第354話 上陸開始
舷側が開口し、そこから固定用の錨が飛び出した。
巨大な錨はそのまま海中に没し、長大な船体をこの場所に固定することになる。
ここは<ザ・ツリー>でポイント2として管理されている、東方域の別大陸近海だ。
そして、停泊するのはアルゴー級偵察母艦、3番艦<オルペウス>。
各ポイントの確保と調査を任務として派遣された、<ザ・ツリー>最新の自動機械群のひとつである。
搭載された戦略AIは、喪失も前提に建造された汎用型。基本的に意思は存在せず、あらかじめ登録された命令をこなすことしかできない電子頭脳だ。
それでも、指定された領域を調査し、それを確保する程度のことは可能な性能を持つ。
もちろん、独立型の高性能AIを送り込むこともできたのだが。
さすがに、未踏領域に貴重な独立型AIを投入するのは、イブの許可が下りなかったのである。
<オルペウス>は、投入した6本の錨が海底に固定されたことを確認すると、甲板の電磁カタパルトを展開する。
時刻は、現地時間で午前4時。昼行性の動物であれば寝静まっている時間帯である。
立ち上がったカタパルトから、最低限の速度で偵察機が発進した。
まかり間違って音速を超えようものなら、とんでもない爆音が周囲に響くことになるため、当然ながら速度は厳密に制御されている。
飛び上がった偵察機は、そのまま周辺の情報収集のため飛び去っていった。
そして、次にカタパルトで投入されたのは、周辺警戒と通信中継を行うための大型ドローンである。
各自動機械は衛星通信網経由で繋がっているが、バックアップ回線もあったほうがよい。
こうして、数日ほど上空から偵察を継続した後。
<オルペウス>は、地上用自動機械の放出を開始した。
◇◇◇◇
「2番艦<ティピュス>、3番艦<オルペウス>は、多脚偵察機の上陸を開始しました。4番艦<カライス>、5番艦<ゼテス>も、予定通り周辺地形のマッピングを継続中。6番艦<カストル>、7番艦<ポリュデウケス>は、52時間後に現着予定です」
「今のところ、脅威生物も文明との接触もないかなー」
「ちゃんと隠れられてるっぽい?」
<ザ・ツリー>の面々は、いつもの通り司令室に集合し、前線の様子を眺めていた。
特に、今投入中のアルゴー級偵察母艦は、全てが自律判断で動作する自動機械群だ。あちらからの情報提供はあるが、<ザ・ツリー>側からはデータ送信を行っていない。
万が一にも、<ザ・ツリー>との情報的連結を辿られないための措置である。
「一番、資源的に有利そうなのがポイント2だっけ?」
「はい、お姉さま! 衛星からスペクトル解析をした結果のみですが、大規模な鉄鉱床が期待されていますので!」
<ザ・ツリー>から見て、東側に存在する、別の大陸。
そこから、露出した鉄鉱石の反応が広範囲に発見されたのだ。
そのため、大量の資源を確保できる有力ポイントとして選定されたのである。
「恐らく、古代の海底が隆起した縞状鉄鉱床。露天掘りで高品位の鉄鉱石を採掘できる可能性が高い」
「赤道直下で、低木が広がる砂漠地帯です。有力な人類文明が周辺に観測されていないことも、非常に優良な場所と判断できます」
<オルペウス>から送信される、地上の映像。
砂礫に覆われた、赤茶けた大地。
そして、ぽつぽつと生える、1~2mほどの低木。
こんな光景が、地平線の先までずっと続いている。
スペクトル解析によれば、この赤い色は酸化鉄が主成分だ。
すなわち、この赤色を呈している大地は、全てが鉄鉱石である可能性が高いのである。
「山岳地帯にはその他のレアメタルが埋蔵している可能性がある。できれば実効支配したい地域」
そして、地殻変動によって隆起したと思われる、この大陸西部地域であれば。
火山活動によって生成された鉱床が、多く存在することが期待されるのだ。
「水源も少ないし、植生も乏しいですね! おおよそ、生物が繁栄するのにふさわしい土地ではありません! 内陸部は寒暖差も激しいですし、非常に乾燥しています!」
「気象シミュレーションによると、雨期と乾期が存在します。内陸はほぼ砂漠性気候ですね。川のような地形はありますが、現在は水の存在は確認されていません」
つまり、少なくとも、人類国家は近くに存在しないと言うことだ。
もう、それだけでこの場所に決めてしまってもいいと思えるくらいには、条件の良い土地である。
水は海水から精製できるうえ、湿度を気にしないでいいというのは好条件だ。
なんと言っても、除湿は面倒で、加湿のほうが簡単だ。
もちろん、淡水源が近くにあった方が有利なのは間違いなのだが。
<ザ・ツリー>の設備群を建設する場合、必ず、重水素を精製するための海水処理施設を併設するため、純水の供給に不安はないのである。
「……この辺、開発できれば、資源生産量が今の40倍以上になるよ……」
それが、オリーブによる試算だった。
現在の主要資源生産地であるアフラーシア連合王国も地下資源は豊富なのだが、資源の元が溶岩であるため、生産効率がいささか悪いのである。
もちろん、溶岩自体には多くの資源が含まれるため、トータルで見るとその埋蔵量は非常に多い。
だが、ポイント2は縞状鉄鉱床と考えられている。高品位の鉄鉱石が容易に、かつ大量に手に入る環境なのだ。資源採掘のコストがとにかく低いのである。
短期間に大量に資源を確保できるという意味で、大変有望な土地であった。
そして、大量の資源を確保できるなら、アフラーシア連合王国を含めた北大陸の開発も捗るというものだ。もちろん、海底鉱床もその規模を更に広げることができるだろう。
「多脚偵察機が行動開始ー」
「能動迷彩装甲は正常に動作してるね~」
周辺の色彩に合わせて、迷彩パターンを自動的に投影する能動迷彩装甲は、今回、全ての自動機械に搭載されている。
動きの激しい多脚機については、さすがに移動中に存在を隠蔽することは難しいが、待機中であればほぼその存在を隠せる程度の性能は持たせてあった。
赤茶けた大地を、なるべく砂煙を立てないように走る多脚機。
周辺を刺激しないよう、パッシブセンサーのみを使って情報収集を行っている。
「原生生物を発見した。小型の爬虫類。地中に巣穴のような空洞がある。別の動物が生息していると思われる」
「日中に活動する生物は少ないと思われます。夜間に再調査が必要でしょう」
「脅威生物じゃなくても、何か魔物とかいると嫌よね」
「魔素計は、あまり反応がありませんね! ですがゼロでもありません! 魔物がいないとは結論できませんねぇ!」
北大陸では、魔の森から南下するにつれて魔素濃度が低下する、という状況は観測できていた。
そのため、場所によって魔素濃度が異なるというのは予想できていた。
「こっちの大陸にも、魔の森みたいなのがあるのかしらねぇ……」
「森林地帯は確認されていますが、魔の森かどうかは分かりませんね! 少なくとも、超常的な巨大生物は見つかっていません!」
人類文明が無い、ということは、改めて確認できた。
であれば、警戒対象は脅威生物である。
不毛な砂漠地帯であっても、<セルケト>種という前例があるからには、全く油断できないのだ。
特に、巨大な脅威生物は普段は動かず、省エネに努めていることが多いのでは無いかと分析されていた。
これは、普段砂の中に潜っている<セルケト>や、魔の森内で活動する巨体の脅威生物の追跡結果から判明した事実だ。
最も活動的と思われる<ワイバーン>にしても、縄張の巡回行動以外の活動が確認されていないのである。それも、数週間の間を空けており、毎日のように食料を確保しに行くというわけではないらしいのだ。
「こればっかりは、長い目で確認しないと分からないものね……」
他のポイントから送られてくる情報を眺めつつ、イブはそう呟いた。
新たな根拠地探しに、本格的に動き出すザ・ツリー。
ファンタジー世界に本格的に手を突っ込むことになりますが、果たして!!!




