第42話 司令官、爆発する
「戦闘ユニットを! そろそろ、戦闘ユニットを出させてください!」
「はい、司令。どういたしましょうか」
ここ最近、資源関連の技術ツリーを眺めて続けていた彼女は、遂に爆発した。
「ぐぬう…。分かってるのよ…戦闘機械はエネルギー供給の問題で常用できないって…。でも、でもでも、作りたいのよ! 鉄も余りがあるし!」
「はい、司令。余剰はありますが、計画的に備蓄しているものです。利用されるのであれば、計画的にお願いします」
テレク港街経由で、定期的に鉄鉱石を手に入れることができるようになった。一度に運び込まれる量はそれほど多くはないが、定期的に輸入できるため今後の計画はかなり選択肢が広がっている。とはいえ、<リンゴ>の言う通り余っていると言うほどではない。
計画的に使わないと、すぐに底を突いてしまうだろう。
しかし、しかしだ。
彼女は、眺めていた戦闘技能系技術ツリーを指差し、叫ぶ。
「こういうの!こういうのを師団単位で運用したいの!」
「はい、司令。……。…あの、ええと…」
「分かってる、分かってるわ<リンゴ>! 鉄もないし燃料もないし、そもそも敵が居ないわ! だから、こんなのを量産したって使えないことくらい、分かってるわ!」
「はい、司令」
<リンゴ>は相槌を打つだけに留めることに決めた。
これは、たぶん、ストレス発散とかそういうのだろう。亀のように、頭を引っ込めてじっと耐えるしかできない状況だ。
「<ワールド・オブ・スペース>の時だったら、手頃な位置に敵が居たんだけど、あと資源もあったんだけど、この辺りは現実化した弊害ね…。ゲーム性なんて皆無なんだから、待ってるだけじゃ当然だめね。こちらから動かないと」
「……」
「短期目標は、テレク港街の防衛値向上。中期目標は各種資源の確保。長期目標は、戦艦建造」
彼女は、設定された各種目標を読み上げ。
「…んん? 戦艦?」
そういえば見落としていた、長期目標を見て首を傾げた。
「いや…そうね。戦艦を建造しても困らないくらいになりたいわね」
まあいいでしょう、と頷き、ツリー表示に戻る。戦艦云々は、確かに自分で発言した記憶がある。<リンゴ>がそれを目標に掲げているのだから、それでいい。
「色々と出来そうなことはあるんだけど、だいたい資源か燃料で引っ掛かるのよね! 腹立つわね!」
ムキー!という擬音語が背景に見えるほど、彼女はいきり立った。彼女の感情に反応し、両耳と尻尾がピンと上を向く。それを見ている<リンゴ>の耳はペッタリと伏せられ、尻尾もギュッと両脚の隙間に入り込んでいた。完全敗北である。
「んー!あー!もー!」
叫びながら彼女は立ち上がり、そのまま部屋の隅にあるベッドに走って飛び込んだ。ひとしきりバタバタした後、動かなくなる。
「……」
「……」
「…寝るわ」
「はい」
靴を履いたままはよくない。<リンゴ>はベッドから飛び出している彼女の足から、靴を脱がせる。タオルケットを掛けたほうがいいかと動こうとしたとき、ガシリ、と手を掴まれた。
「抱き枕ね」
「!?」
<リンゴ>が司令官の抱き枕にされた翌日。
犬科の本能が出たのだろうか。
おかしな甘え方ではあったが、一応ストレス発散にはなったのだろう、彼女は上機嫌で技術ツリーを弄っていた。
「ねえ<リンゴ>、思い付いたんだけど」
「はい、司令」
「たしか、マイクロ波送電の技術ツリーがあったわよね。当面は拠点防衛用になると思うけど、使えないかしらね? 地平線問題はあるけど、近距離用途に限定すればいけそうじゃない?」
「なるほど。少々お待ち下さい」
彼女に指摘され、<リンゴ>はざっとライブラリを検索する。マイクロ波を利用した、無線給電技術について。確かに地平線までという制約はあるものの、拠点防衛用に配置する戦闘機械や各種重機を稼働させるという目的には十分利用できるだろう。
「伝送施設さえ用意すれば、実現は出来るでしょう。そうですね。フェーズド・アレイ技術を利用して任意の空間点へ給電することが可能です。私が常時演算するのも冗長性に欠けますので、現地に制御設備を設置する必要がありますが」
<リンゴ>がこの無線給電技術を採用していないのには、理由がある。
電力をマイクロ波に変換して送信するという特性上、送信設備が電磁的に非常に目立つのだ。<WoS>ゲーム上では、夢の技術として基本的に禁じ手とされていたのである。なにせ、ビカビカと光る目標に向かって飽和攻撃を行うだけで、敵の戦闘機械群を無効化出来るのだ。何なら、大量のチャフをばら撒くだけでもいい。それだけで、伝送波を撹乱できる。そのため、無意識に選択肢から外していたのだ。
「なるほど。トンデモ技術でも、この世界では利用できるかも知れませんね」
「まあ…。電磁波を探知できる勢力が居ないってことが前提だからね。とはいえ」
「はい、司令。現時点では、<ザ・ツリー>以外に電磁波を能動的に利用している存在は確認されていません」
彼女の指示で、<リンゴ>は、転移後ずっと慎重に探査を進めていた。光発電式偵察機との無線通信は超指向性アンテナを使用し、極力電波が漏れないよう気を使う。かつ、囮としての役割も持たせるため、時折無指向性の電波を流したり、逆にパッシブモードで巡回させたりと、科学技術を利用した勢力の有無を探ってきたのだ。
結果、少なくとも<ザ・ツリー>の勢力範囲内で、電磁波を使用した技術体系は使用されていないと結論付けた。地平線、水平線の向こうがどうなっているかはまだ分からないものの、少なくとも見える範囲で人工的な電磁波は検出されていない。これには電離層伝搬の観測結果も含まれているため、かなりの広範囲に渡って、電磁波を発する設備が存在しないことを意味している。
「基本技術はライブラリに収められていましたので、すぐに試作機を作りましょう。まずは、<ザ・ツリー>の防衛戦力として小型の攻撃機を製造します」
「…電力を送信できるなら、レールガン搭載型の船も作れるかな?」
「レールガンについては技術的課題が多いため、解決すべきスキルノードが多いですが…そうですね、いい機会ですので、オリーブに任せましょう。今のまま、好き勝手に作らせても伸びるでしょうが、課題を与えてストレスを掛けるのも重要かと」
「オリーブに? そうねぇ…。まあ、そうね。ほかの娘達にも何か課題を与えないといけないかしら」
オリーブだけに課題を与えると、姉妹間の格差が発生しかねない。そのあたりは面倒臭がらず、しっかり考える必要がある。ある程度性格は定まってきているはずだが、贔屓と取られるような行動は控えた方が望ましい。性格が曲がったり、変にこだわりを持ったりと、思想行動に感情的バイアスがかかる可能性がある。…らしい。教育本にそう書いてあった。
「はい、司令。そちらも、見繕っておきましょう。司令には、製造する装備類の選定をお願いしても良いでしょうか」
「おっ。分かったわ、任せなさい。ロマン溢れる最高の軍団を設計してみせるわ!」
「あの、ほどほどにお願いします」
ちゃっかりと司令にも課題を割り振り、やる気になった彼女を確認して<リンゴ>は安堵した。やはり、人間には適度なストレスが必要だ。きつすぎても緩すぎても、感情的に不安定になるようだ。
初めの頃、司令を甘やかすことばかり考えていた自分に恥じ入る。こればっかりは、何でも自分でやろうとしていた司令に感謝するしか無い。彼女が、あのまま<リンゴ>の誘惑に負けて自堕落な状態に陥っていたら、これほど活動的にはなっていなかっただろう。
まあ、そうなっていたらそうなっていたで、あるいは<リンゴ>は幸せだったかも知れないが。
あらゆる可能性を検討し、最適な選択を行っているつもりでも、<リンゴ>と独立した意思からは、検討すらしていなかった独創的なアイデアが発生することがある。司令は元より、最近は5姉妹からもそういった傾向を感じることが出来ていた。どんなに優れた演算速度を持とうと、<リンゴ>は本質的には1人だ。多様性を持たせるため、これからも優秀な頭脳装置を増やす必要がある。




