第357話 アカネ
頭脳装置基盤No.1、<アカネ>。
彼女は、5姉妹の長女として日々、要塞<ザ・ツリー>内で割り当てられた仕事をこなしている。
知識の収集を嗜好するアカネは、様々な角度からの情報分析を得意としていた。
特に、彼女は統括AI<リンゴ>が手ずから設計・育成した第一世代のAIであり、科学的見地からの分析力は目を見張るものがある。
そういった事情があり、アカネには情報収集とその分析、というタスクが割り当てられることが多い。
それは、たとえば現地のユニットを使った諜報行動計画の立案であったり、あるいは人工衛星を用いた偵察などがあった。
また、現地戦略AIの行動検証、という重要な役割も任せられている。
これは、さまざまな作戦を戦略AIが遂行した後に、その行動ログを精査し、良いところ、あるいは悪いところを洗い出すという作業だ。
要は、点数付けを行っているのである。
もちろん、これは各AI達の順位付けをしている、という意味ではない。
<ザ・ツリー>製の独立AIは須く優秀であり、個々に優劣を付ける必要はないのだ。
とはいえ、AI達は独立型であるがゆえに、その性能が十分に発揮される分野は微妙に異なる。同じ筐体を使用していたとしても、ほんの僅かな環境の違いが、個性として大きな違いとなって現れるのだ。
そして、この得意分野・不得意分野を正確に評価することで、各AIの能力を最大限に引き出すことができるようになる。個々のタスクの割り当てを最適化できれば、机上での想定よりも、数段上の性能を引き出すことも可能なのだ。
この差別化のための点数付を、アカネが中心となって行っているのである。
今の所、アカネの出した点数は概ね好評だ。
まだまだサンプルが少ないため一概には言えないが、アカネのこの能力であれば、将来的に独立型AIの評価を正確に付けることができると判断されていた。
そして、この評価プロトコルがシステム化することで、<ザ・ツリー>のAI群の演算効率は飛躍的に向上する、と<リンゴ>は期待しているのだ。
さらにもう一つ、アカネが中心となって実施しているのが、人工衛星群の運用である。
現在、<ザ・ツリー>が存在する惑星の調査と監視の大部分は人工衛星が担っている。
これらの衛星の投入・運用計画を、アカネが一手に引き受けているのだ。
正確には、オリーブも主担当として動いてはいるのだが。
オリーブは製造関連に全能力を振り切っているため、計画立案は苦手なのである。
アカネが計画し、製造、投入をオリーブが実施する。
そういった役割分担で、<ザ・ツリー>の衛星群は運用されていた。
今、アカネが力を入れて情報収集に当たっているのが、次なる<ザ・ツリー>入植地の選定である。
能動的に電磁波を発振して探査することができない、という縛りを抱えつつ、いかに地上の情報を集めるか。
ここで活躍しているのが、重力場検知衛星群だ。
この衛星は、2基1組で動作する。
一定の距離を保って極軌道を周回する2基の衛星は、常に互いにその位置を観測し続けている。
惑星上の重力場は、地上あるいは地中の状態により、僅かに変化する。この変化を、2基の衛星は互いの位置の変化として捉えることができるのだ。
そしてこの惑星表面の重力場を分析することで、画像や映像からは見つけることのできない情報を集めることができているのだ。
既知の地下資源情報との突き合わせを行うことで、隠れた鉱床の発見にも繋がるのである。もちろん、油田もその対象だ。
そんな大変重要なお仕事をこなすアカネであったが、彼女はさらに重要な役割を担っていた。
それは、朝日の思考の翻訳である。
アサヒは5姉妹とは異なる思想によって生み出された、少々個性の強い独立AIだ。
そのため、しばしば彼女と姉達の間に、激しい疑問符が飛び交うことがあった。
そこで、アカネの登場である。
アカネは考察を好むという性格上、良くアサヒと魔法現象について語り合うことが多かった。また、本好き、知識好きのため古今東西様々な物語を読み込んでおり、ファンタジー作品にも造詣が深い。
そのため、アサヒの口から漏れ出す突飛な話であっても、比較的寛容に受け入れる素地があるのだ。
アサヒの考えのベースとなる理不尽的な元資料、あるいは複合的な思いつきの原典を示し、科学的な知識による翻訳を行うのだ。
この役割は、おそらく、これからもアカネにしかこなすことはできないだろう。
司令官からも大絶賛される、大変重要な役割だった。
◇ ◇ ◇ ◇
「あらアカネ。今日は何を読んでいるのかしら?」
「……お姉さま。『ピービーと川の中』。いわゆる推理小説というジャンルで、人気のシリーズ。4作目」
「へぇ……。ああ、レプイタリ王国で出てる作品なのね。お取り寄せ?」
「そう。今度5作目が出る。アシダンセラ=アヤメ・ゼロが、この作品の作者、リーォパーンから直接献本されるセレモニーに出ると言っていた。うらやましい」
「……ほ、ほう?」
「私もリーォパーンと言葉を交わしてみたい。どんな背景で、これほど練り込まれた作品を生み出すことができたのか。科学的知識は些か間違ったものがあるが、あの国の教育レベルから見ると驚異的。リーォパーン自身の高い素養が窺える。むしろ、レプイタリ王国の発展度合いを考えれば、リーォパーンは現在判明している事象を正確に理解し、自身の作品へ落とし込んでいる。そこに瑕疵は認められない。作品の創作という面では、我々にも真似できない。大変に高度で、非常に繊細。処女作については、一般民衆には難解すぎて理解し難いという問題はあったが、3作目の『とある畑とその農夫について』はその前評判を覆した。想定読者である庶民の知識レベル、読解力まで考慮に入れた文章の組み立て方は、一種の芸術作品。もちろん、<ザ・コア>の演算能力を極限まで用いれば同等の文章を出力することは可能だが、それもこの3作品目のインプットあってこそ。ゼロからこれと同等のものを出力できるとは思えない。そのリーォパーン
と……アヤメ・ゼロが……」
「ちょ、落ち着きなさいアカネ、アカネ。<リンゴ>、<リンゴ>!」
「対応の要を認めます。後回しにしていましたが、海底ケーブルの敷設を開始しましょう。セレモニーには間に合わせます。遅延は100ミリ秒以下で抑えることができます」
「アカネ、アカネ、聞いてたわね? ほんとに急に来たわね……。レプイタリ王国には直接接続できるようにするから、それで大丈夫? 我慢できる?」
「……ありがとうお姉さま。だいすき」
「くっ……。どう……いたしまして! ああ、よしよし。落ち着いたわね……ちょっと別のところが突出したみたいだけど、これは大丈夫ね……。ううん、<リンゴ>、他の子達はこういうの大丈夫?」
「……外部文明と直接的な接触が発生する可能性のある個体は、イチゴ、オリーブ。ウツギとエリカについては全て兵器搭載型ですので、問題ないでしょう。もちろん、同等の手当はする必要がありますが、それはおいおい。オリーブは性格的に、あまり外に出たがることは無いと想定します。イチゴも、<ザ・ツリー>内で欲求が完結している可能性が高いと推察します。ただ、本人にヒアリングは必要でしょう。アサヒは……まあ、アサヒですので、こういった爆発はあまり考えられません。アカネ、あなたの気持ちは十分に伝わりました。今後は、あまり我慢などはしないように」
「……ん」
「あらあら、まあまあ。もう、実は甘えん坊だったの、アカネ?」
「ん……!」
「<ヌース>、<プネウマ>から通達がありました。本件は予想範囲内で、本対応が将来的な状況も踏まえ最も好影響のある対応であるとのことです。司令のご対応については、完璧であると。改めて御礼申し上げます」
「そう……。……うーーん、ちょっと外部との付き合い方も考えた方がいいかしら……。例えば、テレク港街に面会用の迎賓館を準備するとか……」
「ストレス発散という意味でも考慮が必要ですね。リスクもありますが、リターンも大きくなると想定されます。施策について、イチゴに一任しましょう。彼女には良い刺激になるでしょう。司令、通達はお願いしても?」
「そうねぇ。うん、いきましょうか。アカネ、あなたも関係することになるから、一緒に考えましょう?」
「ん」
アカネちゃんはかわいいですね。
なんだかんだでみんな姉妹、そういうことです。