第380話 腹ペコ要塞は異世界に大勢力を築きたい
フリッグ級母艦の2番艦、<サーガ>を中核とする海上第2艦隊が<ザ・ツリー>を出航して10日が経過していた。
艦隊の平均速度は、おおよそ40km/h。
海流によって大きく変動することもあるが、海上第2艦隊は想定通りの航海を続けていた。
「お姉様。海上第2艦隊の長距離航海は、順調に行程を消化中です。大きな問題は発生していません。全ての自動機械が正常に稼働しています」
「遂にここまできた、って感じね。いやあ、長かったわ」
イブと<リンゴ>、<ザ・ツリー>がこの惑星に転移して、既に7年が経過している。
7年、資源獲得に邁進し、ようやく建造した外征艦隊だ。
「作戦海域には、およそ9時間後に到着予定です。現地の状況は逼迫していますが、許容範囲内。<ゼテス>は艦隊を歓迎しています」
「間に合って良かったわ。撤退戦になっちゃうと、どうしても被害が大きくなるものね」
そして、満を持して編成された海上第2艦隊の最初の派遣場所は、<ゼテス>が拠点を開拓しているポイント4。
<ザ・ツリー>からおよそ6,000km離れた、クーログラウ大陸。そこで魔物に襲われ座礁したアルゴー級偵察母艦<ゼテス>は、現地人の集団と交流を持ち、技術支援を通してその発展に力を入れていた。
そして、その発展ぶりを危惧した隣国が、遂に派兵を決定した。
戦力差は歴然で、例え<ゼテス>が全力で抗ったとしても負けは確実。
そんな現場に、折しも習熟航海を行っていた海上第2艦隊に白羽の矢が立ったというわけだった。
「あの国……名前なんだっけ、まあいいか。あの国の先遣隊が、丁度移動中なのよね。そのまま開戦するのかしら?」
「いいえ、お姉様。先遣隊は軍の野営地の確保のために派遣されているようです。ですので、手前の平原を確保し、斥候を動かす程度と想定されています」
「そうなると、海上第2艦隊が目視される可能性は無いのね?」
「はい、お姉様。海上の艦隊を視認可能な距離まで進出することは無いでしょう。ただ、集落に威力偵察を行う程度の動きは見せるかもしれません」
攻めてくる隣国は、魔法を主体として運用する軍を編成しているらしい。
<ゼテス>が交流している集落の者曰く、魔法による遠距離攻撃、身体強化、速力向上など様々な魔法を使用する部隊がある、とのことだ。
更に、最も脅威となるのは、犬系獣人の体構造を生かして身体強化し、突撃してくるという正面突破戦法。
石積みの壁程度であれば生身で粉砕してくるというのだから、いかな<ザ・ツリー>製自動機械といえど、まともにやり合うのはほぼ不可能。
もちろん、集落の男達も、似たような魔法は使用できる。
だが、そもそも数が違いすぎるのだ。
集落の中で戦える男の数など、せいぜい50人程度。
長であるラーグランの能力は突出しているが、相手にも彼のような特化戦力は存在するようだ。
であれば、軍を向けられるということそのものが、もうどうしようもない状況というわけである。
ぶつかれば、間違いなく数の暴力で鏖殺される。
本来、<ゼテス>と邂逅しなければ、彼らはひたすらに逃亡を繰り返していたことだろう。あるいは、定住したとしても発展できず、隣国に無視され続けていたか。
だが、集落は<ゼテス>の助けにより安定し、そして彼らと同じような逃亡者を吸収し、その規模を増していた。
「まあ、折角友好的な原住民と仲良くなれたんだしねぇ。相手は聞く耳持たず、みたいだし。あんなに大きな耳を付けてるのにねぇ……」
攻めてくる隣国は、全てが犬の頭部を持った獣人だ。イブがぼやくように、その頭部には大きな三角耳が付いている者が多いのである。
そんな彼らは、<ゼテス>と交流する集落の存在を容認せず、叩き潰すつもりでいるらしかった。
「海上第2艦隊の準備が整い次第、先遣隊に攻撃を行います。有効性が確認されれば、そのまま本隊も。そこまでやれば、恐らく、一定期間は戦闘は発生しないでしょう」
「その間に、<ゼテス>側も戦力増強させるのよね? 数ヶ月ってところかしら」
「はい、お姉様。その想定です」
「艦隊の習熟には丁度良いわね。そのあたりが片付いたら、いよいよポイント2への上陸かしら」
「はい、お姉様。東大陸を、本格的に開発を開始します」
◇◇◇◇
既定の海域に到着したオーディン級大戦艦<トール>、およびフリングホルニ級戦艦<フォールヴァング>、<フェンサリル>は投錨して自身の位置を固定した。
各々の主砲塔が回転し、砲撃目標を指向し。
斉射。
砲口から砲弾が射出され、同時にソニックブームによる爆音が鳴り響く。冷却剤が急激に蒸発・凝集し、白い煙となって砲身から溢れだした。
射出された砲弾は、山なりに飛翔しながら目標点に到達。
地面上の攻撃対象に対し、一斉に鉄針をばら撒いた。
隣国からの先遣隊は、この一撃で壊滅。
全く警戒していなかったところへの奇襲であったため、防御魔法を使用する間もなく、鉄の雨に晒されたのだ。
降り注いだ鋼鉄製の大量のダーツ型弾頭が、その防具も肉体も等しく貫き、穴だらけにしてしまった。
生き残ったのは、恐らく、咄嗟に防御魔法あるいは身体強化を行うことができた、一部の精鋭のみ。そして彼らの中に、何が起こったのかを理解できた者はいなかったはずだ。
その数秒後に飛来した燃石弾頭が地面に着弾し、全てを吹き飛ばしてしまったのである。
燃石弾頭が発生させた高熱は、その場の全ての装備と兵士の残骸を跡形も無く蒸発させる。さらに、高温によって急激に膨張した空気が何もかもをまとめて吹き飛ばした。
跡に残ったのは、爆発によって抉られた地面と、高温で焼け焦げた植生のみ。
数百人規模の先遣隊は、その痕跡も含めて全てが消えていた。
◇◇◇◇
「このような船が……なんと……なんと……」
そして。
一時の安寧を得た集落の住人達は、その全員が等しく、フリッグ級海上母艦<サーガ>の甲板上に案内されていた。
寝たきりの怪我人や病人なども含め、全員である。もちろん、<ザ・ツリー>製の自走医療ポッドによって厳重に保護された状態で移送されているため、体調には何の問題も無い。むしろ、施された医療処置によりずっと健康になって帰ることができるだろう。
「我々の本国より、あなた方の救援のために派遣された艦隊だ。我々は、あなた方を見捨てない。あなた方が我々を求める限り、そしてその忠誠を示す限り、我々はこの力を以ってあなた方を庇護することを、改めてここに約束しよう」
招待された人々は、<ゼテス>からもたらされる絶対の護りを目にし、改めて忠誠を誓った。ここに、彼らの新たな建国神話が始まるのだ。
まるで島と見紛うばかりの大きな船と、それを守る大艦隊。彼らをこの場に移動させた、巨大な羽根を回転させて宙に浮かぶ、空飛ぶ船。
それらはあまりにも奇妙であり、あまりにも偉大であった。
この場の全員がその力を畏れ、そしてその力が向けられることになる相手に対し、同情した。
「リビカ・アリッサム。あなたに、この地を任せる。彼らを導き、統治してみせよ」
「承りました、太母よ。我が命を賭けて、その命を成し遂げましょう」
「ラーグランよ。あなたに全ての民の王となることを望む。我が娘達が、あなた方を助けるだろう。民をまとめ、外敵を打ち砕き、国を興してみせよ」
「……全て、承知いたしました。大いなる神よ。我らの……安寧に……!」
数十年でいいのだ。
それだけの時間が稼げれば、<ザ・ツリー>は間違いなく、この恒星系の支配を完了できる。
その間、余計な横槍さえ無ければ。
そのために、このクーログラウ大陸はその内に閉じこもってもらう必要がある。
多種多様な人類、あるいは人類以外の生命体がひしめくこの大陸であれば、投じた一石が大きく波紋を広げてくれるだろう。
「さあ、今日は宴だ。皆、身を清め、大いに食らい、大いに飲むが良い。ここを、そして今日この日を、新たな歴史の始まりの日とするのだ」
◇◇◇◇
「こんな感じです、お姉さま! どうですか!? どうですか!?」
「みんなめっちゃ感動してる……どうすんのこれ……」
「歴史に残る特別な日ですねぇ! 神話の1シーンとして後世に記録されることになるでしょう! たぶん、新暦なんかも始まっちゃうんじゃ無いですかね!」
「いいけどさぁ……。あんまり、可哀想なことにならないように注意するのよ」
「もちろんです! 請け負ったからには、最後までやり通してみましょう! 幸い、この大陸はかなり混沌としているようですからね! 魔法の研究も捗ろうというものです!!」
まあ、そんな感じで。
現地の厳かな、あるいは感動的なシーンと異なり、相変わらず<ザ・ツリー>内では狐娘達がワチャワチャしていた。
「これから、あの東大陸……もうちょっといい呼び名が欲しいけど……大陸を開拓して、都市を造って。大型の発着場と、マスドライバーを造って。本格的に、宇宙開発よね」
「はい、司令。まずは衛星の開発、そこから小惑星帯、他惑星へと支配地域を拡大させます。当面、本惑星上の拠点を安定させるのが第一目標になりますが」
<ザ・ツリー>はこれからも、集めた資源を貪欲に食らいながら、その支配地域を広げていくことになるだろう。
「まだまだ濃い日々が続きそうねぇ。任せたわよ、<リンゴ>」
「はい、司令。お任せください」
第10章は、本話をもって終了となります。
ここまで長い間お付き合いいただき、ありがとうございました。
第11章以降ものんびり続けていきたいと思っていますが、しばらく充電期間をいただきます。
その間は、不定期に閑話などを投稿させていただいたり、あるいは設定語りを追加したりすることになります。
そちらも、変わらずご愛顧いただけますと幸いです。
ありがとうございました。
★本作について、設定語りの連載を始めました。
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