第369話 異文化コミュニケーション
ポイント4で邂逅した人類種は、獣の特徴を色濃く残した姿形をしていた。
「道具を扱い、言葉を解し、集団で生活する。これだけ見れば、純粋な人類種との差異はありませんが、あそこまで獣の因子が表に出ているとなると、生活習慣、様式、一般常識も大きく異なる可能性がありますね! 北大陸の常識を持ち込むと、大問題になる可能性がありそうです!」
「アサヒの言うとおり。異なる生態の知的生物の交流は、互いの常識の認識と理解から始まる、というの物語は枚挙に暇がない。慎重を期する必要がある」
読書教(狂)のアカネと、ファンタジー専門(狂)のアサヒが、現地映像を眺めながらそんな会話を繰り広げていた。
「リーダーは狼男ですかねぇ。他にも、こっちの大男は熊っぽいです!」
「わかりにくいが、この男は額に角の取れた跡がある。角を折られて奴隷にされた、というような文化も考えられるが、集団内での立ち位置から想定すると、定期的に角が外れる、鹿のような種族かもしれない」
「こちらは分かりやすいですね! この模様、間違いなく豹ですね!」
キャッキャッと戯れる2人を眺めつつ、イブは傍らのイチゴに声を掛けた。
「イチゴ。<ゼテス>は何と言ってるかしら?」
「はい。異文化交流に関する行動パッケージを所持していないため、アップロードを要求してきています。ただ、こちらもアルゴー級用の該当パッケージは準備していません。都度対応するしかないと思います」
「なるほどねぇ。こんなの、全然想定してなかったもの。そうなるのは当然だわ」
「はい。通信中継衛星の軌道を調整し、<ゼテス>の常時支援体制を構築できるよう、エリカが対応しています。ウツギには、追加の光学監視衛星投入を指示しました。ポイント4は、元々の予定より相当早い段階での文明接触が開始されてしまいましたので……」
「支援を手厚くしてやらないと、現地のAIだけじゃ大ポカしちゃいそうってことね。演算リソースは有限だし、そもそもそれ用の演算器じゃないから、柔軟な対応は難しいわよねぇ」
「はい、お姉様」
アルゴー級偵察母艦のAIは、決められた手順を実行することに特化しているのだ。現場の状況に応じて、柔軟に自らの行動や目標を変更できるタイプではないのである。
そのため、上位AIから適切な目標を提示する必要がある。
そうでないと、明らかに状況にそぐわない目標であっても、愚直に突き進んでしまうだろう。
「司令。ひとまず、私の方でおおまかな指針を策定しました。これを元に、イチゴに現地対応を任せましょう。他のポイントは、概ね予定通りに進んでいます。しばらくは、姉妹達をポイント4の対応に張り付かせても、支障はありません」
「そうね。イチゴもそれで大丈夫?」
「はい、お姉様。大変興味深い地点ですので、異存はありません」
計画通りに進んでいるのなら、口を出す必要は無い。
ポイント4以外の5地点については、現地文明に発見されること無く、順調に拠点構築が進んでいた。派遣されているアルゴー級の手持ちの資材で、掩蔽拠点を建設しているのである。
資源も機材も制限されているため、時間は掛かっているが。
そんなわけで、状況が落ち着くまでは、<ザ・ツリー>はポイント4を重点的にケアしていく予定となったのだった。
◇◇◇◇
<ゼテス>は現地人の集団を追い払ったことを確認すると、人形機械を保管ポッドに戻してスリープ状態に移行させた。
人形機械は、機能維持のために有機物を摂取する必要があるため、中期的な活動に不利なのである。
もちろん、他の無機物系自動機械も、定期的な充電や燃料補給、オイルや部品の交換は必要だ。
ただ、それらは即時実行できるため、非活動時間は最低限に抑えることができる。また、交換パーツは全く別のラインで並行的に製造、修理可能なため、ユニット単体の稼働率を高く設定できるのだ。
長期的視点で見ると、疑似生体パーツが自己修復する有機物系自動機械は単体で完結でき、全体のメンテナンスコストを抑えることができるという、大きなメリットがあるのだが。
<ゼテス>は、追加で情報収集用の小型ボットの放出を始めた。
一部は上空から、一部は集団の後方から追跡させる。
彼らの拠点を特定し、特に言語情報の取得のため、スパイボットを侵入させる必要があるのだ。
追跡させるスパイボットは、無接点型の駆動装置を使用した小型のものだ。機械的なノイズの発生を極限まで抑えるタイプで、パワーは無いが、静粛性は非常に高い。
そこにあると分かっていても、超高性能マイクでその駆動音を拾うのが困難なほどである。
もちろん、魔法的な手段で探知されてしまう可能性もあるのだが。
アサヒ曰く、生物的構造では無いこと、AIのような知性と直接接続しない閉鎖モードを使用することで、ファンタジーな探知手段からは逃れられるはず、らしい。
実際、過去において、高度な自己判断能力を備えたスパイボットがファンタジー警戒網に探知されるという事例がいくつか確認されている。
このあたりはプラーヴァ神国の家族の協力を得て検証しているため、間違いない結果だ。問題は、探知される閾値が試行毎に相当の幅でぶれるという事実も観測されたことなのだが、本題には関係ないため割愛する。
一応、衛星撮影によって集落らしき熱源の探知はできている。
彼らがその集落からやってきたのか、あるいは全く別の集団なのか。
これから、そのあたりが判明することになるだろう。
これらの情報収集活動と並行し、<ゼテス>は更なる拠点の拡大を行っていた。
建築を始めた拠点と、<ゼテス>艦体を結ぶモノレールを敷設する。
既に現地人の集団に補足されているため、殊更に設備を隠す必要性がなくなったのだ。
また、<ゼテス>内の資材、機材を陸揚げすることで、艦体を軽くさせることも目的にしている。
次の大潮には間に合わないが、次の次くらいには、<ゼテス>を離礁させることができるようになるかもしれないのだ。
そうして、数日が経過した。
追跡させていたスパイボットは、幸い、発見されることは無かった。
そして、衛星が捉えていた集落に、彼らが帰還したことも確認された。
周囲100kmほどで、彼ら以外の活動痕跡は見つけられていない。
当面、<ゼテス>は彼らとの接触についてだけを考えていればいいというわけだ。
集落の周辺には、追加で情報収集ボットを投入している。
言語体系に関しては、北大陸のものはほとんど役に立っていなかった。
北大陸で確認されている文明は、彼らのような獣の特徴を持った人類種は含まれない。
そのため、解析中の言語には北大陸で使われるどの言語とも類似性が認められないようだった。
こうなると、言語解析のハードルは飛躍的に高くなる。
様々な状況の会話を拾い上げ、多角的に分析する必要があるのだ。
そして、可能であれば対話を通じて言語情報の収集も行いたい。
相手も言語を教える、あるいはこちらの言葉を理解しようとする姿勢であれば、解析結果の正確性も高くなるのだ。
そういう意味では、地球の言語体系と類似性があった北大陸の文明と接触できたことは、<ザ・ツリー>にとって非常に幸運であったと言えるだろう。
一応、<リンゴ>もアサヒも、言語体系が類似しているのは収斂進化の結果であり、何らかの作為があった可能性はほぼゼロである、と結論づけている。同じ人類種であれば、別の環境であっても、似たような文化になるのは当たり前である、という話だ。
だが、今回相手にしているのは、獣の因子を持った、獣人という全く未知の人類種だ。
確かに二足歩行だし、目や耳なども常識的な位置に付いている。声を使ってコミュニケーションを取っているという共通項もある。
それでも、残念ながら、獣の因子を持たない人類種とは、根本的に文化が異なるようだった。
ポイント4の様子を中心にお送りしていますが、ポイント4以外は順調に進んでいるので、あまり話題になりません。
というか、<ザ・ツリー>が順調に進んでいるって言っているってことは、つまり……?