第364話 盛大な座礁
「ゼテス、メインタンクブロー。浮上開始」
「機関出力上昇しています。最大加速を開始しました」
空中ディスプレイに表示されるゼテスの艦体健全度が、めまぐるしく変化する。
搭載された2基の核融合炉の出力が上昇し、下層部に設置された水流加速器の圧力が急激に高まっていく。
「発泡充填剤の散布を開始。対象区画内の機材は全て使用不可」
「区画ごと埋めるのね……仕方ないか。退避させる時間なんて無いし……」
これ以上の浸水を防ぐため、ゼテスは外側の水密区画を全て、発泡構造体で埋め尽くすことを決めたようだ。
当然、区画内には運んできた資材、機材が満載されている。
これらを移動させる時間は無く、そもそも移動させる先もない。
そのまま発泡充填剤が投入されると、化学反応によって一気に膨らみ、間隙を埋めていった。
「使用時は掘り出す必要がありますが、緩衝材としても機能しますので、被害を抑えることに繋がります。この状態ではベストな選択でしょう」
「そうね。この事態を切り抜けられれば、何とでもなるでしょうし……」
この事態に際し、<ザ・ツリー>側は、救援部隊の派遣は行わないことを決定していた。
そもそも、どんなに急いで戦力を投入したとしても、艦隊では到着が5日後になってしまう。
また、航空部隊はあまりにも目立ちすぎる。
弾道ミサイルを使用しても、30分以上の時間が必要だ。
その30分という間に事態がどう転ぶか分からず、そもそもミサイルを何基撃ち込んだところで現状の打開には繋がらない。
ゼテスごと全てを粉砕する、ということであれば、選択肢には上がるだろうが。
ゼテスの推進機関は、ウォータージェットだ。艦体に複数設置したスリット状の水流噴出口から、加圧した海水を噴出することで推進力に変えるものである。
そして、スクリュー式よりはマシとはいえ、その噴出口が損傷した場合、航行に著しい影響が出ることになる。
「緊急事態用に、プラズマジェットエンジンも積んであげていた方が良かったわね……」
「はい、司令。複数の推進装置を想定すべきでした」
海中での体当たりという攻撃に、対抗手段がほとんどない。逃走一択だ。
だが、海中にしか推進器が設置されていないのが問題だ。
「攻撃、継続されている。6番噴出口に異常発生。内圧上昇中」
「6番噴出口付近に衝突されたようです。噴出口が損傷した可能性があります」
「6番噴出口付近、センサーデータ喪失。直前に高圧状態と爆発的振動を探知。破損の可能性、大」
「一部の高圧ラインの圧力が急激に失われています。経路が損傷したものと思われます。ライン閉鎖を開始しました。ダメージコントロール、処理限界に到達します」
「予備演算器を投入する。指令送信。内部機材をオンライン、演算能力抽出」
「ゼテスより、同期攻撃の演算要請を受諾しました。演算結果の返送を開始します」
次々と上がるダメージレポートに、グリーンの艦体区画が次々とイエロー、レッドに塗り替えられていく。
とはいえ、まだまだ、全体を見れば機能は保っていた。
だが、この状況が継続すれば、ダメージが全体に広がっていくだろう。
猶予はほとんどない。
「ゼテス、同期攻撃を開始しました。対潜ミサイルが選択されました。垂直発射装置、起動しました」
「ミサイル発射。次弾、対地ミサイルが装填された」
◇◇◇◇
<ゼテス>の甲板に設置された4本の垂直発射装置から、大量の煙と輝く推進炎を吐き出しつつ、対潜ミサイルが発射された。
ミサイルは設定通り、同時攻撃のため滞空を開始。ゼテス上空で螺旋状に回転しつつ高度を調整する。
更に、追加で4発の対地ミサイルが発射される。
ロケットモーターの発する轟音が、周囲に響き渡った。
発射されたミサイルは、対潜ミサイル4発、対地ミサイル4発。
まず、対潜ミサイルが弾頭をパージ。
飛び出した高速魚雷がパラシュートを展開、減速して海面に着水。
それとほぼ同じタイミングで、ゼテスが両舷から魚雷を放出。
上空から垂直に落下する、対地ミサイル。
海中を走る魚雷。
全てが計算通りに移動し、そして、計算通りの時間に起爆する。
高性能火薬が発生させた爆発が、水中で衝撃波となり拡散した。強烈な振動となって水中を伝わる爆破圧力が、周囲を強力に揺さぶる。
ゼテスに群がる魚影がほどけるように崩れ、広がった。
海中に広がった爆発圧力にダメージを受けたか、あるいは警戒したか。
ゼテスは加速する。目指すは、ポイント4に近い浅瀬だ。
全長210m、排水量40,000トンという巨大な艦の加速は緩やかだが、その運動エネルギーは凄まじい。
ウォータージェット推進器は水流を細かく調整することで、最大効率の加速を実現している。
その巨体に見合わず、目に見えて速度は上がっていた。
そして。
先ほどの同期爆発により、周囲を泳ぐ魚影の行動パターンが、変化した。
いったんは崩れた魚群が、ふたたび斜め後方に集合し、そして加速する。
加速した魚群は水面に近付くと、そのままの勢いで空中に飛び出した。
巨大な、体長2mはあろうかという大きさの、筒型の魚体。
まさに突撃のために進化したのだろう。丸く膨らんだその頭部は、大ぶりの鱗で覆われていた。
推進力を確保するためか、尾びれは鋭く大きく広がっている。
そして、空中での制御まで対応しているのか、胸びれも大きく横に広がり、間違いなく大気を掴んでいた。
その姿は、<ザ・ツリー>が装備する対艦ミサイルによく似ていた。
全身を覆う鱗は黒色で、海水に濡れたそれはギラギラと太陽光を反射している。
この魚群が襲いかかったのが、もし一般的な木造帆船であったならば。
その勢いで突撃されれば、上部構造物は粉砕され、瞬く間に破壊されていただろう。
あるいは、それが鉄製の船であっても、同じ運命を辿っていたかもしれない。
だが、<ゼテス>は<ザ・ツリー>が、所属する超知性体が心血を注いで設計した戦闘艦である。その分類が偵察母艦であろうと、単独での行動を想定している以上、防御能力は非常に高い。
対空砲として設置された短砲身・多砲身レールガンが、レーザー砲が、即座に反応した。
レールガンから撃ち出される弾頭が魚体を粉砕し、照射したレーザーで爆散させる。
さらに、近接防御用の機銃が大量の弾丸をばら撒き、空中を飛翔する魚群を撃ち落としていった。
ゼテスの対空防御システムはこれ以上ないほどに正常に動作し、海面から飛び出した魚の群れは端から撃ち抜かれていく。
本来、この大型魚の強みは上空からの強襲なのだろう。
海に暮らす生物は、空からの襲撃には非常に弱い。この攻撃性から推測すると、群で大型の海獣などを狩るような生態と予想された。
ゼテスにとって幸いだったのは、この大型魚の耐久性に、理不尽な現象が確認されなかったことだろう。
一般的な魚よりは硬いように見えるが、15mm機関銃のフルメタルジャケット弾で十分なダメージを与えることができていた。
<ザ・ツリー>側で解析した結果、その頭部は非常に強固なようだった。だが、頭部以外は常識的な硬さであるようだ。
どうも、鱗に金属が含まれているようだ、という観測結果もあるものの、まあ、問題ない範囲である。
そうして、ゼテスは何とかこの魚群からの襲撃を防ぎ続け、海上を疾走。
そのまま、目的としていた浅瀬に突っ込んだ。
盛大に海面を割りながら、巨大な艦体が遠浅の海底に乗り上げる。
多少の障害があろうと、40,000トンという重量はその勢いを衰えさせない。
海底の砂を吹き飛ばし、岩礁を粉砕し、船底が削られる破壊的な音を立てつつ、ゼテスは目標地点に、想定通り座礁した。
両舷から錨が飛び出し、海底に突き刺さる。
生き残っているウォータージェット噴出口が、減速のため水流を盛大に吹き出した。
これまでにないほど遠距離での緊急事態です。
何をするにも反応が遅れますので、現地のAIだけが頼りです。