第371話 対価を考える
「だいたい現地の情報は集まってきたけど……」
「お姉さま。ポイント4は、拠点拡大の場所としては、あまりよくない」
現地の情報を集めた限り、ではあるが。
<ザ・ツリー>の面々は、ポイント4については本格的に進出できる場所ではない、と結論付けていた。
そう遠くない位置、300km~400kmほど離れた場所に、大きな都市が存在している。
一応、ポイント4とその街の間には1,000m級の山々が横たわっているため、直接的な接触が発生する可能性は低い。
だが、その山々にこそ、多くの資源が眠っているという調査結果が出ているのだ。
そうなると、開発を進める上で現地の文明と争いになる可能性が高くなる。
また、無人と思われていた海岸沿いも、無人であるべき理由があった。
まず、資源が少ない。
海から吹き込む潮風により、大地は塩化しており、植物の育成に適していない。
海洋には水棲の魔物が多数確認されており、海洋資源を獲得するのも難しい。
水場も少なく、ほとんどが枯れ果てた荒野となっている。
雨は時折降っているようだが、植生が乏しいため保水力は無いに等しい。
それらだけであれば、<ザ・ツリー>主力の自動機械は活動可能なのだが。
ちらほらと、逃亡民のような、みすぼらしい村が散らばっているのだ。
殲滅してしまえば気にならなくなるが、それをしてまで確保する必要のある土地では無い、というのが現在の判断である。
「まあ、他にも候補地は見つかったし、ポイント4は放棄しても構わないんだけど……」
「折角現地人と交流を持てましたし! 魔法戦士っぽいですし! 関係は続けたいですねぇ!」
多少なりとも、影響力を残しておきたい。
それが、アサヒを筆頭とした複数のAIの希望であった。
まあ、主にアカネとアサヒの我が儘のようなものなのだが。
それを拒否するほど、リソースに余裕がないわけでもないし、彼女らの言うことも一理あるのだ。
「現地文明の文化を学ぶには丁度いい。無駄に衝突する危険性を減らすことができる」
「北大陸の人類種と違って、多様性がありそうな組み合わせですしね! 何か、独特な文明がありそうなんですよねぇ!」
「まあ、面白そうな地域だってことは、私にも分かるわよ。うーん、<ゼテス>をそのままあそこに張り付けようかしら?」
「それが最もコストパフォーマンスが良い選択肢。現地資源で何とかさせる必要はあるけど、極一部のレアメタル以外は目処が立っている」
「それも、分子配列器と元素合成器が設置できれば解決しますからね! 大型の動力炉が必要になりますが、まあ、あの場所なら大丈夫でしょう!」
そんなわけで、ポイント4は現状を維持しつつ、稼働を続けることになった。
もちろん、他の上陸ポイントでも<ザ・ツリー>は活動を続けている。
ポイント4はほとんど挫折したようなものだが、全体としては、特に問題は無いのだ。
◇◇◇◇
ポイント4の拠点艦である<ゼテス>は、本拠地である<ザ・ツリー>からの指示の下、現地で接触した集落との交流、交易を継続することを決定した。
当面、彼らと限定的な交流を続け、意思疎通を図っていくことになるだろう。
さしあたっては、食糧支援が最優先だろうか。
次に、不足していると思われる道具類。
食糧支援は、先の交流により、単純に人類種が食べられるものでOKというわけではないということが判明している。
下手なものを渡すと、毒物扱いされて交流の芽が摘まれかねないだろう。
十分に注意する必要がある。
現在、ゼテスの周辺で獲得可能な食糧は、海産物か少し離れた場所にある森の中で採れるものだ。野生の野菜や果物、あるいは動物たち。
これらをサンプルとして提示しつつ、交易を続けていく。
ただ、与えるだけでは健全な関係を続けていくことは難しい。
何とかして、物々交換ないし労力の提供を要請する必要がある。
まあ、当面は知識を求めるとか、蔦やロープを渡して籠などを編ませるとか、そんなことをやらせればいいだろう。
そのあたりは、次の交易である程度詰められるはずだ。
言語解析は、まあまあ進んでいる、という状況だ。
やはり、互いにやりとりがあった方が解析効率が高いのである。
しかし、現在観察している集落は、ゼテスも、その情報を受け取った<ザ・ツリー>側も、非常に困惑する状況だった。
なぜか集落全体が活気付いており、当初に比べて仕草や表情が大変明るくなっているようなのだ。
原因は、恐らく、人形機械との接触である。
だが、それだけでは説明できない騒ぎになっている。
渡した食糧も、森で採集した何かの果実が数袋分だけである。集落全体で、1回の食事で使い切ってしまう程度の、大した量ではない代物だ。
実際、渡した果物は保管庫と思われるあばら屋にしまわれており、今のところ手が付けられた様子は無い。
それなのに、接触したその日には盛大に篝火が焚かれ、お祭りのような騒ぎになっていたのだ。
まあ、何かしら慣習的な何かがあったのだろう、とゼテスは判断していた。情報が少なすぎて、何も分からないのである。
ちなみに、物語、ないしおとぎ話という意味の単語の使用が増えていたり、神、王、あるいは国、そんなニュアンスに近い単語が頻繁に会話の中に出るようになったようである。
もしかすると、何か記念日のようなものが近いのかもしれない。
そのタイミングで、たまたま人形機械が接触した、という可能性がある。
何にせよ、ゼテスはゼテスの都合で動くしか無いのだ。
情報の無い相手の事情を慮ることはできないのである。
次の接触のため、ゼテスが用意したのは主に食糧と簡単な道具だ。
それも、全て現地から採取できるものである。
近くの海で捕獲して加工した、魚の干物。
森林内で採取した果実や種、野草、根菜。
そして、数種類の草食動物。ウサギに似た耳の長い小型動物や、人と同じ程度の重さの馬に似た中型動物である。
肉は塩漬けにしており、これは樽に詰めた状態で持って行くことにした。
海に近いため、塩を手に入れる手段はあると考えられる。
だが、それでも、塩を作る作業は重労働だ。
これをゼテス側から提供できるとなれば、集落の彼らは大いに助かることだろう。
まあ、塩の供給を外部に頼ることを、彼らが良しとするかどうかは別の問題だが。
そして、道具や建材の類い。
森の中には、蔦植物が多く確認されている。
これらを採取、叩いてほぐした後に乾燥させれば、簡易的なロープとして利用できる。
また、生のうちに編み込んで籠にすれば、丈夫な物入れとして使うこともできる。
切り出して成形した石も、彼らには有用だろう。
粘土を作り、レンガを製造することも可能だ。
見たところ、建材の生産に苦労しているようだった。
森から木材を切り出して運ぶことにも難儀しているようだし、岩を砕くのも難しいようだ。
レンガを作る技術は持っているようだが、慣れていないのか、あまり品質は良くないようである。
そして、どの作業も大量生産を前提としておらず、労力の割に量を確保できていない。
これらも、ゼテスの装備であれば、彼らが必要としている量を十分に提供できるだろう。
もちろん、それに見あった対価を受け取る必要はあるのだが。
とにかく、まずは対話と、等価交換だ。
そのためには、情報収集を継続しなければならない。
数日後には、改めて人形機械で接触を行う予定にしている。
食糧や建材のサンプルを提示し、あちらが出せる対価を見極めるのだ。
最悪、適当な理由を付けて労働力として何人か確保する、という提案をするしか無いだろう。
悩むゼテス君! 助けることはできるけど、あちらは対価を持っていない!
どうやったら手助けしてやれるんだ!




