第37話 じわじわ侵略計画
「こう…実際あっちに設備があると、もっと大きいのを作りたくなるわね」
「はい、司令。とはいえ、略奪、破壊のリスクを考えるとまだこれ以上は難しいですね」
テレク港街の防衛を始めて、およそ3ヶ月。徐々に歓迎ムードに変わっていることを確認し、<リンゴ>は商会長と交渉を行い租借地を手に入れた。倉庫1棟分ほどの小さな土地だが、設備設置を比較的安全に行うことができる場所があると自由度が変わる。
持ち込んだ資材を使用し、1週間ほど掛けて3階建ての建物を建設。1階と3階は防衛設備を詰め込み、2階に汎用工作機械と原子分解機、補充機を設置。ある程度の生産機能を準備した。生産速度は遅いものの、これで現地で砲弾補充が可能になった。幸い、原料はその辺りの土や石から抽出可能なため、しばらくは安泰である。ある程度備蓄したら、自動戦闘機械をいくつか試作する予定だ。量産できればいいが、テレク港街では希少金属が手に入りにくく、材料が幾分足りない。
ただ、問題は電源の確保である。ひとまずディーゼル発動機で各設備を動かしているが、燃料補給が必要なため何か対策を考える必要があった。さしあたって、屋根上にソーラーパネルと縦型風車を設置しているが、必要電力には程遠い。別の租借地を手に入れてエネルギープラントを設置するか、最悪<パライゾ>の艦船と接続することも考える必要がある。
「幸い、鉄はある程度の入手目処が立ったと…」
「はい、司令。当面は輸送がネックで入手量に制限がかかりますが、車軸・車輪関連の技術供与を行いましたので、徐々に改善するかと」
テレク港街防衛にあたり、<パライゾ>としていくつかの技術指導を行っている。その一つが、輸送効率の向上だ。木製の車軸や車輪を金属で補強する方法や、ベアリング、ダンパー、サスペンションの原理。重量物を支えるための構造材についても伝えている。
さらに、街道の整備。砕石舗装の重要性や、すれ違い場所の用意なども推進させる。鉄道でも敷設できれば輸送量は格段に上がるが、さすがにそこまでは無理だろうと<リンゴ>は判断していた。新たに鉱脈が発見されれば、考慮に値するのだが。
「ベアリングはこっちから提供したほうが早いかしらね?」
「はい、司令。情勢が安定しませんので、迅速に鉄鉱石を確保したいところです。次の便に、車軸とベアリングを載せましょう。100両分程度提供すれば、運搬作業はかなり改善すると予想されます」
鉄鉱石の鉄含有量は、50%前後と思われる。それを考えると、単純に鉄インゴットの半分の輸送効率となるため、できれば現地で製鉄してしまいたいのだが。
「んー。製鉄特化の原子分解機を用意する…? できれば鉱山に設置したいけど、そうすると守りが厳しいかぁ…」
「それなりの規模の設備にしないと、処理能力がパンクする恐れがあります。設置型となると、確かにあの場所では守るに厳しいですね。戦力を派遣するにしろ、常駐させるにしろ、距離がネックになります」
鉄の町は、テレク港街からおおよそ300km程度内陸にある。一般的な馬車を使うと、5日から6日の距離だ。街道の整備が完了し、<ザ・ツリー>から供給した車軸やベアリングなどを導入すれば、これが2日から3日の速度に上がると試算している。
とはいえ、それでもその距離だ。当然、1番級駆逐艦の主砲射程外であり、<ザ・ツリー>所属戦力による防衛はできない。ミサイルは届くものの、費用対効果は最悪だ。そうすると鉄の町に駐留している守備隊に頼るしか無いのだが、正直なところ非常に心もとなかった。もし、国家所属の勢力に本格的に侵攻された場合、簡単に蹴散らされてしまうだろう。いくら武装しているとはいえ、所詮は民兵なのだ。
「当面は、鉄鉱石の輸送ねぇ…。テレク港街に製鉄施設を作ると?」
「輸送船で運べる量を増やすことができますが、現時点での産出量と輸送可能量を考えると、あまり意味はないですね。そのまま鉄鉱石として輸入して、<ザ・ツリー>の設備で精錬する方が効率的です。こちらであれば、無駄なく鉱滓の利用も可能ですので、テレク港街に大規模設備を作れるようになるまでは、そのまま鉄鉱石を入手しましょう」
「オッケー。んじゃ、街道整備が急務ね。砕石の確保は?」
「テレク港街から少し離れた場所に石切場がありましたので、そちらを候補に。ただ、300kmの街道全てと考えると足りなくなる可能性がありますので、現在、別の候補地を聞き取り調査中です」
ひとまず簡易的に舗装を行う想定で、深さ50cm、幅4mで砕石を敷き詰める計画だ。場所によって多少の上下はあるが、0.5m×4m×300kmでおおよそ60万立方メートルの砕石が必要だ。それだけの石を現行の石切り場から運び出すと、さすがに町の運営に支障が出てしまう。また、舗装に使うという性質で求められるのは硬さである。質の良い石をわざわざ砕いて地面に撒くというのも、理解を求めるのに苦労すると思われる。
「重機を持ち出せば数週間で開通させられますが、時期尚早でしょう」
「そうね。難民の雇用創出にもなるから、重機はしばらく使えないわね」
農地開拓が一段落付いたため、男手に余裕があるらしい。そういった労働力は、無駄に無駄なく使ってばら撒きを行うのである。<ザ・ツリー>から富を供給しつつ、内需を活性化させる。じわじわと<ザ・ツリー>への依存度を上げ、最終的に完全支配を行うというのが、全体の計画だ。
「さて、テレク港街はしばらく安泰。鉄鉱石も、満載した輸送船がそろそろ到着と…」
「はい、司令。今回手に入れた鉄を使って、テレク港街の防衛設備を製造します」
「…司令官、わたしが、設計するの。大砲」
「あら。そうなのね、オリーブ。それは楽しみだわ」
「司令官、配置は私が考えました」
「へえ、すごいじゃない。2人の共同作業ねぇ」
彼女はニコニコしながら、イチゴとオリーブの2人の頭を撫でる。褒められて嬉しいのか、2人の人型機械は、尻尾をぱたぱたと揺らした。
残りの3人は、別の仕事を割り振っている。長姉アカネは、鉄鉱石から抽出される鉱滓の活用方法について調査中。三女ウツギと四女エリカは、揃って原子分解機の増設担当だ。こういった作業を任せて自主性を向上させるとともに、<ザ・ツリー>のネットワーク接続能力を鍛えている。最終的に目指すのはテレク港街のような拠点での陣頭指揮なのだが、それを任せられるようになるのは数年は必要だろう。
当面、姉妹たちには<ザ・ツリー>内での作業を分担させる予定だ。
「さて、順調順調。テレク港街が地理的に孤立しているのも良かったわね。内情が悪化して、結局、中央とテレク港街との通商も途切れてるんだっけ」
「はい、司令。上空から調査を継続していますが、テレク港街へ向かう集団は全く探知できません。近隣領で大規模な争いが発生していますので、それどころではないのでしょう」
テレク港街は高級品、嗜好品を主に扱う、上級階級向けの交易を行っている港だ。そのため、いざ戦争になると、当初こそ略奪対象に見られていたもののすぐに見向きもされなくなった。最も必要とされる食糧や武具が手に入らないのだから、当然だろう。防備もそれなりであり、割に合わない。その辺りは恐らく、クーラヴィア・テレクの手腕によると想定されている。
「当面は内政フェーズね。近隣情勢もある程度把握できたし、想定よりずっと安定…安定?してるからね。突っ込むわよ~」
「はい、司令。飛行艇の開発も順調です。一気に勢力を拡大させるチャンスと考えましょう」
「イチゴ、オリーブ、あなたたちの砲台設置が完了したら、テレク港街にエネルギープラントを設置するわよ。期待してるわね」
「はい、お姉様!」
「…まかせて、お姉ちゃん」
ちなみに、ここに居る全員が同じ容姿のため、遠目には4人の少女がわちゃわちゃしているようにしか見えない。実に平和な光景だった。
やがて、<ザ・ツリー>に鉄鉱石を積載した輸送船が到着する。これで、<ザ・ツリー>は1千トンの鉄鉱石、即ち500トンの鉄を入手したことになる。しばらくは、この量の鉄が定期的に手に入るのだ。司令官の高笑いは止まらないだろう。




