第365話 海底に根を張る
「ゼテス、停止しました。テレメトリーデータ解析中」
「致命的な障害は検知されていない。重要区画への浸水は確認されていない」
<ゼテス>が、ポイント4付近の浅瀬に座礁した。
その情報を受け取り、イブはため息をついて司令席に沈み込む。
「動力炉と頭脳室が無事なら、ひとまず安心ね……。敵は?」
「索敵は継続中です。水面下に魚影なし。空中も、いまのところは何も探知されていません」
<ゼテス>は、一旦ここで落ち着いたと判断したようだ。
戦闘行動に割り振っていた演算領域の一部を、状態維持のためのリソースに回したようだ。
「ゼテス、艦体固定綱を射出。周辺監視用ドローンの発進準備を開始した」
「テレメトリーデータ解析、完了しました。現在位置を更新します。ポイント4からおよそ540mほど離れた場所と推定されます。現状の海岸線から、およそ80mの距離です。水深は3mですが、現在は引き潮のため、約4時間後には2.5m程度まで下がる見込みです」
「監視衛星は23分後に撮影可能になる。正確な位置はそこで推定できる」
魚雷、あるいはミサイルのような大型魚の襲撃は、ひとまず凌ぎきった。
ただ、被害は決して軽くは無い。
<ゼテス>は浅瀬に座礁し、水面下の船殻は度重なる攻撃により至るところが破損している。
幸いにして、空中からの突撃は全て撃ち落とすことができたため、上部構造物に損傷は無い。
それでも、ゼテスが座礁したこの場所から動くことは、当面の間不可能だろう。
全速力で海岸に突っ込んだため、たとえ満潮になったとしてもゼテスが浮上できる水深が確保できない場所まで艦体が入り込んでしまっているのだ。
いや、もしかすると、積み荷を全て降ろした状態で2つの衛星が影響する大潮になれば、あるいは抜け出せるかもしれないが。
何の設備も無いこの場所で、積み荷を全て降ろすというのがそもそも困難だ。
「艦体は、左舷に比べて右舷がおよそ1.3m傾いている。潮の満ち引きにより変化する可能性がある」
「ゼテスは陸上の偵察を優先して実行するようです。艦体の保全が困難となる場合に備え、陸上に拠点を建造するオプションを検討しています」
「なるほどね」
ゼテスの到達したポイント4は、<ザ・ツリー>から最も離れている地点だ。
他の偵察地点には、アルゴー級は無事に到着している。
つまり、このポイント4が最も困難な状況に置かれているというわけだ。
「撤退や放棄、あるいは増援。このあたりのオプションはどうなのかしら?」
「はい、お姉様。回答します。撤退については、脱出が困難なため現時点では実現不可能です。放棄も、ゼテスの機能の8割以上が健全な現状では選択肢に上がっていません。増援に関しては検討中ですが、外敵の詳細が不明な現状では、まとまった戦力を送るのはリスクが高いと判断されます」
「ふーむ……。まあ、妥当なところか。よし、ゼテスはそのまま続けていいわ。状況が動きそうなら、追加で対応を考えましょう。それに、<オーディン>級と<フリッグ>級が戦力化できれば、また違うオプションも考えられるようになるでしょうし……」
イブはゼテスのステータスを眺めつつ、そうつぶやいた。
現在建造中の戦艦<オーディン>と、母艦<フリッグ>。あまりの大きさに、現在の<ザ・ツリー>の能力をもってしてもその建造に1ヶ月以上必要な超巨大艦だ。
単艦ではもちろん限界はあるが、これらの戦艦、空母を中核に艦隊を編成することで、とてつもない制圧力を発揮することができるようになる。
ただでさえ打撃力の高い<ナグルファル>級航空母艦が霞むほどの搭載・運用能力をもつであろう<フリッグ>級は、移動要塞と言っても過言ではない。これを派遣できれば、ポイント4周辺の海域を制圧することも可能だろう。
もちろん、物資が無ければ早晩干上がるだろうが、一時的にでも制海権を得ることができれば、補給路を設定できる。
ただ、それを続けるメリットがあれば、という話ではあるのだが。
「少なくとも、今回襲ってきた魚類を想定するのであれば、高速艇が有効。遊泳速度より速ければ、襲撃は避けられる」
「ああ、なるほどね……。事前に魚影さえ探知できていれば、回避できるわね」
そんなわけで、ゼテスは孤立したまま拠点建造を行わなければならないのだが。
できれば、その建造を助けるため、高機能材料や高性能電子部品を追加で届けてやりたい、というのが人情である。
そうすると、ペイロードはやや小さいが、時速100km以上の速度を発揮できる水中翼船などで駆け抜けてしまうというのも考えられる。
もちろん、航空母艦を近海に派遣し、回転翼機などで航空輸送してもいいのだが。
どちらにせよ、航続距離の問題で、800km程度までは近付く必要があった。
「こういう場面だと、ギガンティアがいかに便利な存在かよく分かるわね……」
「そう。目立つのが唯一の欠点」
イブがぼやき、アカネが同意する。
空飛ぶ核融合炉である<ギガンティア>および<タイタン>という空の巨人は、輸送能力も高く、攻撃力も申し分ない。何より、時速1,000km近い高速で飛行できるのだ。半日もかからず、ポイント4まで到達できるだろう。
が、当然、そんな巨大な艦体が飛行すれば、この上なく目立つのだ。
偵察任務という作戦行動を丸めて捨てる所業である。
「弾道飛行できる航宙艦ならワンチャンか……? いやでも、さすがに大気圏突入は目立つからなぁ……」
そもそも、航宙艦を運用できるなら地上にこだわる必要は無い、と言う問題はさておき。
どちらにせよ、高空を経由する移動機では、姿を隠すのが難しいという話だ。
航空機でも、1,000m以下を低空飛行させれば、あまり目立つこと無く派遣はできるかもしれない。
ただ、少なくともギガンティアは、そこまでの低空を飛行させるのは難しい。
航路変更のために艦体を傾けただけで、地面あるいは水面への衝突を警戒する必要があるのだ。特に、僅かでも失速すると、即座に地面、水面に叩き付けられる可能性がある。
更に、エンジン騒音の問題もあるため、やはりギガンティアは派遣できないのだ。
「当面、ゼテスには艦内設備で自給自足させることになるのかしらね。半年くらいたてば、<フリッグ>級の艦隊を派遣できるようになるんじゃないかしら?」
「何か、有望な資源などが発見されれば。周辺の生態系にもよる。対処困難な脅威生物が確認された場合は、放棄の選択肢も有り得る」
「まあ、そりゃそうか。じゃ、ゼテスには頑張ってもらわないとね……」
ひとまず、目の前の危機は乗り切ったのだ。ゼテスの状態は心配だが、これからいろいろと調査が始まるのだろう。
「他のポイントも、調査が進んでいます。ゼテスは特殊事例ですが、一旦状況は落ち着いたと考えられますので、私の方で管制は引き継ぎましょう」
「そうね。他のポイントも気になるし、みんなもいろいろ仕事があるしねぇ。それじゃ、<リンゴ>。後はお願いするわね」
「はい、司令」
◇◇◇◇
アルゴー級偵察母艦<ゼテス>は、海中対応の工作機を甲板エレベーターを使って外に出す。艦体が斜めに傾いでいるため、この状態を是正する必要があった。
具体的には、海底に杭を打ち込み、ワイヤーを張って巻き取るのだ。
作業は満潮、できれば潮位が最も高くなる大潮の日に作業するのが望ましい。
ただ、次の大潮まで10日あるため、次回の満潮時に作業を行うこととし、パイルの打ち込みのために工作機は海中に飛び込んだ。
6箇所に偵察艦隊を派遣しているので、大忙しです。
基本的にリンゴちゃんが管制してますが、要所要所で姉妹達が介入している感じですね。




