第377話 縄張り確保
超振動ブレードを構えたパファーフィッシュ02が、体勢を崩したスキュラ・Aに突撃する。ウォータージェットにより急加速した02は、その加速と合わせた斬撃をターゲットに浴びせた。
「ありゃ、ブレードはダメっぽいですねぇ」
「全然斬れてないー!」
「斬撃無効〜?」
だが、残念ながらブレードによる攻撃は、スキュラ・Aには通じなかったようだ。
接触した瞬間に大きく跳ね飛ばされたのだが、どうやら自ら動くことでブレードの攻撃をやり過ごしたらしい。
さらに、ブレードに触腕を絡めることでパファーフィッシュ02に攻撃目標を変更。
触腕でアームとその周辺を締め上げつつ、01から距離を取る。
「02のアームA、Bに過負荷表示が出ています。アクチュエーターをロック、01が救援機動を開始しました」
銛は刺さらず、ブレードは躱される。今の所、有効なのは爆圧打撃器と電撃だ。
「PF02、爆轟音響器を起動」
02の船首部から突き出したシリンダー内に、燃料が噴霧される。その直後に点火プラグによって発火、激しい爆発が発生し、爆音となって拡散する。
近くに人間がいれば、その音圧だけで致命傷を負う程のエネルギーが、水中に解き放たれた。
当然、すぐ側のスキュラ・Aに爆音が直撃する。
「加害圏内に、スキュラ・Aをおさめた。ダメージ判定中」
物理的な衝撃となって襲いかかった音波がスキュラ・Aを揺さぶり、その動きが止まる。
その様子をつぶさに観測している戦術AIが、どれだけの効果があるかを計測していた。
「……。ダメージを認めず。動作に影響を認めず。体組織への影響を認めず」
「えぇ……。音響兵器、ダメなのか……」
水中での範囲攻撃に有効かと準備した、音響兵器。
だが、どうやら<スキュラ>に音響兵器は効果がないようだ。
「聴覚、あるいは脳神経系に影響を与えることができれば、と期待していたけど、想定よりもずっと頑丈にできているよう」
「多分、魔法効果で体組織の強化が行われていますね! 筋力だけじゃなくて、耐久力にも影響があると思われます!」
前線から送られてくるデータを眺めながら、アサヒが叫んだ。テンションが上がっているらしい。
とはいえ、それも無理はないだろう。
スキュラの大きさは、せいぜいが成人男性3人分程度。
このサイズの魔物の能力は、北大陸では正直、大したことがなかったのだ。
例えば、普通より噛み切る力が強いとか、毛皮が硬いとか、脚が速いとか、その程度の単純な強化だったのだ。
だが、このスキュラは、これまで観測された魔物とは一線を画する魔法能力を持っていることが判明したのである。
ファンタジー狂のアサヒとしては、これまでの観測結果と異なるものが見つかれば見つかるほど、捗るというものだ。
もちろん、<リンゴ>はうんざりしているだろうが。
そんな内心を察したイブが<リンゴ>の人形機械を撫でて慰めつつ、アサヒに問いかける。
「前、持っている魔石は体重に比例してるとか言ってなかったっけ?」
「はい、お姉さま! 北大陸で捕獲した魔物は、そういう傾向がありました! ですが、ここは違う大陸です! 当然、環境は全く異なりますし、生態系もまた別の法則に支配されているとみて間違いないでしょう!」
「地域差、で片付けられる範囲ならいいんだけど……」
ふんすふんすと鼻息荒く叫ぶアサヒと対照的に、だんだんとストレス値を上げている<リンゴ>。
場所が変わったという程度で、これまで積み上げてきた観測結果が通用しなくなる、という現象に耐えられないらしい。
<リンゴ>のストレスは、まあ、イブが適切に発散させてやるとして、だ。
「うーん。この大陸の魔法が強力なのか、スキュラだけが特別なのかは要調査ねぇ」
「地域毎に魔法能力に差がある、というと、例えば魔素の空間濃度が違うとか、そういう要素を観測する必要がありそうです!」
「んー。魔素計を送り込まないといけないかしら……」
「取り急ぎはそうですね、できれば現地調達したいところですが!」
魔法関連は知見が乏しく、センサーなどの機材が少ない。そもそも、機材の材料が自然由来のものしかなく、量産も難しいのだ。
この辺りの事情も、<リンゴ>のストレス源となっているようだった。
アサヒはむしろ燃え上がっているようなので、このやる気を半分でいいから<リンゴ>にも持ってほしい、とイブも思ったり思わなかったりしたとか。
本拠地で首脳部がそんな会話を続けている間にも、パファーフィッシュ隊とスキュラは攻防を続けていた。
自慢の触腕で締め上げようとするスキュラ・Aに、電撃と殴打で対抗するパファーフィッシュ01と02。
地力はスキュラに軍配が上がるが、パファーフィッシュは2機編隊。数の暴力でスキュラを追い詰めていた。
すでに、触腕の2本は用を成さず、3本ほどは半ばから力を失っている。
そして、スキュラ・Aもその状況は認識しているらしい。
積極的に攻撃しようとしていた動きから、少しずつ、態勢が逃走に傾いているようだ。
「勝負はありましたね!」
「これで、縄張りを奪ったって扱いになるのかしら……?」
とはいえ、実際のところ、爆圧打撃器にも使用回数制限はある。
このままスキュラに粘られていたら、撤退が必要なのはパファーフィッシュ側になっていただろう。
「それなら、警備部隊も派遣しないといけませんね!」
「追加製造するパファーフィッシュ rev.2を派遣する。爆圧打撃器の残弾数を増やす。水中銃と音響兵器は、スキュラ以外に通用するかどうか不明のため、追加テストを実施する必要がある」
スキュラ・Aは、完全に逃げ腰になっていた。
並んで威嚇するパファーフィッシュに相対しつつ、徐々に後退している。
「縄張り争いで負けたスキュラ……」
「負傷していますし、この周辺では生きていけないでしょうねぇ!」
「自然は、厳しい……」
この周辺は、複数のスキュラが鎬を削りながら生息している海域だ。
その一角が、<ザ・ツリー>によって崩されたのである。さらに、<ゼテス>は可能な限りその占有範囲を広げようとしている。海底資源を余さず確保したいのだ。
「まだ、深海域は探査できていませんので、どうなるかは分かりませんけども! 徐々に<ゼテス>の縄張りを広げて、反応を見たいですね!」
「地上側も面倒そうなのに、海も面倒を抱えないといけないなんて……」
「前途多難」
アカネが端的に評したように、<ゼテス>担当のポイント4は、群雄割拠の魔界だと言うのがイブによる評価だった。
まあ、6箇所も勢力を放ったのだから、1箇所くらいそう言う場所があってもおかしくはないだろう。
詰め込まれすぎているだろう、という話は無しだ。<ゼテス>が可哀想である。
「とりあえず、スキュラ・Aの縄張りはこれで奪ったってことね。とはいえあくまで、スキュラを追い出しただけ。他にも色々いるんでしょ、確か」
「はい、お姉様。回遊性の大型魚、魔物は複数種確認されています。スキュラの餌ではありますが、特段スキュラの縄張りを避けるような素振りはありませんでしたので、今後も遭遇すると思います」
「ええと、確認されているのは、 <突撃魚>、<飛行魚>、<鋸鮪>ですね。攻撃力が高いのは<ソーヘッドツナ>です! ドローンがバラバラにされましたから! 他は体当たりがせいぜいだったんですがねえ!」
一応、それらの大型魚は全て<スキュラ>の餌になってはいたのだが。
おそらくスキュラであっても、少しでも隙を見せれば群がられ、逆に捕食されるなんてこともあるだろうと予想できる程度には凶悪な魔物なのだ。
「まあ、こいつらはスキュラほどの頑強性はない……と、思いたいですが」
「音響兵器とかが通用すればいいんだけど……」
そのあたりは、これから試してみるしかないだろう。
ゼテス君の受難は続く。
魔物に支配された海域、魔の森の海版みたいなイメージです。
そう考えると、すんげえヤバい場所かも……。