第4話 使えない子はリサイクル
「ちょっと、生活するには心許ないわね、ここは」
『はい、司令。食料調達のための調査は、並行して実施しています』
「うん、食料は一番重要だけど、他にいろいろ足りてないのよ。タオルとか、トイレットペーパーとか、あとは…うん、食器とか、替えの下着とか服とか、シーツも無い」
彼女が指折り数えるのを見、<リンゴ>はそういった物資の必要性に初めて気が付いた。気落ちしながら、それらを自身のタスクリストに追加する。
『了解。一般的な生活必需品、消耗品も調達方法を検討します』
<リンゴ>の回答に、彼女は頷いた。
「で、周辺の調査は進みそう?」
『はい、司令。高高度飛行機の射出は、あと20分ほどで可能になります。ロケット推進により3分で高度20kmに到達します。その後は、高高度は滑空飛行、低空は電力ファンにより本要塞まで戻ってくる予定となります』
「へえ。そんな機体が残ってたのね」
『はい、司令。恐らく、技術ツリーの開放のために生産したものが残っていたものと』
記録によると、ゲーム初期の大気圏内飛行機系統の技術ツリーで制作した機体だった。ロケットブースターは使い捨てだが、緊急用の高高度偵察機としてはまあまあ優秀な機体だろう。機体自体は非常に軽い上、セルロース系の素材のためレーダー反射率が低く、可変機構を持つため滞空時間も長い。低空飛行時に使用するダクテッドファンも軽量高性能で、荒天時の安定性は無いが、幸い周囲は穏やかな気象条件だ。
「ふうん…。他に、大気圏内飛行機の在庫は?」
『はい、バッテリー駆動式ドローン各種、燃料駆動式ドローン各種。光発電式偵察機3機。ジェット式汎用機15機、戦闘機33機、対地攻撃機12機、対艦攻撃機10機。要撃機20機。プロペラ式哨戒機8機、広域管制機3機、プロペラ式輸送機4機、ジェット式輸送機2機。回転翼機も複数あります』
司令官に問われ、<リンゴ>は現在運用可能な機体一覧を読み上げながら表示した。とはいえ、実際に飛ばせる機体はかなり絞られる。本来、露天滑走路を使用する必要のある大型機体がかなりの数を占めているのだが、どう考えても滑走路を準備できない。
「…なるほど。滑走路が無い、のね」
動くが飛ばせない機体、という分類で改めて仕分けると、司令官はため息を吐いた。
『はい、司令。要塞内の短滑走路で運用可能な機体もありますが、備蓄燃料の関係で常時運用は不可能と判断します』
「そうね。…はあ、腹ペコは要塞も同じかぁ…」
お腹をさする司令官の姿に、<リンゴ>は申し訳無さを感じつつ、報告を継続する。
『ひとまず、当面確保可能なエネルギー源としては電力があります。バッテリー駆動式または光発電式の機体を優先して動かすのが妥当かと』
「そうね。無いよりはマシってところだけど、仕方ないわね…」
バッテリー駆動式は、どうしても航続距離が短くなる。現在の運用機数では、24時間監視は不可能だ。
「ちなみに、燃料の備蓄はどのくらいなの?」
『航空燃料換算でおよそ5万キロリットルです。全力出撃が7回程度、ですが滑走路がないためあまり意味はない数字ですね。むしろ工作機械などに回したほうが有効利用できると提案します』
「うーん…多いような、少ないような…」
<リンゴ>の予想としては、数ヶ月で無くなるものではないものの、1年は持たないのではないかという感触の量である。当然、全力出撃でもすればすぐに底を突くし、バッテリー駆動式を優先すればしばらく持つだろう。このあたりは、実際に運用を始めてみないと何とも言えない。
「そういえば、敵の痕跡は?」
『はい、司令。周辺にはありません。あらゆる帯域での人工的な電磁波は観測されません。可能な限り衛星軌道の観測を行いましたが、人工物は発見できていません。この事から、少なくとも電磁波を利用する文明は無く、人工衛星を運用できる技術レベルは無いと想定できます』
「完全に隠蔽されている…とか?」
司令官に問われ、<リンゴ>は数秒、その可能性についてシミュレートした。
『無視して構わない確率です、司令。もし現行の設備で感知できない文明があった場合、我々は何の抵抗もできないと想定されます』
「…なるほど? 考えるだけ無駄ってことかな」
『はい、司令。現時点では、友好的か敵対的かすら観測できませんので』
観測も予測もできないリスクを恐れても仕方がない、と<リンゴ>は判断した。それに、そもそも超頭脳のリソースは過剰に余っている。そのうち一部をその辺りの対策に当てておけば、当面は問題ないだろう。物理的端末が少なすぎて、完全に持て余している状態だ。できれば、観測機などを増産したいところだが…。
「光発電式偵察機…ああ、スイフトね。スイフトは上げられる?」
『はい、司令。半日ほど準備が必要ですが、風も穏やかですので、問題なく離陸は可能です。現在3機ですので、2機を上げ、1機を待機とする運用がよいかと』
「オッケー、それでお願いするわ。増産は可能?」
『…はい、司令。手持ちの資源で5機製造可能です』
資源備蓄はある。ただし、原子炉の建造を始めているため、その分は回せない。
「…。そうね…今の資源残量が、おおう…。駄目ね、これは手はつけられないわ」
司令官は資源リストを見ながら、肩を落とした。カツカツどころか、普通に足りないと理解したのだろう。機材を運用すれば、必ず故障する。修理のため、資源は絶対に必要だ。残り僅かな資源に手を付ければ、何かあったとき、本当にどうしようもなくなってしまうだろう。
「うーん…。これは、使わない機体を再資源化するしかないかしらね…」
司令官の言葉に、<リンゴ>はその可能性に思い当たった。気付かなかったことに落ち込みながら、今後絶対に運用できないと思われる大型機の再資源化について試算する。
『司令、一部機体の再資源化を行うことで、この程度の資源回収は可能です』
試算結果を一覧にして出すと、司令官は大きく頷いた。
「いいわ、<リンゴ>。これはすぐに手を付けましょう。…それから、船舶の建造も考えたほうがいいわね、この状況だと。飛行機は速度は出るけど、燃費が悪いし…」
船舶。船舶の建造設備は、さすがに要塞<ザ・ツリー>には備えていない。ゲーム時代は、山岳要塞として険しい山間部に建設されたものだ。周囲には湖どころか川すら無かった。
『…。ライブラリを検索、船舶建造に関する情報を発見しました。ドックの建設から必要ですが、10m程度の小型船舶であれば、無理なく建造できると予想します』
「じゃあ、それもやっちゃいましょう。それにしても、とにかく資源が足りないわね…。海、周りは海か…。魚、海藻? 海水から金属を抽出することはできそうだけど…」
司令官のつぶやきから、要塞周辺で見つかった動植物から資源回収が出来ないか、ライブラリを検索する。すると、海藻や藻類からの資源回収に関する情報がいくつか見つかった。
『司令。海藻からセルロースの抽出、遺伝子組換を行った藻類からの石油系燃料の抽出などの情報がライブラリから発見できました。これらも設備建設が必要ですが、持続的に生産可能な資源になります』
「へえ…、どれどれ…。…。ふんふん…。さすがに効率は悪いけど、最終的に日光を資源に変換できるって考えれば悪くないわね。うーん、海といえば海底鉱山とか油田だけど、すぐに見つかるわけでもないしねぇ。よし、じゃあそれもやっちゃいましょう。優先度は高めに、とにかく建設資材が手に入るのは大きいわ」
『はい、司令。工程表を作成します』
早速、<リンゴ>は指示された作業を開始することにした。どうせ、ほとんどの設備が休止状態だ。エネルギー配分を変更し、まずは再資源化から取り掛かる。短滑走路から飛び立たせられない機体は全て解体だ。滑走路の延伸もある程度は可能だろうが、そこまでして運用する必要のある機体は無い、と判断した。どうしてもというのならば、飛行艇に作り変えたほうがいいだろう。技術ツリーは全く研究していないが、この世界ならばすぐに製造に取り掛かれるはずだ。
「あとは…私の食料、ね…」