第372話 我々は神話の中にいる
「来る、歓迎、中へ、ようこそ!」
集落の長、ラーグランが、そう叫びながら駆け寄ってきた。
実際の発音はもう少し長いし、なんなら北大陸で一般的な人類種が聞き取れない周波数まで使用した言語のようだが、調整済みの自動機械であればそれを聞き取ることに問題は無い。
「交換、留まる、少しの時間!」
人形機械が、ラーグランに対してそう返答する。
モニターの中のラーグランは、驚いたように目を見開き、人形機械を見上げた。露出している体毛が逆立っている様子もあるため、相当に驚いたようだ。
「できる! 喋る! ……! リビカ・アリッサム! どうして、……、いつ!」
「少し!」
「はい、理解、少し! ……! ……! ……! ……!」
ニュアンスはある程度想定できるが、全ての言葉を解析できているわけではない。
だが、ジェスチャーだけよりは遥かにマシだ。
何より、数字を把握できている。定量的な表現は重要だ。
未解析の言葉を喋りながら興奮しているラーグランに頷きを見せ、<リビカ・アリッサム>は 強化外骨格の歩みを再開させた。
彼女らの後ろからは、汎用多脚機がついてきている。
今回、この多脚機の貨物室に、交易品を詰めてきたのだ。
全てを交換する必要は無い。
継続的な交易を目指し、今回は対話を重視するのだ。
「おお、住人達がいろいろと出てきたわね」
「かなり遠巻きにしているようですね! さすがに警戒しているんでしょうか!」
集落の、広場の前。ラーグランが住んでいると思われる、大きめの住居の正面に、彼らは人形機械達を案内してきた。
ここから、本格的に交渉を行うのだ。
リビカは強化外骨格を駐機体制に移行させると、操縦席のロックを解除した。
前面の支柱が開き、リビカを固定していたベルトが巻き取られる。
「…………」
装甲板を設置していないとはいえ、最低限の防護措置はされていた。駆動を伝達するための装備や、視覚情報の補助のため、バイザーなどもある。
声や、露出している口元や首元などから、リビカが女性体であることは向こうも分かっていたはずだ。
だが、強化外骨格の中から降り立ったリビカの姿は、考えていたよりも遥かに、彼らに衝撃をもたらしたようだった。
リビカの背丈は170cmほど。骨格もしっかりしており、肩幅もそれなりに大きい。ザ・ツリー製の人形機械の中では、最も体格の良い部類になる。
露出している顔や首元は、要所要所が光沢のある鱗で覆われており、白から薄桃色のグラデーションがその美貌を彩っていた。
虹彩は金色に輝いており、縦に裂けた瞳孔が、その元となる種族を主張している。
そして何より特徴的なのが、その頭部に生える2本の角。そして、背後から伸びる長大な尾。
リビカ・アリッサム。
そして、彼女と同じ遺伝子を元に生産された、アリッサムシリーズ。
司令官は、アリッサムシリーズをこう呼んでいた。
【龍人種】と。
◇◇◇◇
「籠? 干し肉? 交換」
「渡す。いいえ。いらない。空、下がる、移動。我々、渡す」
ラーグランとリビカの交渉は、思ったように進んでいなかった。
物々交換、という簡単なはずの交渉が、全く通じないのだ。
いや、それが通じない、と判断するのはナンセンスだ。
少なくとも、最初の交換は成立したのだ。であれば、彼らが物々交換という概念をもっているのは間違いない。
それなのに、交渉が進まない。
「……これ、献上しようとしてるわよね?」
「そうですねぇ……」
そんなやりとりをモニターで眺めつつ、イブとアカネ、アサヒがぼやいていた。
「何か、向こうの琴線に触れちゃったのかしら……」
「宗教関連は解析できないから、予測は難しい」
今は、リビカ側から物々交換の提案をしているところだ。
だが、ラーグランはそれを受けようとせず、束にした干し肉を押しつけようとしていた。
潜入したボットの情報から、彼らが渡そうとしている干し肉はかなり貴重なものである、と予想される。
彼らの主食は、海で狩ってきた大型魚類だ。
森の恵みである陸生動物の肉は、数も限られており、貴重な嗜好品なのである。
それを、恐らく彼らの基準で精一杯の量を渡そうとしてきているのだ。
「……正解、分かる?」
「いえ、分かりませんねお姉さま! こういう接触は初めてですので!」
「……もう受け取った方が早いんじゃない? 埒があかない気がするんだけど」
「うーん、そうかもしれませんね! 先に進めませんし、ちょっと怖いんですがやっちゃいましょう!」
「え、ちょっと待って怖いって何」
「大丈夫です大丈夫です! 最悪全部吹っ飛ばして終わらせましょう!」
「ちょっと!?」
そんなハートフルなトップの意思決定が行われ。
差し出された献上品を、リビカは仕方なく受け取ったのだった。
◇◇◇◇
一度、献上品を受け取ってからは早かった。
彼らにとって、その行為が何を意味していたのかは全く分からないのが恐ろしいのだが。
ようやく対話ができるようになり、数日の間はリビカが通い、ラーグランが応対するという状況が続いた。
その期間に、応対用の天幕が用意され、椅子とテーブルが設置された。
なぜか、リビカは上座と思われる場所に座らせられたのだが。
まあ、それはいい。
明らかに、世話役と思われる少女が付き従うようになったのだ。
彼らの状況の中、精一杯に着飾らせたと思われる、小柄な少女。アカネの見立てでは、イタチ系の小動物をベースにした種族ではないか、とのことだ。
そして、その数日の間に集落の状況は少し悪化していた。
当然である。
リビカ達の歓迎のため、かなりの資材と労力が使われているのだ。
その状態を改善するには、リビカ達を使って資材、食糧を与えてしまえば良い。
だが、それはあまり健全では無い対処法だろう。
継続的な支援を行う方が、双方にとって利益になるはずだ。
「あなた方は生活をするべき。労働が離れている」
「……あなた方を蔑ろにする訳にはいかない。我々のことを気にする必要は無い」
だが、ラーグランは難色を示した。まあ、とはいえそれを認めても誰も喜ばないため、リビカはきっぱりと断りの言葉を伝える。
「あなた方が疲れるのは困る。我々を気にする必要は無い。今、とてもありがたいと感じている」
「……承知した。私は、2日をかけて狩猟に行く。その間は、ユランが世話に付く」
リビカから2回拒否されたことで、ラーグランもそう折れた。
とはいえ、すぐに狩りに行く、と言ってきたということは、それだけ食糧に余裕がないということだろう。
であれば、リビカからも助けの手を差し伸べても良いはずだ。
「我々も、一緒に行く」
「…………!?」
その返答に、ラーグランが目を見開いた。
「1個、****を歩かせる。荷物を引っ張る。1人が付いて行く。我々は労働を交換する。残り、2人は同じように村を訪ねる」
「……****、とは?」
「Muti-legs Worker, Electric。我々を守るもの」
「……! 守護獣を、我々に!?」
「……? 守護獣では無く、****である」
多少、意思疎通に手間取ったが。
なんとか、アリッサムシリーズの1体と多目的多脚機を彼らの狩りに同行することを認めさせた。
また、村の手の空いている者達に、いくつかの仕事を任せるということにも成功した。
「これ、ちゃんと正しく内容が伝わってるのかしら……何か心配なんだけど……?」
「大丈夫ですよお姉さま! 間違ったことをしようとしたら、手取り足取り教えますので!」
「何か、とんでもない勘違いが発生してる気がしてならないんだけど……」
「大丈夫ですよお姉さま! それはそれで面白いので!」
「ええ……」
「大丈夫ですよお姉さま! 彼らは飢えなくてハッピー、我々は未知の文化を学べてハッピー! 誰も困りません、全員が幸せになれます!」
「……。……まあ、いいけど」
「****」は、あちらの言葉のアルファベットに当たります。MLWEに相当する文字ですね。
アリッサムシリーズは、一番力仕事に向いてそう、という理由で選定されました。




