第350話 閑話(とある北限都市1)
カンカンカン、と発車ベルの音が響き渡る。
御者に手綱を打たれ、二頭立ての馬車がゆっくりと走り出した。
後ろに曳かれる客車は、最近走り出した馬車鉄道と呼ばれるものだ。
二本の鉄の軌道の上を走るため、たった二頭の馬でも大量の人や荷物を運ぶことができるという、画期的な代物である。
そして本日も、客車には目一杯、人々が乗り込んでいた。
「ランバー、最近どうだ?」
その中で、狭い2人用の椅子に窮屈そうに座っている男達が会話している。
どちらも筋骨隆々の、見るからに冒険者といった風情の2人だ。
「<パライゾ>様々だぜ。こないだから、あの<バックパッカー>を借りれるようになったのさ。笑いが止まらんくらい稼がせてもらったぜ?」
「マジかよ、先を越されちまった! くそ、俺らもあとちょっとでいけるんだがなぁ……」
彼らが話題にしているのは、現在、ノースエンドシティの支配者として君臨している<パライゾ>だ。
<バックパッカー>とは、この<パライゾ>が貸し出している、荷物運搬用の大きな乗り物である。
この<バックパッカー>を使うことで、彼ら冒険者の行動範囲は飛躍的に向上し、次々と新たな魔物や資源を発見するに至っている。
つまり、現在、ノースエンドシティは空前絶後の好景気に沸いている状態なのだ。
「まあでも、あれもいろいろ気を付けないと、扱いが難しいぜ。図体がでかいから狭いところは通れねえし、まあまあ重いから足場も気を付けないとな。もし壊しちまったらと思うとなぁ」
「全額弁償だろ? 何人か、それで借金奴隷に落ちたって聞いたがよぉ」
「ああ。見込みがありゃあ、借金は残るが、また貸し出してくれるって話なんだがな。どうしようもなくなって逃げ出した奴らが、とっ捕まって街の外で働かされてるってよ」
「ああん? そりゃ……殺されなかっただけマシかぁ?」
「まあ、商会の連中よりは全然マシじゃねえか」
そして当然、貸し出しということであればそういう事態も発生する。
噂話ではあるが、<パライゾ>の対応はかなり甘いようだ。直接的に危害を加えるのは、極端に反抗的な一部の者達を相手にしたときだけ。
圧倒的な力を持っているにもかかわらず、必要最低限しかその力を振るわない<パライゾ>の評判は、力を尊ぶノースエンドシティの住民達の間でうなぎ登りだった。
ちなみに、商会というのはノースエンドシティに昔から根を張る商会連合で、金の力で無法を働く悪の代名詞である。もちろん、<パライゾ>が来てからはずいぶんと大人しくなった。
そして、その<パライゾ>のバックアップを全面に受けた冒険者ギルドは、大きな改革の時を迎えていた。
「よお。おめーさんは、どこから来たんだ? オレは王都のスラム街から選ばれたんだがよぉ」
「ああん? 俺は鉄の街っつーすげえ南のちっちぇえとこだよ」
他の座席では、みすぼらしい格好をした男と、比較的体格のよい男達が会話を始めていた。
「鉄の街い? 聞いたことねーなぁ。まあ、そのカッコからすると、オレらよりぜんぜんいい暮らししてたんじゃねーのか?」
「いや、ここ最近だけだ。ここにも来ただろ、<パライゾ>が。俺らの町も、<パライゾ>に救われたんだ。ここに来るのに人員募集するって話だったから来てみたんだが、ようやくここまで辿り着いたぜ」
そして現在、<パライゾ>はアフラーシア連合王国全土から、あるいは周辺国家からも、ノースエンドシティへの移民を進めているようだ。
これは、冒険者ギルドが始めた新たな制度に人員を当てることが目的らしい。
「一応、仕事の説明は受けたがよぉ。魔物に遭遇して、生きて帰れるもんなのかねぇ」
「そりゃ、俺も気になるな……。<パライゾ>からは、大丈夫だって言われたがなぁ」
「まあ、ギルドの連中も勝手なことをしなけりゃそれなりに稼げる、ってなことを言ってたからなぁ。スラムよりいい暮らしができるから、もうなんでもいいぜオレはよぉ。ここに来るだけでも、ちゃんと飯をくれるんだぜ。あんたもだろ?」
そんな男達が、ノースエンドシティから更にその先の前線基地に続々と集結していた。
話を聞く限りではあるが、どうやら、冒険者ギルドが新しい依頼を張り出し始めたらしい。
曰く、指定された魔物を、何人かで担当して狩る依頼。
あるいは、指定された場所へ徒党を組んで行き、指定された資源を持ち帰る依頼。
冒険者の由来である冒険的な要素は無いが、間違いもなく、安定して仕事を続けることができるという噂、というか冒険者ギルドでそう説明を受けたのだ。
もちろん、依頼料は人数で頭割りになるため、そこまで高いわけでは無いようだが。
それでも、安定的に仕事が渡され、成果に応じた報酬を受けられるとあって、各地のあぶれ者が続々とノースエンドシティを目指しているのだった。
◇◇◇◇
「45番! 45番はここだ! ここに集まれ!」
「13番! 13番のガーディー! どこだ、あとはお前だけだぞ!」
魔の森の手前に設けられた、常設の前線基地。
簡易の宿泊施設や大型の倉庫、広く平らな空き地などが整備され、多くの人員で賑わっている。
そして、数ある広場の一画で、本日出発予定の作業員達が、それぞれの班分けでてんやわんやとなっていた。
どうやら、ここ数日で新たにこの場所に送り届けられた男達が集まっているようで、不慣れなために混乱が発生しているらしかった。
この場に居る男達にとっては、何もかもが初めてのことだ。
だが、この場を仕切る者達にとっては、いつもの光景である。
カンカンカンカン、と鐘を叩く音が響き渡り、ざわついていた周囲が、波を引くように静かになった。
彼らの視線の先には、何かの置物の上に立つ人影。
『時間が掛かりそうだから、こちらの指示に従え。これから毎回のことだから、しっかりと覚えるように』
その人物の口から、鈴の鳴るような可憐な声が滑り出した。
しかし、予想に反し、その声は大変に大きく、隅々まで行き渡る。
何らかの方法で、声を大きくしているのだ。
そして、大きな声、というだけにとどまらない。
少女の立つ巨大な置物、そう見えたそれが、急に動き出したのだ。
まるで蜘蛛のように脚が開き、その巨体を持ち上げる。
少女が立っていたのは、そんな巨大な魔導人形の頭部だった。
『各々、配られた鑑札は首にぶら下げるように。もし無くした者が居れば、あとでこちらに来い。再発行する。鑑札に番号が振られているから、それと同じ立て札の場所に集合しろ。分かったか』
少女の口から、滔々と流れる言葉に、男達は固まっていた。その可憐な見た目からは想像も付かない、ハキハキとした喋り。何より、あまりにも整った容姿の彼女に、多くの男達が見蕩れていたのだが。
『何をしている、動け!』
ドスン、と蜘蛛型の魔導人形が足を踏みならし、男達は慌てて動き始めた。
非常に分かりやすい、巨大な身体という暴力に、浮ついていた彼らは冷や水を浴びせられた形である。
とはいえ、いつもの事なのだ。
「よし、22番! 全員集まったな。ここはうるさいから、少し離れるぞ。ついてこい!」
22番班のリーダーであるその男は、丸太のように太く引き締まった二の腕を見せつけつつ、5人の男達を引き連れて歩き始めた。
「とりあえずこの辺でいいだろう! よし、まずは自己紹介だ! 俺がこの22番のリーダー、レルゲイ! 俺の指示に従え! そうすりゃ、ちゃんと報酬は支払ってやるからな!」
ガハハ、と男は笑い、手にした22番の立て札を地面に突き刺した。
ズドンと空気を震わす音を立て、固そうな地面に札の足が埋まる。それだけで、この男が相当の筋力を持つことが分かるだろう。
見た目のインパクトというのは、特に学のない男達にとっては最大の指標だ。
「いろいろと気になっているだろうが、まずは今日は慣れることだ! 安心しろ、今日の夕方にはちゃんと金は出るぞ! 飯も泊まるところも、俺が世話してやる! 女もだ!」
「マジか……」
「信じられねーぜ」
「おう、最初はみんなそう言うぜ! 俺からすればいつものことだな! ……よし、よさそうだな。明日からは、ここだ。ここに集まれ。札はこのままここに刺しておくからな! まずは森に入るぞ、ついてこい! ……返事くらいしろ!」
「おう」
「っしゃ、やったらあ!」
「うっす!」
「……おう」
「ああ」
5者5様の返答に、リーダーの男は苦笑した。
まあ、返答が返ってきただけでほぼ合格だ。本当にどうしようもないと、この時点で自分勝手に動こうとし始めるのだ。
今回の人員は、比較的当たりの部類だった。
冒険者ギルド。
ここには、力自慢の男達が日々集まってくる。