第373話 国の話
集落の狩りに多目的多脚機が同行するようになり、魔魚を原料とする食糧、素材の供給は劇的に安定した。
魔魚を狩ることが可能な人員が極一部である、という問題は残っているものの、蛋白源の供給が安定したことは非常に大きい。
特に、魔魚は魔石を取り出さなければ、常温でもなかなか腐敗しない。
つまり、優秀な保存食になるのだ。
更に、多目的多脚機と合わせて準備した運搬用のトレーラーにより、持ち帰ることができる魔魚の量は数倍になった。
これにより、漁にかかる人員を転換し、これまで散発的だった森の探索に割り振ることができるようになったのである。
リビカを始めとした人形機械達はその探索にも同行し、食糧や薬草などの調達にも手を貸していた。ただ、食糧に関しては種族的に摂取できないものなどが多いようで、現地人に任せるしか無いのだが。
そして、そんな交流を通して(言語解析も進み)、だんだんと彼らの事情が分かってきたのである。
彼らはもともと、とある都市に暮らしていた。
彼らの都市が所属していたのは、犬人族を中心に成り立っていた国家だったらしい。
それが、およそ10年ほど前の政変により、他種族への差別が激化したのだ。
犬人族以外への増税から始まり、行政参加の制限、商取引の規制、挙げ句の果てが居住地の強制変更。
そうして国内の犬人種以外が集められたのが、彼らが暮らしていた都市だった。
とはいえ、全ての犬人種が国家の政策に従っていたわけでは無い。他種族への差別を拒否した者もそれなりに多く、そういった者達も徐々に辺境の地へ追いやられていった。
そうして誕生したのが、東方多人種自治州だ。州の呼び名は、<ザ・ツリー>側で正しく表現できる単語が無かったため、適当にそれっぽく当て字をしただけである。
だが、自治州として認知が広がると、やがて国側からの敵意が向けられるようになる。
何の通達も無いまま州境に関所が作られ、通過に高額の関税を要求されるようになり。
それに対抗して関所を作ると、国から解体の強制命令が下される。
さらに、州に課せられる上納金も、到底支払いできない額へと一気につり上げられた。
支払いできないという訴えに為された回答は、労働人員の徴集。
即ち、異種族の奴隷を求められたのだ。
その通達にも拒否を返すと、国側は軍を編成し、侵攻を開始した。
あまりにも一方的な通達に、迅速な軍の展開。
おそらく、最初からそういう計画だったのだろう。
交渉など、端からする気がなかったのだ。
自治州は、多数の人種が強制的に集められていたということもあり、才能ある者や財産を持った者も多く、好景気を維持していた。皆が迫害されたという経験を共有しており、団結力も高かった。
恐らく、その状況に、国側は脅威を覚えたのだろう。自らよりも劣ると喧伝して辺境に追いやったにも関わらず、王都よりも発展しかねない状況になっていたのだ。
国内の不満の矛先を向け、富を収奪し、労働力を確保する。
そんな思惑で始められた戦争は、3年を掛けて自治州を徹底的に破壊した。
多くの軍人は殺され、住人は奴隷として攫われた。
財産は全て奪われ、住居は完全に破壊された。
国外に助けを求めたが、内戦と強弁されれば他国の介入は難しい。
あるいは何とか助けの手を差し伸べようとした国もあったが、そもそもがまともな街道も通じていない辺境の地であったため、その手が届くことは無かった。
そうして自治州は滅ぼされ。
何とかこの不毛の地まで逃げ延びることができたのが、彼らというわけだった。
◇◇◇◇
「やっぱり、多人種って難しいのねぇ……」
これが、要約した話を聞いたイブからの感想ではあったが。
「歴史から学ぶなら、トップは絶対的な権力者の方が正しく回るわよね。あと、できれば私利私欲から離れた優秀な者が理想だけど」
「つまり、アサヒ達みたいな情報生命体ってことですね!!」
「いやまあ……どうかしらねぇ……」
自信満々のアサヒに、苦笑するイブ。
アサヒに国を任せると……まあ、考えるだけ無駄である。
「国家運営に特化させた人工知能なら、平和に発展させられそうではあるけど」
「全人類、全生命体の平和と繁栄を想定するならば、星系規模の統治機構が必要です」
遍く全ての生命体の保護と幸福を考えるならば、だ。
星系全体の開発計画を含め、同一の意思の元に統治すべきだろう。
もちろん、星系外からの飛来物については考えないものとする。
そして、イブも<リンゴ>も、そんな面倒なことはしたくなかった。現地の繁栄は、現地人に任せるべきである。
まあ、繁栄度合いが低ければ、彼らの手の届かない範囲の資源はかっ攫うつもりなのだが。
結果的に、文明発展への寄与という報酬は払うことになるのだから、何の問題も無い。そう、皆が幸せになれるのだ。
それはさておき。
「これ、ここの逃亡者の集落、バレてるわよねぇ?」
「はい、お姉様。衛星写真の解析で、監視のためと思われる小規模な砦が、いくつか確認されています。恐らく、すぐに侵攻することは無いでしょう。ですが、将来的には、何らかの戦力が派遣される可能性は十分に高いと考えられます」
自治州を滅ぼしたその国は、一部を取り逃がしたことを把握しているようだった。
現時点で、更に軍を進めるつもりはないらしい。だが、わざわざ簡易拠点を築いて兵を巡回させているのだ。
それなりに警戒している、ということだろう。
「あの、ラーグランとかいうリーダーね。もしかして、戦闘能力が高かったりする?」
「ああ、それはあるかもしれませんねぇ。単騎の戦力としては、彼、破格だと思いますよ! 地方の砦くらいなら、簡単に落としちゃいそうですし!」
集落の長である、ラーグランという狼の獣人。
万が一、彼と敵対した場合。
<ゼテス>率いる戦力では、どう足掻いても対抗できない。
それが、<ザ・ツリー>が出した結論であった。
もちろん、手段を選ばなければラーグランに多大な被害を出すことは可能だ。
たとえば、睡眠妨害のため昼夜問わず襲撃するとか。
集落の人々を人質にするとか。
だが、それらを無視して<ゼテス>本体にラーグランが吶喊してきた場合、それを撃退することはできないと判断しているのだ。
そうなると、あとは弾道ミサイルで全てを焼き払うくらいしか対抗手段がないのである。
「ラーグランを捕らえられなかったから、警戒してるとか、そういう話なのかしらねぇ」
「はい、お姉様。十分に考えられます。もし彼らを十分に支援し、集落が発展すれば、将来的には再び彼の国と争いになることでしょう」
「うーん……。面倒ねぇ。……まあ、それを含めて学びの多い地域ってことで、見守りましょうかねぇ……」
そんな感じで、ふんわりと集落との今後の付き合いが決まったわけだが。
まあ、集落の人々にとっては、幸いなことだろう。トップは善意を持ち、配下は直接的利益を追求せずに付き合ってくれる巨大な組織が味方に付いた、ということなのだから。
とりあえず、当面は<ゼテス>も含めた集落全体の安定を目指す必要がある。
さしあたっては、近くの森の中で見つかった小規模な鉱脈の採掘が優先事項だ。
これを掘って鉱石を確保することで、集落に金属製品を供給できるようになる。
あとは、継続して作らせている、植物の蔦を材料とした籠の生産だが。
これは、集落内で働くことのできない怪我人や老人、子供達の仕事としてリビカから斡旋したものだ。
籠を作る者によって様々な個性が出てきており、その分類や解析が意外と楽しい、というのがアカネの感想である。
公共事業的に準備した仕事だったのだが、思わぬ収穫となっていたのだった。
他の進出拠点は潜伏に成功していますが、ポイント4はガッツリ関わっています。
戦力が足りない状態で、他の勢力と接触するのは避けたいのが本音。




