第358話 イチゴ
頭脳装置基盤No.2、<イチゴ>。
5姉妹の二女として起動された彼女は、現在、第二要塞の司令AIとして日々を過ごしている。
起動直後より、彼女はイブと<リンゴ>に付き従ってその仕事を眺めることを好んでいた。
そんな彼女にイブも積極的に声を掛け、意見を求める。
そういった生活が続いたことで、イチゴは他のAIを束ねる統括AIとしての才能を開花させたのである。
5姉妹の中で最も早い段階で独立AIとしてその成長を認められ、基盤AIとしてI級AIが作り上げられた。
I級AIの1番、<イチョウ>はアフラーシア連合王国の王都でその辣腕を振るっている。
アフラーシア王都の発展度合いを見れば、その優秀さも分かろうというものだ。
現在のアフラーシア王都は、経済、物流の中心としてめきめきと成長していた。
郊外には物流倉庫が建ち並び、各地に向けての舗装路が延びている。
城壁は全て解体され、建材として利用されていた。
市内には真新しい建物が建ち並び、歴史のある屋敷なども補修され、まさに首都としての威容を誇っている。
そして、これらを管理するI級戦略AI<イチョウ>であるが、その運用は基本的にイチゴが相談役となって進められていた。
もちろん、イブや<リンゴ>が全く口を出さないということではないのだが、本人達の自主性に任せているため、相当に不味いことになら無い限りは手を出さないという方針である。
今のところ、アフラーシア連合王国内の主な輸送手段は、馬車鉄道だ。
鉄資源の供給が安定したことにより、各地に線路を敷設するコストがほぼ無視できるようになった。
ただし、蒸気機関や内燃機関の普及はまだ下地ができていないということで、アフラーシア連合王国の主産業であった馬の繁殖を有効活用し、馬車鉄道を普及させたのである。
<ザ・ツリー>の技術的支援を受けて敷設された鉄道は、走行抵抗が低く非常に走りやすいという特徴がある。
そのため、少ない頭数で大型の貨車を動かすことができ、物流の改善により国内の経済発展は凄まじいことになっていた。
そしてその分、国外との貿易も大きく変わっている。
これまで多くの食料を輸入していたところ、農地と農作物の保管技術、そして物流網の整備により逆に輸出できるほどの産出量を確保。
その代わりに輸入を始めたのが、各種の金属や一部の宝石などを含んだ鉱石類である。
もちろん、これらは<ザ・ツリー>が欲している希少資源である。
これまで利用方法も無く、観賞用として少数産出されるだけだったそれらの鉱石が高値で売れるということで、こぞって鉱山開発が行われるようになっていた。
また、馬車鉄道の発展に伴い、馬の消費する飼葉の需要が非常に高まってきている。
国内でも栽培はしているが、それよりも、高品質な農作物と引き換えに国外から輸入する、というルートが確立されつつあった。
そして、これらの需要をあらかじめ予想していたイチゴと<イチョウ>は、それらを効率的に運用するための物流網を準備していた。物資の保管と輸送を専門に行う制御装置を設置し、常に最適な物流が行われるシステムを作り上げていたのである。
アフラーシア連合王国は、<ザ・ツリー>支配下となって数年で、周辺国家の経済を支配する輸出大国に変貌したのである。
本来、短期間でこのような変化が起これば、隣国との摩擦は避けられなかっただろう。
だが、イチゴと<イチョウ>は外交にも気を配っていた。
短期的には損が発生しないよう物流をコントロールしつつ、西の大国であるレプイタリ王国からの圧力まで使って小国家の暴発を抑え込んでいる。
そもそもアフラーシア連合王国そのものの領土が広大であり、領土的野心を感じさせない、というところもプラスに働いているのだろう。
少なくとも向こう数年において、国境紛争は起きないと判断されている。
そんなアフラーシア連合王国の生産基盤を支えているのが、イチゴが司令を務める第二要塞である。
前人未踏の荒野を開拓して建造された、巨大な要塞と生産プラント。
そして、拡大を続ける採掘設備。
アフラーシア連合王国の国土は、過去に発生した大規模な溶岩流を源とする金属鉱床が浅く広く広がっている。
これを露天掘りで採掘しつつ、設備を次々と建設しているのだ。
もちろん、ここに駐留する戦闘機械の数も、他の拠点と比較しても随一の多さである。
現状、有事には現地の即応部隊による防衛・遅延戦闘を行いつつ、第二要塞から大規模部隊を空輸するというのが、<ザ・ツリー>の基本戦術とされている。
そのため、第二要塞は巨大な滑走路を複数併設しており、上空に空中母艦<ギガンティア>を2隻以上待機させることで、即応戦力を確保していた。
これらの部隊を実際に動かすのは<リンゴ>を頂点として組み上げられたネットワーク型疑似知性なのだが、部隊の管理と戦力維持はイチゴが行っている。
たとえばギガンティアであれば、ただ決まった航路を周回するだけでも燃料は消費され、一部の装備は劣化し、交換が必要となる。
これらの消耗品を管理し、適切に補充・交換することで、十分なレベルの即応戦力が維持されるのだ。
こういったシステム全体の維持管理を、イチゴは非常に得意としていた。
◇◇◇◇
「イチゴ、今日は何を見ているのかしら?」
「お姉様。はい、アフラーシア連合王国で収集した言論を分析した結果を確認しています」
「ああ、毎週やってるやつか。一緒に見てもいいかしら?」
「はい、お願いします。お姉様」
「全体の幸福値は……63%ね。そんなものかしら」
「幸福値は相対的な指標ですので、同じ環境が維持されていても、当人がどう感じるかで数値が大きく変動します。衣食住のスコアは継続的に伸びていますし、就職率も向上しています。個人資産も上昇を続けていますので、種としての生存・繁殖レベルは改善しているようです」
「種として……。いやまあ、そうね。食うに困る人が減ってるのはいい事よ」
「ただ、物質的な豊かさは上がっていますが、精神面はまだ発展途上です。娯楽を生み出す基礎能力が不足しているのか……。私達から供給してもいいのですが、あまりレベルの高いものを与えると、娯楽産業の素地を失うと言われて」
「あー……。それは、アカネが悲しみそうな話ね?」
「はい。アカネが好きな分野ですので、判断はアカネにお願いしようと思っています」
「うん、そうね。あの子は創作物が大好きだからね。ライブラリに無い物語が、この惑星の分目以上にたくさんあるって、張り切ってたから」
「一部の知識階級で、本の編纂、という事業が始まったという情報がありました。内容は、まだ稚拙なもの、とアカネは言っていましたが」
「最初はそんなものよねぇ。私達は、紙とペンを供給すればいいのかしら?」
「はい、そうですね。アフラーシア連合王国は森が少ない土地ですので、植物素材を原料にした紙の生産は限定的でした。私達から紙を供給することで、アカネの好む分野が花開くかもしれません」
「紙の原料って……ありがと。あら、セルロースが主成分なのね。まあ、確かに私達ならいくらでも作り出せるか。どうせなら、他の国にも輸出したらいいんじゃないの? 文化が進んだりしないのかしら」
「アカネはそう言っていますが、紙の製造は、他の国々では大変大きな利権構造を持っているようなのです。下手に紙を流通させると、最悪の場合、戦争が始まりかねないんです」
「あら……。紙で戦争なんて、確かに割に合わないわね。勝っても負担が増えるだけだし……」
「はい。なので、大量輸出は行っていません。高級嗜好品として一部に出回る程度に抑えているんです」
「ふーむ……。そういう調整をちゃんとやってるのね。イチゴは偉いわねえ」
「あの……はい……」
「んふふ。あら、でも、雑誌の輸出なんてしてるのね?」
「あ……それは、アカネの発案なんです。文化的侵略がどうとか……」
「あら……。まあ、そうか。情報は武器だものねぇ。……んん? 特集、パライゾ兵?」
「あ、それは……パライゾ兵の絵姿が世間一般に非常に好感が高く受け入れられる傾向があるので、これをメインに持ってくると、アサヒが……」
「あの子は……まあ、問題は無いか……。そういえば、サブカルはアサヒも大好きだったわね……」
イチゴちゃんは控えめな委員長タイプ。
撫でると赤くなります。
 




