投影された。
「体長およそ80m。尻尾部分を除くとおよそ60m。種類としては、ワニによく似ていますね。泳ぎは体全体と尻尾をくねらせているようです。捕食行動は、このような形です」
ゆっくりと泳ぐ海獣の群れ。その真ん中の小さめの個体が最初に狙われたようだ。真下の海中に影ができた、と見えた直後に、それは飛び出した。口を大きく開けた状態で、垂直に上昇し海獣を挟み込む。3~4mは、空中に飛び出しただろう。噛み砕く、という表現がぴったりだった。
その強靭な顎に挟まれた海獣は、抵抗の間も無く食い千切られた。一噛みだ。大型生物の口の両側から、噛み切られた頭部と尻尾がこぼれ落ちた。ほぼ同時に、その巨体が海面に着水。真っ赤な血液混じりの水しぶきが、周囲に撒き散らされた。
「うわぁ…」
そしてこれが、僅か30kmの近場で発生している、現実の出来事なのだ。
「解析を開始します。各種解析関数を定義。演算開始」
取得した映像を、<リンゴ>が全力で解析する。下手をすると世界の演算ですらできそうなほど出鱈目な演算能力を持つ<リンゴ>は、その能力を遺憾なく発揮した。
「解析完了。まず最初に、この大型生物は非科学的な存在です」
「んん…?」
「予想される運動性能ですと、既存の生物の持つ体組織では、あの行動を起こすのは不可能です」
問題になったのは、大型生物の捕食行動だ。真下から口を開けて海獣を飲み込み、食い千切る。
「この動きを行った際の海水の抵抗に、この大きさの体では耐えられません。どんなに演算しても、筋肉は断裂し、皮膚は剥がれ、骨は砕けます」
「……続けて」
「はい、司令。想定される強度は、どの既存生物の体組織でも実現できません。骨格にチタン合金、筋繊維をカーボンナノチューブででも定義すれば可能でしょうが、非科学的です。以前回収して解析した体組織からは、そういった特殊な分子や構造は検出されませんでしたので、解析できない何らかの仕組みが存在すると想定します」
「…なるほどね。それがつまり、魔法的な力ってこと?」
「はい、司令。何らかの方法で、大型生物の構造が強化されています」
映像の中、海獣を食い散らかした大型生物は、最後の1体の頭部に噛み付いている。盛大に出血しているため、既に死んでいるだろう。しかし、この最後の個体はどうやら食べないようだ。短い手足を何やら動かし、位置を確かめている。
「何してるのかしら」
「遊んでいるようには見えませんので、何らかの意味のある行動かと」
「抱きついたわね」
「…腰部に何らかの活動。映像では確認できませんね」
やがて、満足したのか、大型生物は海獣の体から離れた。そしてそのまま、流される海獣に並走するような格好で動かなくなる。
「…寝た?」
「活動レベルが低下しています。しかし、この状態は良くないですね。ちょうど、<ザ・ツリー>の傍を流れる海流に乗っています」
ゆったりと波に洗われる大型生物。このまま動かないと、<ザ・ツリー>のある岩礁海域へ流れ着くだろう。予想到着時間は、4時間後だ。
「こっちに来るかぁ…。うーん、仕方ないか…」
彼女はため息をつく。
「<リンゴ>、第1種戦闘配置。万が一、<ザ・ツリー>から離れるようであれば追跡だけにするけど。絶対防衛圏を設定、半径5km。攻撃半径は10km、これを侵犯した時点で攻撃開始とする。攻撃は要塞装備の150mm滑腔砲を使用」
「はい、司令。第1種戦闘配置」
「それから、対象をこれより<レイン・クロイン>と呼称」
「はい、司令。レイン・クロインですか。マイナーどころですね」
ちょっと名前が長いなと思いつつ、<リンゴ>は素直に戦略モニタのマーカー表示を<レイン・クロイン>に変更した。
「さて、とりあえずあと2時間後くらいね。まだ朝で良かったわ、とりあえず私は少し休むわ。妹達も呼びましょう」
「はい、司令」
「レイン・クロイン、攻撃ライン侵犯を確認」
「戦闘開始」
「はい、司令。戦闘開始」
司令の号令に、<リンゴ>は即時150mm滑腔砲を発砲。砲弾初速はおよそ1,000m/s。10kmという距離は、<リンゴ>の演算能力であれば十分に精密狙撃が可能な距離だ。
弾種は徹甲弾。10秒の時間を掛けて飛翔した砲弾が、目標、レイン・クロインの胴体部に直撃した。
「ヒット」
砲弾速度は、およそ800m/s。弾頭重量は、およそ60kg。硬化処理された金属砲弾は、その運動エネルギーを余すこと無く解放し、レイン・クロインの体を浮き上がらせた。衝撃波が海水を吹き飛ばし、膨大な水飛沫が発生する。
「ダメージ判定中」
上空のスイフトは、着弾の瞬間を複数の角度から捉えていた。映像判定で、いまだ飛沫の収まらないレイン・クロインの状態を予想する。
「ダメージ確認できず」
「え!? あれで!?」
確実に砲弾は直撃し、その巨体が浮き上がるところまで見えたのだが。目立った損傷を確認できず、<リンゴ>は首を振った。
「映像出します」
着弾の瞬間が、スローで再生される。山なりの角度で飛んできた砲弾が、やや斜め上方からレイン・クロインの胴体部分に接触。その瞬間、光の波紋のようなものが、レイン・クロインの皮膚上を走った。
「この波紋ですが、着弾と同時に着弾箇所を中心に発生。極短時間でレイン・クロインの全身に広がったことが確認できます」
そして肝心の砲弾は、まるで砂糖細工のように、粉々に砕けながらその長さを減らしていく。
レイン・クロインの皮膚表面を全く貫通できず、衝撃に耐えられずに先端から砕けていっているのだ。砲弾の破片はそのまま拡散し、水面に突入して飛沫を巻き上げる。ある程度の運動エネルギーはレイン・クロインに伝達されたのか、着弾箇所を中心に押し込められ、水面を跳ねるように巨体が浮き上がる。
しかし、そこまで確認しても何らかのダメージを負っているようには見えなかった。
「レイン・クロイン、視認できました。泳いでいます」
飛沫が水面を叩く中、レイン・クロインの巨体が水面下で泳ぎ始めた。その速度は非常に速く、漂流する海獣の体を中心にぐるぐると回りだす。
「時速50km以上は出ています。やはり、ダメージは確認できません」
「…徹甲弾を真正面から潰した? 弾き返したとかなら、角度の問題かと思えたんだけど…」
「はい、司令。現在の徹甲弾では、歯が立たないということでしょう。多少吹き飛ばすことはできますので足止めにはなりますが、撃破は難しいかと」
警戒するように泳ぎ続けるレイン・クロインだが、その速度はゆっくりと落ちてくる。突然攻撃されたため驚いた、というような挙動だ。それでも、海獣の体からは離れようとしない。
「うーん…守っているようにも見えるけど…」
「司令、攻撃は続行しますか?」
「…そうね。正直、こんなに硬いとは思っていなかったんだけど。もし追い払えるなら、追い払ったほうがリスクは少なそうね。よし。攻撃続行、弾種は徹甲弾のままで」
「はい、司令」




