第355話 閑話(ピアタ帝国某所)
「もう、やるしかねえ……」
この場にいるのは、みすぼらしい身なりをした男達が11人。
全員が土や垢で汚れ、ボロボロの服を身に纏っている。
中には、明らかな打撲痕で顔を腫らしている男達も混じっている。
「ほ、本当にやるのか……? あ、あの……た、たらいぞ?とかいうあいつら、すげえ兵隊をいっぱい持ってるって……」
「……それは俺も聞いたぞ。他に手頃な馬車でいいんじゃ……」
「その馬車が来ねえから、どうしようもねえって言ってんだよ! ええ!?」
他の男達の弱気な言葉に、そのリーダー格の男は声を荒げた。
「もう食うものも残ってねえ! 近くの村は全部自警団で固められちまった! 誰か、猪でも鹿でも捕まえられるってんならそれでもいいがよォ!」
「む、無理いうなよ……罠なんて使えねえよぉ……」
「う、ウサギにも逃げられちまったしな、へへ、へ……」
彼らは、それぞれの村から追い出された狼藉者達であった。
元々住んでいた村や町では疎まれ、最後には追放されてしまった、札付きの男達。
そんなどうしようもない彼らは、自然と集まり、そして徒党を組んで山賊になった……はいいが、結局、数の暴力には抗えない。
しっかりとした武器で武装した自警団によって守られた村を襲っては返り討ちにされ、コソコソと忍び込んでなんとか食いつないできたのだが。
さすがに、限界だった。
そんな彼らには、当然、自活するような能力は無い。野外で食糧を得る術など知らず、見つけたウサギを全員で追いかけたはいいが最後には逃げられる。
なけなしの食糧も、もうあと1週間分すら残っていないだろう。
そもそも、節約するとか、皆で分け合うような精神性も持ち合わせていないのだ。
明日、食うに困るような者も混じっている。
「そのタライゾとかいう奴らの、あの馬車しか走ってねえんだ。あれを襲うしかねえんだよ。そりゃ、戦地にゃたくさん兵隊がいるかもしれないが、あんな荷物を運ぶだけの馬車に乗ってるわけがねえ」
「そ、そうかもな……。い、いけそうな気がしてきたぜ、俺もよ……!」
「ああ、やってやらあ! 次にあいつらが来るのは……」
「明日の夜だ。一昨日の夜に、走ってたからな……」
そうして、男達は襲撃計画を立てる。
襲撃対象の馬車は、3日に1回、同じ道を、同じ時間に走ってくる。
タイミングを合わせ、馬車を攻撃し、停めるなり倒すなりすれば、あとはなんとでもなる。
そんな雑な作戦とも言えない作戦を立て、男達は動き出した。
まず、夜になって近くの村の木こり場に忍び込み、全員で小ぶりの丸太を抱えて盗み出した。
11人程度では、大きな木材は運べなかったのだ。仕方が無い。
そして、昼間の間に、その丸太に持ち手になる枝をくくりつける。
なんとか、11人全員で丸太を保持し、走ることができるようにした。
ここまでできれば、後は簡単だ。
脇道にこの丸太を持って潜み、馬車が来たら全員で抱えて走り、車輪にでもぶち当てるのだ。
彼らは丸太を持って少しだけ練習し、成功を確信した。
後は、手持ちの食糧や酒を景気よく消費し、時間になるのを待った。
「……あっ! おい、お前ら起きろ!! やべえ、時間だ!!」
「オラ、寝るな寝るな、起きろ! 間に合わねえ!!!」
酒まで持ち出したのだから、当然、何人かはぐっすりと眠りこけてしまっていた。
灯りになるようなものも持っていないため、周囲は真っ暗だ。
男達が寝てしまったとしても、まあ、仕方ないのかもしれないが。
それでも、遠くに見えた馬車の灯りに奇跡的に気付いた男が、仲間を蹴って無理矢理起こす。
男達は罵倒し合いつつ、月明かりの中、なんとか丸太に取り付いてそれを持ち上げた。
酒を飲んでいた男はフラフラだが、誰もそれに取り合ったりしない。
「よし、来たぞ、来たぞ……」
「俺が合図するから、お前ら、走れよ……!」
「た、頼むぜ……」
夜の闇の中、眩しい明かりを灯しながら、その馬車は走ってきた。
彼らは馬車と呼んでいるが、それは、決して馬車では無い。
そもそも、馬車を引く馬がいないのだ。
馬無しで、その馬車は走ってくるのである。
そして、普通の馬車と違い、その走行音は抑えめだ。
車輪が立てる、ガラガラといううるさい音がほとんどしないのである。
「いくぞ、いくぞ……!」
そして、一番後ろにいる男、この集団の中で比較的頭の回る、リーダー格の男は近付いてくる馬車を見つめてタイミングを計っていた。
ここに来れば、走り出す。そんな単純なポイントを定めることすらしておらず、ただただ勘だけを頼りになんとかしようとしている。
「よし……3! 2! 1! いけえぇ!!」
「……うおおおおお!」
「いくぞおらああぁぁ!!」
「うらあああああ!」
リーダー格の叫んだ号令に合わせ、男達は走り出した。
この時ばかりは、全員の行動が一致する。
丸太に縛り付けられた枝を掴み、脚を動かす。重い丸太を抱え、馬車に突撃するのだ。
「……っ! ちょ、はや……!」
だが。
さすがに、適当な号令では、完璧なタイミングとは行かなかった。
馬車がこちらに来るよりも、丸太が先に、道に飛び出しそうになっていた。
もちろん、先頭の男も一緒に突出することになる。
それに気付いた先頭の男は、慌てて脚を止めようとする。だが、後ろの男達はそれに気付いていない。
よって、手を離した男は後ろの男にぶつかり、さらにその男が驚いて手を離す。
先頭数人が、丸太から手を離した状態になり。
支えを失った丸太は、地面に突き刺さった。
「うおおお!?」
「ぐえ!!」
「何ッ……!?」
「いでッ!!」
場所が悪かったのか、あるいは良かったのか。
地面に刺さった丸太だったが、それでも多くの男達が後ろから押しているという状況で、勢いを殺されながらも道に飛び出す。
その丸太に、走ってきた馬車の車輪が乗り上げた。
そして、ついでに道に投げ出された男達数人を跳ね飛ばし、馬車は大きくその車体を跳ね上げる。
凄まじい音が、周囲に響き渡った。
馬車にまともにぶつかった男達はもとより、丸太に巻き込まれた男達も何人か。
それでも、5人ほどの男が、その現場で立ち上がる。
「うおおおぉぉ……! いってぇ……!」
「くそ、なんなんだよちくしょぉ……!」
「……ってぇ……! て、うおぉ!」
そして、彼らの目の前に。
横転した馬車がある。
「……や、やった、やったぞ!」
「ああ……? ……お、おおおお!」
動ける男達は歓声を上げ、馬車から物資を奪おうと、そこに駆け寄る。
倒れた男達を助けたり、介抱しようとする者はいなかった。
もとより、一緒にいた方が稼ぎがいいから、程度の考えで集まってた者達だ。
ここに来て、目の前の物資満載の馬車を独占できるとなれば、わざわざライバルを助けるほど殊勝な者はいなかったのである。
「扉、扉はどこだぁ!?」
「俺は後ろにいくぜぇ!」
「あ、お、俺も……!」
派手に倒れた馬車だったが、しかし、よほど頑丈にできているのか壊れた様子は無い。
壁や天井が壊れて物資が投げ出される、といった事態にはなっていなかった。
そして、駆け寄った男達が扉を探して車体に取り付いた、そのとき。
『緊急事態。通信喪失。孤立状態』
男達が誰も聞いたことの無い、不思議な声が周囲に響き渡った。
『警告。警告。本機への攻撃行動を認定。脅威排除を開始する』
バカン、と音を立て、馬車の上部――横転しているため、もとは側面だった場所――が跳ね上がった。
がちゃん、がちゃんと音を立て、そこから黒々とした棒のようなものが突き出される。それは跳ね上がった扉の縁を掴み、ぐい、と自身の身体を外に持ち上げた。
月明かりの照らす夜の中。
<パライゾ>の名で活動する武装集団が運用する、汎用護衛ユニットが、周囲を睥睨する。
『自衛行動、起動』
頭部をくるくると回しながら、馬車の上に立ち上がる、不気味な影。
「な、なんだぁ……!?」
突然の出来事に、男達は完全に固まっていた。
これが、這いだして来たのが人間であったなら、彼らは嬉々として襲いかかっていただろう。
だが、これはどうみても、人間では無い。
それどころか、生物にすら見えなかった。
あまりにも異質だった故、男達はその思考を完全にフリーズさせてしまったのだ。
『脅威認定。無力化を開始』
そして、フラッシュと爆発音、男達の悲鳴が夜の闇を切り裂いた。
たまにはこういう人たちにもスポットライトを……。
すみません、ちょっと設定練りたいのでしばらく話が進まないと思います。はい。