第360話 エリカ
頭脳装置基盤No.4、<エリカ>。
エリカは群体操作に高い適性があり、指揮官級の戦術AIの基盤としてその能力を伸ばしている。
更に、意思を持たない量産型の指揮AIの開発にも携わっており、<ザ・ツリー>の勢力拡大の立役者であった。
<ザ・ツリー>の5姉妹の四女として起動した彼女は、三女のウツギとよく遊んでいる。
本人達も意図して双子のように振る舞うことがあり、イブもたまに取り違えることがあった。一応、髪飾りで判別できるようにはしているのだが。
エリカはウツギと同じく、機械操作に対する適性がある。ただし、ウツギが単体の機械制御を得意としているのに対し、エリカは複数、多数の機体を同時に制御する能力が高かった。
機体を直接制御するのではなく、機体制御は搭載AIに移譲し、その機体群に指示を出すことで全体のパフォーマンスを最大化することができるのである。
個人の運動能力は、ウツギほどではない。
ただ、複数の機体を操作して行う競技は、誰も寄せ付けない成績をたたき出すのだ。
そして、その特性を生かし、エリカを基盤としたE級AIは、<ギガンティア>級空中母艦、<ナグルファル>級航空母艦、そして<フリッグ>級母艦の戦術AIとして採用されている。
また、<ナグルファル>級、<フリッグ>級では、艦体制御をU級が、搭載自動機械の制御はE級が行うという複合システムとなっている。
ウツギとエリカという、双子的な基盤AIを基にしていることで、2種のAIは<リンゴ>の想定を上回るシナジーを発揮したのだ。
正確には、予想されたシステム同士の競合や、同期ずれが発生しなかったということである。
そして当然ながら、これらの巨大な制御システムを全ての部隊に配備するのはコストが高すぎる。そのため、小規模な部隊には簡易的なAIが搭載される。
このような使い捨て前提の現場投入型AIの構築・維持・運用を、エリカが主導している。自身の制御能力をシステム化し、疑似知性型のAIに学習させているのだ。
疑似知性型AIは、現場運用の中ではほとんど成長しない。正しくは、成長させない。シミュレーターの中で十分な育成を行った後、基盤となる思考領域を固定するのだ。
これは、運用中に意図しない成長が発生し、想定した作戦行動から逸脱してしまう可能性を排除するためである。特に、遠方派遣など長期行動中にそういった状況が発生すると、暴走状態となる可能性があるため、非常に重要な措置だ。
もちろん、拠点に戻ってからAIのアップデートを行う。疑似知性型であるからこそ、容易に上書きが可能なのだ。
実際の現場での動作を検証し、対応能力を向上させ、良くない行動となっていた場合は矯正する。更に、少ない演算リソースで最適な判断を行えるよう最適化を行う。もちろん、演算装置はコンパクトであればあるほど望ましい。消費エネルギーを抑えることができるし、判断力の応答速度が向上するのだ。
ちなみに、エリカは作戦中に配下のAIに行動指示を出すという指揮官タイプのAIという分類になるため、指示を聞き、指示通りの行動を最も効率よく行うというAIの育成を行っている。
ウツギは機体制御AIを育成しているため、どちらかというと自身を模したAIを増やす方向になるのだが、エリカの場合は指揮に忠実なAIを作っているのだ。
また、E級AIは現地で作戦行動に従事しているため、その調整もエリカの仕事だ。
特に、エレムルスシリーズは<ギガンティア>級空中母艦に搭載され、最前線に派遣されることが多い。そのエレムルス達のケアは、大変重要な役割だ。
E級はU級と同時に作戦行動に従事することが多いため、彼女らを交えたミーティングやレクリエーションが定期的な行事になっている。
ちなみに、ウツギ、エリカが引率するU級、E級の人形機械の集団は、大変眼福であるとイブに好評だ。ただ、イブの負担が大きいため、開催頻度は高くない。
◇◇◇◇
「エリカ、今は何をしているのかしら?」
「お姉ちゃん! えへへ、これはね~、海中散歩~」
「海中散歩……?」
「そう~。オリーブちゃんと一緒に作ったんだけどね~。鯨型の母艦と、鮫型の子機で作った潜水艦システムかな~。海中哨戒機だね~」
「あー、なんかそんなの作ってるって聞いたわね。運用もしてるのかしら?」
「普段は自動巡航かな~。潜水艦だし、リアルタイム制御が難しいんだけど~」
「へえ。何か、面白い物はあったかしら?」
「うん! あのね~、沈没船を見つけたんだけど~、結構いろいろ積んでたみたいでね~」
「あら、ロマンがあるわね。交易船かしら?」
「うんうん、そうみたい! たぶん、西方諸国から東方諸国に向けて買い付けに行ってる途中に沈んじゃったんじゃないかな~。それっぽい硬貨があるし、燃石みたいな石もあるみたい~」
「へ~。貴金属と燃石ねぇ。サルベージしたら、多少は資源の足しになるかしら……?」
「どうかなぁ。金はうれしいかも~? どこも含有量が低いし、もしかしたらこれだけで一ヶ月分くらいにはなるかも……?」
「おお、思ったよりありそうじゃない。……とはいえ、金だけあってもって話かしら……」
「ん~、サルベージはオリーブちゃんに任せようかな~。私だと取りこぼしちゃいそう!」
「あはは。大丈夫でしょ。自動機械が作業するんだから」
「そうかも~? えへへ、わたし、自分で操作することしか考えてなかったっ!」
「あら。まあ、そもそもお散歩中に見つけたんだものね。オリーブに任せてもいいのかしら?」
「いいよ~。貴金属回収ならオリーブちゃんも好きそうだし、最近あんまり遊んでないんじゃない? あ、一緒にやっても面白いかな~」
「そうねえ。一緒の方が、オリーブも喜ぶんじゃないかしら?」
「そうかな~。そうかも~。じゃあ、今度、ウツギも一緒に誘ってみようかな!」
「……。ウツギ、エリカ、オリーブね。ううん……。ちょっと心配かも……」
「ええ~? 大丈夫だよ~」
「司令。折角ですので、全員でやりましょう。直接的な外部探索は、頭脳装置の成長に、よりよい影響を与えると考えます」
「そうね……そうしましょう。アカネとイチゴがいたほうが……じゃなくて、アカネとイチゴも仲間はずれにしちゃダメだしね?」
「あ! アサヒちゃんもこういうのは初めてだ~。たのしんでくれるかな~」
「アサヒはまあ……あなたたちと遊べるなら、何でも楽しめるんじゃないかしら? あの子も、みんな大好きだしねぇ」
「えへへ~、そうだねえ。他の子達も見れるように、中継しようかな~」
「あら、いいじゃない。そのあたりはアカネに任せようかしら……」
「アカネちゃんなら立派な配信画面を作っちゃいそうだね!」
「配信画面……?」
「しかも生放送! う~ん、それなら定期的に企画してもいいかも~」
「定期生配信……」
「お姉ちゃんが出れば、視聴率ひゃくぱーせんと!」
「あー……」
「う~ん、やるなら時間を決めておかないと、大変なことになっちゃうかな~。あとでイチゴちゃんに相談しないと~」
「やるのは決定なのね」
「え~。ぜったいたのしいよ~。ねっ?」
「まあ、そりゃいいけど……企画、考えないといけないのかしら……?」
「いっしょに考えるからだいじょうぶっ!」
「そう……? そうねぇ……。みんなで考えるなら、楽しそうね」
「たのしそう、たのしそう~。あっ。みてみてお姉ちゃん、でっかい魚がいた!」
「あら……? ああ、海中散歩してたんだっけ……でっっっか!!」
「サメかなぁ。深海の魚かな~。目が大きいし!」
「ふ、普通の魚みたいね……あー、びっくりした。脅威生物かと思ったわよ」
「海は大きな生き物がいっぱいいるからねぇ。でも、これは新種かな~。図鑑に登録しとかなきゃっ」
元気印のトップスリー、エリカちゃんです。
にぱーって笑ってくれそうな娘。