第39話 幽霊船は難破船
<ザ・ツリー>一行は、小型船で漂流船と並走していた。近くで見ると、船べりなどに破壊の跡はあるものの、全体的にまだ新しいという印象を受ける。
「あまり古めかしくはないわね」
「はい、司令。少し破壊検査を行いましたが、どうも竣工後それほど時間は経っていないと思われます」
「へえ。じゃあ、いわゆる最新型の船かしらね。技術レベルの推測に使えるかしら」
司令官と<リンゴ>が外観を見ながら話をしていると、ウツギとエリカが我慢できなくなったのか、両側からぐいぐいと手を引っ張り始めた。
「お姉ちゃん!はやく!」
「お姉ちゃん!登ろう!登ろう!」
「ああはいはい。ちょっとまってね」
逸る気持ちは分かるが、これは訓練でもある。しかるべき手順を踏む必要があるのだ。
「<リンゴ>?」
「はい、司令。まずは周回し、危険がないか確認します。イチゴ、操船を」
「はいっ」
ブオン、とエンジンが回転数を上げ、カッターは漂流船の船側に沿って動き始める。
「おお~」
「ボロボロだ!」
「年月が経つとフジツボなどの甲殻類が固着するはず。あまり付いていないように見える。幽霊船としては経歴が浅い」
アカネがいいところを突いているが、結論がずれていた。どうしても、この漂流船を幽霊船にしたいらしい。いったい何の物語に影響されたのか…。
「<リンゴ>。…この関節アシストの動作はすごい。プリセット?」
「いえ。今は私がサポートしています。このレベルの動作アシストを行うためには、ローカルに人間レベルの運動中枢神経系を用意する必要があります」
そして、オリーブはさっきからスクワットしたり踊ったりとこちらも忙しい。防護服の性能に、ずいぶんと感心していた。
「個性的ねぇ…」
素体にした人形機械も、重結合させた頭脳装置も、全て個体差は無かったはずなのだが。5人が5人、全員の性格が違うというのは、当初の予想と違って興味深い。
そもそも、<リンゴ>による思考誘導や行動統制などを、かなりの高レベルで実施する予定だったのだ。それを行わない方針にしたのは、彼女がこの妹達に速攻で絆されてしまったというのが大きい。
初期登録直後には既に個性の差が出始め、翌日には態度だけで5人の見分けがつくほどの違いが発生した。その様子を見て、彼女は妹達を、外部刺激の中で教育したいと思ってしまったのだ。
時間はたっぷりあるのだ。完成までに多少時間がかかったとしても、特に問題ない。
「船首、回頭します」
イチゴの操船で、難破船の船首を大周りする。反対側も、特に大きな変化はない。全体的な印象は、やはりまだ新しい船、というものだ。この船の船員達は、さぞかし無念だっただろう。いったいどんな経緯で全滅してしまったのか。
「さあ、なにか問題はなかった?」
「大きな破損は見られない。人為的な破壊痕も観測されなかった」
「骸骨船員も居なかったね!」
「隻腕の船長も居なかったね!」
「あんたらの結論はおかしいよ…」
まあ、ウツギとエリカには期待していないからそれはいい。まともな意見を言ってくれたアカネの頭を撫でながら、司令官はオリーブを振り返る。
「この防護服であれば、骸骨船長と戦闘になっても競り勝てる」
そうじゃない。
「航海日誌ね。<リンゴ>、読める?」
「はい、司令。一部不明な単語がありますが、おおよそは。テレク港街で、学習しておいて助かりましたね」
5人の姉妹は、骸骨船員と幽霊船員を探しに、船内に突入していった。人形機械5体も同行しているため、万が一にも危険はないだろう。事前にドローンで隅々まで調査済みというのもある。
「解読済みかしら?」
「はい、司令。簡単に説明しましょうか?」
「ええ、お願い」
船長室はほとんど荒れておらず、情報調査にはうってつけだった。それなりに几帳面な性格だったのだろう、航海日誌も残っている。
「出港後およそ2ヶ月で、まずは問題が発生したようです。外輪の動力炉が不調。修理の見込みがないため、同行船にトーン・マグを移送と記録されています。トーン・マグの正確な意味は不明です。読みだけは分かりますが」
「ふーん。まあ、動力炉の燃料ってところかしら。この船では使う当てがなくなったから移送したと」
「はい、司令。その後、1ヶ月ほどは順調に航海を続け、その後嵐に突入してしまったようです」
「嵐ねぇ…」
そういえば、<ザ・ツリー>も何度か嵐に襲われている。風と雨と雷、雹が降ってきたこともあった。<リンゴ>いわく、恐らく大型の積乱雲、タイフーンやハリケーンと呼ばれるものらしい。上昇気流がどうとか言っていたが、彼女は聞き流していた。気象には興味がない。
「気象レーダーを搭載しているわけではないですので、特に日没後には避けるのは困難でしょう。この船も、夜明け前に運悪く嵐の範囲内に捉えられたようです」
「ふーん…」
「船体へのダメージは問題なかったようですが、錨が破損し、流されて本隊とはぐれたと。その後、陸も見つからず放浪していたところ、再度の嵐に遭遇。メインマストが破損したうえ、倉庫に浸水し、相当数の食糧が汚損され、最終的にほとんど病死または餓死したと」
「うへえ…それは地獄ねぇ…」
「飲料水が無くなったのが致命的ですね。それと恐らく、壊血病も発症したようです」
「かいけつびょう」
「はい、司令。ビタミンCの欠乏症です。生鮮食品を取らず、保存食などで数カ月間過ごすとビタミンC欠乏症に陥り、壊血病の症状が出るものです」
「へえ…」
最後は、船長の後悔と無念、神への恨み節が書かれていた。幸い、船長室には遺体は無かったが、恐らく船内のどこかに残っているのだろう。積極的に探そうとも思わないが。
「この船が漂流した経緯はそんなところですね。遭難後、結局一度も陸地を確認することは出来なかったようです」
「なるほどねえ。本隊とはぐれてそのまま全滅かぁ…。…。ってことは、どこかに本隊が居るってこと?」
「はい、司令。少なくとも、<ザ・ツリー>の監視範囲内では観測出来ていませんが、どこかには居るのでしょうね。この船団の目的についても書かれていましたが、説明しましょうか?」
「ええ」
彼女が同意すると、では、と<リンゴ>は前置きし、語り始めた。
彼らは、どこぞの王国から派遣された艦隊であった。目的は、遥か南にあると目される大陸を発見すること。大型の調査船が3隻、その他戦艦2隻、巡洋艦4隻を擁する大艦隊だ。この船団を派遣した王国は、周囲に敵なしと自負する程度には軍事に力を入れているようである。占領して要塞化した南の諸島から出発したという記述から、例の半島国家であると予想される。
国名は、レプイタリ王国。大陸の覇権国家の一つという扱いのようだ。
何年か前に保護した遭難者の所属する国家が、どうも遥か南の大陸の覇権国家だということが判明し、その調査と、できれば交流を持ちたいということで艦隊が派遣されることになった。少なくとも、その南方大陸から生きて辿り着くことが出来たのだ。あると分かっている場所であれば、いずれ見付けられるだろうということらしい。先手を打ってこちらから接触し、アドバンテージを稼ぎたいという思惑のようだ、と船長は予想していた。
南方へ続く陸地は見つかっていないため、ひたすらに海洋を進むことになる。今まで誰も成し遂げたことのない偉業だ、と日誌の中で自慢していた。保存食は1年分を詰め込み、長い航海でもストレスにならないよう船員の居室も広めにしている。トーン・マグを使うことで、安全にお湯を準備できるという記述もあった。相変わらず正体不明だが、どうやら熱源として利用できるものらしい。そうして、海流に乗って順調に南下している最中、悲劇に見舞われたというわけだ。
「うーん…。海流に乗って、ってことは、また何かの船なりなんなりが、<ザ・ツリー>に近付く可能性はあるってことかしら…」
「はい、司令。十分に考えられます。海流の調査も必要ですね。早急に調査機材を準備しましょう」




