第44話 船が食べられた
「回収した船首の断面を検証した結果、巨大な何かによって破断されたものと推測します」
それが、先日拾ってきた船の船首部分を<リンゴ>が解析して得た回答だった。
「破断?」
「はい、司令。両側から同時に、かつ速やかに何かに挟まれ、迅速に引き千切られたと思われます。周囲に残った傷や、一部構造物に食い込んで残った残留物を分析した結果、巨大な動物が食い付いたものと結論しました」
「…。一応確認するけど、別に<リンゴ>がB級映画を見すぎたとかそういうわけではないのよね?」
「はい、司令。木材の壊れ方や、こちらが残留物ですが、明らかに歯と思われるものが食い込んでおり、一部体組織の回収もできました。遺伝子解析は継続中ですが、近い内に何らかの結果は判明するかと」
<リンゴ>が作成したシミュレーション映像。巨大な動物そのものは姿は確認されていないため不明だが、それなりに大きな木造船を下から咥え込み、そのまま噛み千切るという豪快な攻撃行動が予想されている。
木材の破断の仕方から想定される破壊順などから、どのように外側から力が加わったのかは解析できるのだ。
「うーん…単に巨大な鯨みたいな生物なのか、それとも魔法的な怪物なのか…」
「少なくとも、体組織そのものには、科学的に異常な点は確認されませんでした」
外側からゆっくり力を加えられた場合、船体が全体的に押し潰された形になると予想される。
しかし、船首はほとんど破壊されないまま脱落したようだ。それこそ、鋭利な鋏で挟んで切断したような、比較的綺麗な断面になっているのだ。
この生物は、締め上げて徐々に潰した訳ではなく、ひと噛みで、そして恐らく易々と木造船を破壊したのである。
「こんな、船1隻を食い千切るような生物がウロウロしてるわけ…?」
「はい、司令。元々、我々の常識よりも遥かに巨大な海獣は確認できていました。そして、それを主食にするような、獰猛で巨大な生物がまた他にもいると思われます」
うーむ、と唸りながら、彼女は腕を組む。
人間の侵入を警戒していたら、それより遥かに直接的な脅威を発見したのだ。もしそんな生物が居るとして、それを<ザ・ツリー>に近付かせないという対処が出来るかどうか。
「実物を確認しないと、対策の考えようもないわね。仕方ないけど、海域調査のリソースをその怪物探しに振り分けるしか無いわね」
「はい、司令。そのように取り計らいます」
現在、海流を調査するため、多くの光発電式偵察機に電磁波発振器と検出器を載せている。標識になりそうな漂流物を探したり、ドップラー効果を利用して海流を直接観測したりと、いろいろと試しているところだ。
しかし、巨大生物の探索を行うとすると、必要な観測機器は恐らく可視光検出器だ。相手が水中に居るとなると、浮上しているところを確認するしか無い。海中では電磁波はほとんど吸収されてしまうため、見て探すしか方法がないのだ。
「ままならないわねぇ…。色々と絞って、衛星の打ち上げにリソースを突っ込んだほうがいいかしら? うーん、それとも海底鉱山のプラットフォームを急がせるか…。シミュレーションできるほど材料が揃ってないから、どれが最適解なのか分からないわね…」
「はい、司令。漂流船に続き、今回の大型生物も早急に対策が必要です。資源は有限ですが、やるべき仕事が積み上がっている状態ですね」
どれもこれも、優先順を付けられないほど重要案件だ。
テレク港街は、鉄の確保のため絶対に外せない。最優先で対処が必要だろう。
漂流船は、すぐではないにしろ、いつか必ず<ザ・ツリー>に人が辿り着いてしまうことを示唆している。事前の対応のためにも、有効な哨戒網を作るためにも、海域、海流の調査は絶対に必要だ。海流調査は時間がかかるため、あまり後回しにしていい案件ではない。
むしろ、海流のマップ化は今後の活動の上で非常に有用な情報のため、早めに調べてしまいたい。
そして、今回の巨大生物。漂流船と違い、相手が生物のため、まかり間違ってこちらの存在がバレた場合に襲われる可能性がある。
相手が不明なままでは、対策の取りようがない。
通常兵器で撃破ないし追い払うことが出来るのかすら不明だ。
そのため、一刻も早く相手の情報を手に入れる必要がある。
テレク港街以外の問題は、緊急度は高いものの期限を定められない。先が見えないのに緊急で対応が必要、というのはとても厄介だ。どれだけリソースを割けばいいのか、全く読めない。
「この巨大生物ですが、船を襲っており、また破断痕から推測して、真下から噛み付いています。そのため、肉食と仮定した場合、大型海獣を狙って襲っていると思われますが、その瞬間を捉えるのが間違いないかと」
「ふーん…。そうすると、鯨の群れか何かを見付けて、それを追跡する感じ?」
「はい、司令。ひとまず、それで様子を見ましょう。それとは別に、広域の画像監視も行います」
「そうね。それしかないわね…。よし、その方針で行きましょう」
「はい、司令」
方針決定後、1ヶ月が経過した。
あれから探索を続けた結果、鯨様海獣の群れをいくつか発見し追跡している。しかし、肝心の巨大生物は影も形も見つかっていない。とはいえ、少し深く潜られると視認は不可能になるため、仕方がないだろう。
幸いなことに、海獣はテレク港街との航路上では見つかっていない。例の巨大生物も、餌のない海域にはわざわざ近付かないだろう。
とはいえ、何の対策もしないわけには行かないため、何とかやりくりしてスイフトを上空に付けるようにした。最悪襲われても、状況はモニターできる。
「破砕された船の残骸のようなものは、いくつか確認できています。少しずつ海流の状況も分かってきていますので、例の船が襲われた海域は絞られてきました」
漂流物は海流に乗って流れているようだったため、その出処を探している。フジツボなどの生物の固着状況から、襲われてからの期間は1ヶ月以内と想定。海流の速さから逆算し、おおよそのアタリは付けた。その周辺海域には海獣の群れは見つからなかったが、それが最初から居なかったのか、逃げ出したのか、食い尽くされたのかは分からない。
「海流に乗っていると想定すると、さらに<ザ・ツリー>側へ移動してきているかもしれません。海流の流速は平均して1日あたり数十キロメートルと非常に緩やかではありますが、2ヶ月あれば500~600キロメートルは移動しているかと」
「油断できない状況ねえ」
海図らしくなってきた海図を眺める。調査範囲は、巨大生物の探査を優先しているため偏っているものの、当初よりも遥かに広大になった。海流も少しずつ分かってきたため、哨戒範囲は絞られてきているが。
「もしこっちに来てたら、どうしましょうねぇ」
「お姉様、この巨大生物は、殺さないといけないのでしょうか?」
「んー。こちらを襲う可能性があるというのなら、ね。1番級とか輸送船を沈められても困るし」
予想される巨大さから、捕獲は現実的ではない。出来れば調査したいため、殺せるならば殺そうと考えているのだが、無理なら追い払うことになるだろう。
「攻撃して追い払ってもいいんだけど、変に目をつけられる可能性もあるし」
得てして、巨大な生物は頭も良い事が多い。攻撃したことを根に持たれ、付け狙われる可能性も考えている。そのため、後腐れなく殺し、解剖などで生態調査を行いたいところだ。
「無闇に殺さないほうがいいと文献にはありましたが、無闇、というのは今回は当てはまらないのでしょうか」
「イチゴは真面目ねえ」
いつもどおり、彼女は妹の頭を撫でる。
「無闇にっていうのをどう捉えるかは状況によりけりだけど、私は、殺すために殺すことが良くないと思っているわ。今回は、自衛だとか、学術的調査のためとか、そういった理由がある。それに、さっき言った通り、殺さないほうが後々問題になりそうだからね」
「…殺すために殺す、というのはよく理解できませんが、分かりました。姉妹達にも伝えておきますので、作戦時は全員で見学させて下さい」
「オッケー。ちゃんと呼ぶわ。お願いね、<リンゴ>」
「はい、司令」




