第378話 現地との付き合い
「で、ポイント4はこれからどうするのかしら?」
「はい、お姉様。<ゼテス>は、海域掌握の優先度を下げ、陸上の資源開発を優先するようです」
「あら……。資源量に目処がついたのかしら」
今、最も注目されているポイント4。他の拠点は『予定通り』であるため、いろいろとままならないポイント4は、イブもよく観察しているのだ。
「海域の開発には、多大の資源が必要になります。現状では、それを賄いきれないと判断したようです。<ゼテス>は、本体の防衛以上の海中戦力の増産を行わないことを決定しました。スキュラ・Aから奪取した縄張海域は維持を試みるようですが、無理であれば放棄するつもりのようです」
「んー。まあ、そうねえ。陸上に近い海域じゃ、陸とほとんど同じ鉱物分布になるだろうし。メタンハイドレートでもあれば別だけど……」
「はい、お姉様。少なくとも、該当の海域にメタンハイドレートは発見されていません。もう少し調査範囲を広げれば見つけられるかもしれませんが、結局維持が難しい、という判断です」
海中には、多量の資源が眠っている。
だが、その採掘には多くの資源とエネルギーを投入する必要がある。
手持ちの資源に限界のある<ゼテス>では、それを賄いきれないのだ。
「最初の頃を思い出すわねぇ……」
初期の<ザ・ツリー>の腹ペコ具合を思い出しつつ、イブはポイント4の情報欄をスクロールした。
「あとは、水中適応兵器ね。結局、音響爆弾は使わないのね」
「そうなの、お姉ちゃん」
「ダメっぽいんだよ、お姉ちゃん」
音響爆弾のテストを担当していたウツギとエリカが、困った顔のまま斜めになる。首かしげを更に強化した、体かしげ状態だ。
「スキュラにはあんまり効果無いし~」
「突撃魚、飛行魚にぶち込んだら、気絶はしたみたいだけど~」
あれから、用意した音響魚雷、衝撃波を発生させることに特化した弾頭を装備した魚雷を魔魚の群れにぶつける、ということを何度か行ったのだが。
「気絶もすぐに復帰するし、あんまりダメージが残ってないっぽいんだよねぇ~」
「さすがに爆発中心付近の個体はフラフラになってたけど~」
結局、音響爆弾は、期待したような効果は無かったのである。
水中は空中よりも密度が高いため、衝撃波が広範囲に影響を及ぼす。もちろんその分、減衰も早いのだが。
火薬の爆発により発生した衝撃波は、その衝撃そのものが殺傷力として周囲に拡散するのだ。
その衝撃波による影響は、通常の生物であれば、十分に致命傷になりうる。
脳神経は振動により混乱し、鼓膜などの繊細な臓器はダメージをもろに受け、破壊される。
魚類であれば、浮力を調整する役割を持つ浮き袋が破裂するといった損傷を受けることもある。
だが、魔物は違う。
魔力という謎の力により、生体組織が強化されているのだ。
もちろん、生体組織の強化に魔力が使用されていない種類の魔物もいるのだが、少なくとも、ポイント4付近には該当の種類は確認されなかった。
つまり、火薬による衝撃波程度の圧力変動では、十分な損傷を与える力が無いのである。
結果、音響爆弾による影響は、非常に限定的。
むしろ、周囲環境に対する負荷が高すぎ、そちらの方が問題と判断されたのだ。
具体的には、魔物ではない通常生物は全滅、藻場や珊瑚礁にも多大な被害が発生し、生態系が完全に破壊されてしまうのである。
音響爆弾を周囲にばら撒いて大規模な戦闘を行った場合、戦場の生物環境が広範囲に渡って消し飛ぶということだ。
広範囲をその支配下に置いているような、強大な脅威生物との戦いであるなら、まあ、必要な犠牲と割り切れるのだが。
今回の戦いの相手は、正直、周囲にどれくらい生息しているかも分からない、大量の魔物である。しかも、恐らく回遊性であり、その群れを全滅させてもすぐに別の群れが現れるような魔境なのだ。
そんな相手に対していちいち環境破壊型の兵器を投入するのは、いかにも効率が悪いのである。そもそも、攻撃兵器としての性能もいまいちなのだ。
もちろん、全ての環境を破壊し尽くし、支配下を空白地帯にするというのも選択肢ではあるのだが。
「結局、外からの流入の方が脅威なんだよねぇ~」
「壁でも作らないと、領域の確保は難しそうって判断ー」
「壁ねぇ……。網で作ったとしても、さすがにそんな資源は……?」
「はい、お姉様。現状のゼテスでは、領域を保全するのに必要な資源を捻出できません」
そんなわけで。
ゼテスは、資源を陸上開発に振り分け、使用可能な資源の確保を優先することにしたのだ。
「でも、そうなると問題になるのは……」
「そう。陸上の人類国家」
<ザ・ツリー>による資源開発は、基本的に派手で目立つ。こっそり資源だけを抜き取って気付かせない、という運用は苦手なのだ。
というか、可能ではあるのだが、効率が悪いためやりたくない、というのが正しいか。
「既に難民みたいな集団と交流しちゃってるしねぇ……。動きを見せたら、軍を派遣されるかもしれないものね。そうなると……」
「観察する限り、まず間違いなく、全面衝突になる」
「ままならないわねぇ」
そもそも、ポイント4へのゼテスの派遣も、本来は偵察任務なのだ。
現地勢力と本格的に争うことになるとか、そういうことは本意では無い。
まあ、どれだけ派手にやったとしても、本拠地である<ザ・ツリー>には影響がなさそう、ということだけは救いではあるが。
「もう活動開始して1ヶ月経ってるのね。まあ、先は見えてきたって感じかしら……」
「はい、お姉さま! ゼテスは本当に興味深い情報をたくさん収集してくれますね! とっても優秀です!」
そして、大量のファンタジー的な情報が収集できているということで、アサヒは大変上機嫌であった。アサヒ的に、とても楽しい日々が続いているらしい。
「魔物素材を使った自動機械の運用実績も取れましたし、北大陸とは異なる生態の魔物の観察もできています! あとは、あの獣人達の調査ができれば言うことは無いですねぇ!」
「医療ポッドを使うっていうのは、一応、許可はしてるけど。何が起こるか分からないから、さすがに健康な人を入れるのは怖いしねぇ」
「まあ、仕方ありません! 何がよくて何がダメなのか、その分析もまだですからねぇ! 摂取拒否されたいくつかの果物にテオブロミンと思われる成分が含まれていましたので、たぶん、地球の犬や猫と同様、代謝できない物質なんでしょう! 猿や鳥は代謝可能な種もありますので、獣人達も、種族によっては接種可能なんでしょうけども!」
<ザ・ツリー>が運用している医療ポッドは、唯一の所属人類である(アマジオ・サーモンはひとまず除く)イブのために調整されている。
そして、北大陸では、その医療ポッドをベースに現地人のためにいくらか調整をかけたものが使われている。
よって、現状の医療ポッドの設定では、イブのような狐耳尻尾つき少女か、あるいは普通の人間にしか使用できないのだ。
医療ポッドを<ゼテス>が製造したとしても、現地でその調整が可能な施設がないため、無用の長物となってしまう。
「外傷の治癒促進程度であれば効果があるはずです! 何人かの診察結果を解析した感じ、既存の哺乳類や爬虫類と同じような性質は確認できました! 外科手術もできるかもしれません! 輸液関連はそのまま使用できないかもしれませんが!」
「幸い、重症者が出たってことは無さそうだけど。これから長く付き合えば、そういうこともあるかもしれないわね。んー、多少の調整ができるように、また頭脳装置を追加しておいた方がいいかしらねぇ……」
「ポイント4を安定させるために、現地の情報資源を強化するのはいいかもしれませんねぇ……頭脳装置といくつか演算装置を投げておきましょうか!」
とりあえず、ポイント4も安定してきました。
他のポイントはどうなっているでしょうねぇ。




