第353話 偵察母艦
海面に溶け込むように、静かに進む船があった。
艦上には一切の構造物が無く、時折被る海水もそのまま流れ落ちていく。
喫水は深く、船縁と海面の高さは1mにも満たない。
これは、<ザ・ツリー>が別大陸偵察用に建造した、偵察母艦。
内部に偵察機を詰め込んだ、アルゴー級偵察母艦、2番艦<ティーピュス>である。
遠方からの視認性を落とすため、船上構造物は全て内蔵されており、必要時のみ露出される構造となっていた。
全長210m、全幅30mという大型の艦だが、そのほとんどの構造体が海面下に隠されている。
周辺監視は内蔵の偵察機を使用するか、あるいは上空の偵察衛星または高高度ドローンからの情報提供のみ。
観測マストを使用するのは最後の手段である。
そんな偵察母艦が、現在、6箇所のポイントを目指して航行を続けていた。
監視衛星からの情報を分析した結果、<ザ・ツリー>からの距離も含めて選定されたのが、6つの候補地である。
そして、衛星からの監視だけでは分からない情報を収集するため、現地に自動機械群を派遣することになったのだ。
建造された偵察母艦は、内部に偵察機と偵察型の多脚機を詰め込まれている。
また、自動機械は飛発見性を落とすため、内蔵バッテリーによる駆動を想定した隠密機が大半を占めている。
行動半径は小さくなってしまうが、現地文明あるいは脅威生物に発見される可能性を低くすることを優先したのだ。
もし長期行動、あるいは遠距離偵察が必要になった場合は、内燃機関型を派遣するか、あるいは充電ステーションを途中に設置する対応を行うことになる。
それでも不足するとなると、<ザ・ツリー>から別の部隊が派遣されることになるだろうが。
◇◇◇◇
「情報収集は順調ね?」
「はい、お姉さま! 2番艦、3番艦は現着しました! 偵察機の放出をしているところですね! 6番艦も固定作業中です! 4番艦、5番艦も1日以内に指定ポイントに到着します!」
<ザ・ツリー>を中心とした周辺地図で、北大陸を除く周辺の3つの大陸に、それぞれ2隻の偵察母艦が派遣されていることが表示されている。
近傍に大規模な鉱床があると目される地域や、地形的に油田が埋蔵されている可能性のある場所に実際の部隊を上陸させ、地質調査を行うことを主目的にしている。
また、有望な場所であっても、近くに何らかの文明がある場合はその文明の観察も行う予定だ。
いまのところ、偵察衛星からの観測では、脅威となる戦力を持った文明は存在しない。
だが、魔法という未解析の技術体系を持つ文明の場合、致命的な被害を被る可能性はついて回るのだ。
「これだけ資源生産してるのに、作った端から消費されてるものねぇ……」
「はい、司令。備蓄分を除き、全てを効率的に消費できるよう設備を更新しています。資源生産と消費モデルのシミュレーション解析で、現状の技術レベルにおいてはほぼ完璧に予測できるようになりました。無駄は出しません」
「個人的な感覚だと、それでも脅威排除は十分じゃ無いのよね。やっぱり内政拡大は時間が掛かるわねぇ」
<ザ・ツリー>の資源生産規模は、当初と比べると比較にならないほど巨大に成長している。それに伴い、戦力も増大中だ。
だが、この状態でも、この惑星では安心できないのだ。
北大陸だけでも、真正面からぶつかると甚大な被害が発生すると予想される脅威生物が、2種類確認されている。
<ザ・ツリー>は更にその活動領域を広げようとしているのだから、戦力はいくらあっても足りないというのがイブの感覚だった。
現状の勢力圏を維持し、戦力を拡大するという選択もある。
だが、様々な要素を検討した結果、<ザ・ツリー>は更なる拡大を行うことを決定した。
これは、最終的には、勢力圏の拡大を行わない場合、どこかで頭打ちとなるのが自明であったためだ。
そして、拡大するなら余裕のあるうちに。別拠点の建設が例え失敗したとしても、次に移ることができる状態で始めなければならない、と判断した故である。
外征に資源を分配することで、現行領域での内政拡大は減速するが、既にある程度拡大速度が落ち着いている今だからこそ、最大限の資源活用ができると<リンゴ>は提示していた。
まあ、勢力拡大が存在意義である<リンゴ>属AI達にとっては、大きな障害がない限りは拡大を求めるのは当たり前なのだが。
イブもそれは理解しているため、多少の不安要素があっても、拡大方向に向かうこと自体は歓迎している。
「いくつかのポイントは、近くに文明があるわけだけど。どういう方向性が考えられるかしらねぇ……」
「相手の文明レベルによる。赤外放射の観測から、科学文明としてはほぼ発展していない場所がほとんど。せいぜい、蒸気機関程度の水準。その意味では、レプイタリ王国が一つの基準。ただ、魔法文明は不明。発展していないと想定された森の国でも、魔法技術は非常に高度であるというのが現在の予測。赤外放射は木炭利用レベルであるにも関わらず、レプイタリ王国よりも国力は高い」
「まあねえ」
アカネの回答に、イブは同意した。人工衛星から赤外放射、つまり熱源を確認することで、どれだけの活動が行われているかが想定できる。
だが、それは、熱源を文明活動のエネルギー源として利用している文明しか測定できないのだ。
魔力という未知のエネルギーを使用している場合、赤外放射としては観測できないのである。
魔素計という、空間に含まれる魔素量を測定する装置はあるものの、消費される魔素がどのくらいなのか、という指標は全く無いのだ。
そもそも、魔法の使用によって魔素が消費されるかどうかも不明なのである。
魔法的な障壁をもつ脅威生物たちは、無限とも思える強固な魔法を展開していたのだ。
現象に伴うエネルギー消費が発生しているのかどうかは、確定的ではない。
もちろん、燃石は発熱に伴って消失することは確認されているため、減少に伴う消費は、何かの形で発現しているのは間違いないのだろうが。
「ただ、森の国の例を見るに、科学技術を超える高度な現象を制御できたとしても、個人の才覚に依存する傾向があると考えられる。体系的に、科学技術のように発展できるのであれば、もっと文明は拡大しているはず」
「警戒すべき個人さえ特定してしまえば、脅威の制御は可能って言ってたわねぇ」
「そう。人的資源に依存する限り、その拡大は限定的。また、個人が権力を保持する形態であれば、集団としては拡大しにくい。権力トップが掌握できる以上の力を持つことは無い」
魔法という技術体系は、確かに脅威だ。だが、法則は存在する。
法則が存在するのであれば、制御することは可能だ。
そして、未知を推定することもできる。
「トップが強者の場合、集団が合流することも少ない。せいぜい、婚姻による家族化が限度。魔法的な強者を制御する方法が無いのであれば、我々の脅威とはならない」
そういえば、とイブは思い出す。
魔法文明的な脅威度の高かったプラーヴァ神国では、戦闘力の高い人々が権力構造を作り出していた。
とはいえ、あそこは何らかのネットワークに人々が組み込まれており、強者による強権が振るわれにくい構造になってはいたのだが。
それはそれで、既にサンプルとして情報収集が完了しているため、似たような国家が相手であれば対策は容易である。
「お姉さま! プラーヴァ神国程度であれば、我々であれば片手間で対応できます! アサヒが懸念しているのは、人類が脅威生物化しているようなケースです!」
「ええ……?」
そして突然、アサヒが嫌な情報を突っ込んできた。
「脅威生物は、既存の生物種が年月を経て成長した姿と考えられます! 全ての生物がそうなる可能性がありますので、もちろん、人類もそうなる可能性は十分にありますね!」
安心してください。アサヒちゃんのいつもの妄想です。