第376話 Pufferfish
水中を、2隻の小型潜水艇が進んでいた。
ずんぐりむっくりとした形の、あまりスマートとはいえない見た目の自動機械だ。
その名を、<パファーフィッシュ>。
水中専用の攻撃機として開発された、戦闘潜水艇である。
「パファーフィッシュ01、02、順調に航海中です」
「出力安定。熱効率はおよそ40%」
「……もうちょっと……。60%はいきたい……」
新開発した戦闘艇の初出撃を、姉妹達が見守っていた。
この<パファーフィッシュ>は、水中適応した魔物に対抗するために開発された、水中専用の格闘戦闘機である。
水中は、<ザ・ツリー>の戦闘機械の主武装である実弾兵器、およびエネルギー兵器の実効性が著しく低くなる。そのため、新機軸の武装を開発する必要があったのだ。
「さて、<スキュラ>は来るかしらね?」
「もし来なかったら、こちらから殴り込みに掛かります! 大丈夫です!」
ちなみに、姉妹達、そして<リンゴ>は、ポイント4の状況をモニターしているだけで、制御は一切行っていない。
通信衛星経由の経路しか無いため、戦闘機動などのリアルタイム性が必要な制御はできないためだ。
何が起こっても、見守るしか無いのである。
「移動音源を探知。音紋照合。PF01は<スキュラ>と推定」
「PF01、PF02、戦闘態勢に入りました」
後方から追随する小型の潜水ドローンが、変形を開始したパファーフィッシュを撮影していた。
丸っこい機体の前方部に折りたたまれていた、十字配置の4本のアームが立ち上がる。
後方では、2本の水中銃がせり上がった。
高速移動時は抵抗が大きいため、武装は格納されているのだ。
「アーム、ぶっといわねぇ」
「爆圧打撃器と超振動ブレードを、相手にぶつける想定ですからねぇ! 戦闘機動時の水圧抵抗も考えると、すごく頑丈に作る必要があるんです!」
「……カーボンナノチューブ製の人工筋肉を使って、外骨格型の駆動機構にしてるの……」
どうしても関節部に多大な負荷がかかるため、重厚な構造になっている。
特に、殴ったり斬ったり、防御したりという用途を想定しているため、ガチガチに強化されているのだ。
「ビッグ・モスの外殻と魔石を組み込んでいますから、強度は折り紙付きですよ! それこそ、同じ機構で全力で殴り合っても、壊れたりしないくらいの強度はありますので!」
そして今回の目玉は、遂に実装された魔物素材を使った装甲である。
外殻を強化する効果のある<ビッグ・モス>素材を使用し、その厚さや重量に比して非常に頑強な装甲板を開発したのだ。
<ビック・モス>の魔石を接続した状態であれば、僅か5mm程度の厚さであっても、多脚戦車に採用されている積層装甲板よりも衝撃に強いのだ。
「こっちじゃ数が確保できないから微妙だったけど、ゼテスはあんまり量産ってできないからねぇ。有効活用できて何よりだわ」
<ビッグ・モス>素材は、アフラーシア連合王国の前線都市、ノースエンドシティでたまに狩られてくるものを買い取るか、あるいは交易で森の国から入手するしかない。
使用用途が無かったため、倉庫に積まれている状態ではあったのだが、それでも戦闘機械に使うとすぐに無くなってしまう程度の在庫しかなかったのだ。
宇宙往還機など、少数で運用する機械に使用することも検討していたのだが、それより先に使い道ができたというわけだ。
「さあ、スキュラのお出ましですね!」
海中の視界は、あまり良くない。映像として取得できる範囲は、およそ20m程度だろう。
よって、ソナーを使った3次元点群で構成された映像となる。
「海底から上ってきたよ~。いつもどおり!」
「01がターゲットかなー? 予定通り、まずは巻き付かせるよー」
スキュラは大抵、その触腕で相手を捕まえようとする。触腕で巻き取り、締め上げて仕留めるというのが必勝パターンなのだ。
そしてもちろん、その対策はとっている。
水中とは思えないほどの速度、具体的には時速50kmほどの速さで、スキュラが海底から上昇してくる。
パファーフィッシュの巡航速度が時速35kmほどのため、その速度差は歴然だ。
スキュラが触腕を伸ばし、パファーフィッシュ01に掴みかかり。
「PF01、防御電撃を起動したよー!」
「効果確認~。スキュラ・Aが01から離れた~!」
外殻表面に大電流を流すことで、接触した物体に電気ショックを与えたのだ。
電流は海中に拡散するため、至近であってもスキュラのような大型の生体に致命的なダメージを与えるのは難しい。
だが、接触した状態であれば、効率的に相手の体内に電流を流すことができる。
また、外殻の表面を細かく区切り、電流を流す場所を選択することで、最大効率で相手にダメージを与えることができるのだ。
「うーん、でも電撃の後遺症はなさそうー?」
「元気っぽいね~」
電流は、間違いなくスキュラ・Aに直撃した。
だが、例えば神経系が麻痺しているとか、そういう直接的なダメージは確認できない。
「やっぱり魔物ねぇ……」
「スキュラ・Aは諦めてないみたいですねぇ!」
これが、単にびっくりしたから離したのか、ダメージがあったから逃げたのかが分かればよかったのだが、残念ながらそこは不明だ。
とはいえ、パファーフィッシュの装備は、電撃だけではない。
後方映像の中、パファーフィッシュ01がジェット水流を使って急激に体勢を変えながら、展開したアームでスキュラ・Aに殴り掛かる。
ぎゅん、と機体をひねりつつ、遠心力も利用した殴打を叩き込んだ。
攻性アームの先端に仕込まれた爆圧打撃器が、その効果を発揮する。
内蔵火薬が爆発し、発生した高圧ガスが、先端のパイルを勢いよく押し出した。
ゴン!という衝撃音が、水中に響き渡る。
パイルの飛び出した距離は、僅か5cm。だが、その勢いは音速を遥かに超える。
パイルが押しつけられていたスキュラの触腕が、衝撃で大きくたわんだ。
「解析中。効果ありと認める。ダメージを確認、対象の触腕の動作率が低下している」
パイルが撃ち込まれた触腕は、どうやらまともに動かなくなったようだ。
慌てたように身を捩るスキュラ・Aの動きに引きずられ、水中をダラリと流れている。
千切れるほどのダメージでは無いようだが、内部組織が破壊されたか、あるいは神経系が麻痺したか。
とにかく、パファーフィッシュの爆圧打撃器は、十分な効果があると認められた。
うまく重要器官に直撃させることができれば、それで決定打とすることもできるかもしれない。
「02が水中銛を発射した」
そうして体勢を乱したスキュラ・Aに、後ろから突撃してきたパファーフィッシュ02が、装備したガス圧式水中銛を発射。
気泡を纏いながら突き進んだ銛が、スキュラ・Aに突き立った。
だが、スキュラ・Aが身体をひねると、銛はポロリとこぼれてしまう。
どうやら、体表を突き破ることができなかったらしい。
「水中銛はぜんぜんダメっぽい~」
「勢いが足りないのかなー」
ウツギとエリカが、首を傾げながらデータを解析する。
銛は水の抵抗をひどく受けるため、少しでも距離が空くと急激に速度が減衰するのだ。
「うーん、押し当ててから発射しないと、ダメかも?」
「それなら爆圧打撃器の方が使いやすそう~」
しかも、ゼロ距離射撃でも、体表を突き破れるかどうかは未知数だ。
水中銛は、少なくとも、スキュラに対しては無意味な装備らしい。
「残りの装備は、振動ブレードだっけ?」
「そうですね、お姉さま! 超音波振動ブレードです! ただ、スキュラのような柔らかい体組織を持つ相手に対してどれだけ効果があるかは不明ですねぇ! 本来、振動カッターは硬くて脆い相手を削るための装備です!」
まあ、これはとりあえず付けてみよう、程度の気持ちで装備させたものである。
素材自体はビッグ・モスのものであるため、強度は心配していない。
あとは、ブレードとして相手を斬るような効果があれば、言うことは無いのだが。
フグっていろんな種類がいて、かわいいんですよねぇ。
アクアリウムにフグいれたい。