第359話 ウツギ
頭脳装置基盤No.3、<ウツギ>。
彼女を基盤として製造されたU級AI<ウェデリア>シリーズは、現在もっとも個体数が多い戦術AIとして、各地で作戦に従事している。
ウツギは5姉妹の三女で、四女のエリカと共に行動していることが多い。
イブからも、だいたいウツギとエリカのセットで認識されていた。
とはいえ、彼女らは別に双子と定義されているわけでは無い。
遺伝子的なとか、製造時期とか製造設備などを勘案すると、そもそも5姉妹は五つ子である。ウツギとエリカに特別な繋がりは無い。
ただ、起動後からこの2人はいつも一緒に行動していた。
何がきっかけかは分からないが、2人でくっついて動くのが当たり前になっている。
一緒に行動しているとは言え、2人の得意分野は微妙に異なる。
ウツギは特に、機械を制御するという能力が高かった。
<リンゴ>によると、外付けの機械を、自身の身体の延長として認識することができるらしい。頭脳装置の運動野の活性度が、他の姉妹達よりも高いとのことである。
そして、神経網が運動野を補助する形で成長しており、そういった特異性が自動機械の制御という点において高い適性を示していた。
そんなわけで、ウツギをベースとしたU級AIは、大型の自動機械に搭載される候補として真っ先に検討される。実際、ほとんどの大型機械には、U級AIが搭載されていた。
いまのところ、搭載されている大型自動機械は、下記のものがある。
<タイタン>級空中護衛艦。
陸上戦艦<ヨトゥン>シリーズ。
<フリングホルニ>級戦艦。
<ナグルファル>級航空母艦。
<オーディン>級戦艦。
<フリッグ>級航空母艦。
<アルゴー>級偵察母艦。
これらの大型戦闘機械の制御用戦術AIに、U級が採用されているのだ。
実際、その艦体操作や搭載兵器の制御については全て、高いレベルで行うことができていた。<リンゴ>曰く、想定以上の成果らしい。
そんな幅広く活躍するU級AIの基盤であるウツギには、重要な役割があった。
それは、製造された各AIと接続し、最適化を行うという仕事である。
各AIは製造直後にもある程度の能力を持っているが、運用を続けることで、その搭載機械の操作に特化して更に能力が向上していく。
ただ、その成長方向を間違えると、取り返しの付かない不具合が発生する可能性がある。
そこで、定期的にウツギがそのAIと接続し、行動の矯正や学習強化先の選定などを行っているのだ。
作戦実行時に保存されたログを精査し、状況判断能力を判定する。
シミュレーションを一緒に実行し、おかしな癖が出ていないかを確認する。
実際、これらのフォローにより、タイタン級に搭載された一部の戦術AIが過剰に電磁波発信を抑制しているという事実が判明したこともあった。
分かり易く言うと、レーダーの使用を恐れる傾向があったと言うことだ。
これは、以前<ワイバーン>と交戦した際に稼働していた初期ロット組に見られた傾向だった。記録上とはいえ、自身の操る<タイタン>級が大きく損傷したシーンをほぼリアルタイムで見ていたことで、ある種トラウマのようなものを植え付けられてしまっていたのだ。
こういった、頭脳装置特有の問題を発見し、修正する。
基盤AIとして、ウツギは十分にその能力を発揮していた。
◇◇◇◇
『3、2、1、スタート』
響き渡る音声と共に、ウツギは装着した強化服を操作して一気に飛び出した。
足元の障害を飛び越え、先に突き出した突起に右手を掛ける。指先に装着されたフックを使って軌道を回転運動に変更し、その小柄な身体を真上に跳ばす。
真っ逆さまのまま直上のパイプに両足をつけ、それを蹴り付け斜め前に加速する。身体をひねりながら狭い隙間にするりと潜り込み、途中に存在する突起を使って更に加速しつつ床に着地。前転して衝撃を受け流し、そのまま床を蹴って加速。
『ストップ。タイム、37.667s』
「……んーう。まあまあ?」
「ちょっと右腕の負荷が高いかも~?」
ウツギとエリカがいるのは、<ザ・ツリー>内に作られた、いわゆるパルクールと呼ばれる競技設備に似せた運動施設である。
ただし、アシストスーツ利用が前提の構造のため、とてもアクロバティックな動作をしなければ、そもそもクリアすら難しいものだった。
「負荷が高いってことは、運動エネルギーが相殺されちゃってるってことだよねー。まだまだだなー」
「でも、あの経路はこれ以上速くするのは無理かな~。速度を殺さないと、どうやってもぶつかっちゃうし~」
「難しいねー」
「難しいな~」
今ウツギが挑戦しているのは、完全にウツギの趣味で作られた運動設備である。
アシストスーツを自分で動かしたい、という欲望を叶えるために、ウツギがイブにおねだりした結果の産物だ。
今のところ挑戦者はウツギとエリカのみであり、最近は専らウツギが独占していた。
直接的に身体を動かす、という行動を好むのが、ウツギであった。
エリカも苦手というわけではないのだが、他の姉妹達と比べて突出して得意というわけではない。この分野においては、ウツギは頭一つ、どころか身体一つ分突出しているのである。
「うーん。アシストスーツの改良のほうがいいかなー。運動エネルギーを保存できればいいわけだし、流体伝達とエネルギー変換を組み合わせてどうにかならないかなー」
「オリーブちゃんに聞いてみる~?」
「聞いてみるかー」
アシストスーツをぐるぐると動かしながら、ウツギはエリカと雑談を続ける。
こうして、無駄に超技術が詰め込まれた専用アシストスーツが誕生することになるのだった。
◇◇◇◇
「おねえちゃーん!」
「あらっ……っと。よく飛ぶわねえ。ウツギ……と、あら、珍しい。ひとり?」
「ひとり! エリカは当直だよ~」
「そういえばそうだったわね。特に何も無かったかしら?」
「無かったー。明日くらいには通常体制に戻してもいいかもー?」
「あら、そうなの? それなら安心ねぇ」
「でも、当直なくなったら、おねえちゃん独り占めもできなくなっちゃうなー?」
「おや~? 悪いことを考えるのはここか~? こっちか~?」
「きゃーっ! にゃーっ! きゃはははっ!」
「うりうりうりうり……いぃっ!? ちょ、は、きゃっ! ま、まってウツギに反撃されたら勝てるわけ……ふにゃんっ!?」
「…………っ!!」
「…………ッ!?」
「……はぁ、はぁ」
「……くっ……。はぁ、さ、さすがウツギね……やるわね……」
「にゅー……。ふぇへへへ……」
「それにしても……やっぱり、ウツギは強いわねぇ。こんなに細腕なのに……」
「んー? たぶん、おねえちゃんも同じこと、できるよー?」
「ええ? さすがにそれは無理じゃない?」
「私たちの筋力って、おねーちゃんの遺伝子に準拠してるからー。鍛えれば、おなじことができるはずー」
「そ、そうなの?」
「そうなのー。神経系はちょっと違うけど、おねーちゃんの種族は運動野が標準人種より肥大化してるからー。動体視力もたかいはずー?」
「へえ……。全然興味なかったから、知らなかったわ……」
「こんど、アスレチックであそぶー? オリーブちゃんはちょっと苦手だけど、おねーちゃんは偏りは無いはずだし、練習すれば楽しいと思うけどー」
「うーん、そうねぇ。運動室で身体を動かしてるだけだし、ちょっとはそういうのもやってみようかしら……?」
「やったー! じゃあ、エリカと一緒にあそぼー!」
「そうねえ。<リンゴ>、ちょっと予定立てておいてくれる?」
「はい、司令。スケジュールに組み込んでおきます」
ウツギちゃんは元気っ娘。身体を動かすのが大好きです。
実は、単体で一番戦闘能力が高いかもしれません。