第348話 ギャップを楽しむ
その軍港には、ひときわ目立つ外観の軍艦が停泊している。
艦名は<ストロバス>。言わずと知れた、<パライゾ>所属の巨大な軍艦だ。
もっとも<パライゾ>内では"Tier 1"巡洋艦という分類であり、旗艦ではあるが、現状の海上戦力と比較すると大変見劣りするのだが。
ただ、レプイタリ王国に知られる戦力としては最大級のものであるのは間違いなかった。
「我が国も、あれほどの戦艦を持ちたい」
これが、極一部の実情を知る人物達以外の共通した思いである。
よって、その軍港に隣接した土地に、(レプイタリ王国の基準で)巨大な造船工廠が作られることになったのは必然である。
王国海軍総提督アルバン・ブレイアスは、その建造にあたり、素直に<パライゾ>に技術支援を求めた。
そして友好国家である<パライゾ>はこれに喜んで応え、様々な技術を伝えることとなった。
そして、ここで建造が開始される戦艦は、最新の技術を詰め込んだ、(<パライゾ>を除いて)世界最強の軍艦になると誰もが信じている。
ちなみにパナス級巡洋艦<ストロバス>は、全長141mという、レプイタリ王国から見るととんでもない大きさの軍艦である。
さらに、<パライゾ>は全長200m近い貨物船も複数運用しているのだから、その技術力の高さをほとんどの人々が理解させられていた。
<パライゾ>から派遣された技術士官ローズベリー=ローズは、建造ドックを見下ろしながら、担当官から説明を受けていた。
「海岸を掘り下げて作ったドッグです。通常は年単位で時間が掛かるものですが、<パライゾ>からお借りした重機の力で、僅か3ヶ月でここまで進みました」
「人手に頼っていると、効率が頭打ちになる。大型重機の製造も、これからは可能になるだろう」
「ええ、ええ。お聞きしておりますとも。なんでも、あの蒸気機関も小型化の研究が進んでいると。あれを動力源にできれば、我が国でも多くの重機を実用化できるでしょう」
担当官の言葉に相槌を打ちつつ、ローズベリーは改めて建設途中の建造ドックを見回した。
海岸を掘り下げ、大型船舶を建造できるスペースを確保したのがこの建造ドックだ。
現在、石材を積んでドック内部の床と壁を作っている最中である。
作業員達は<パライゾ>製の重機を使用し、大量の石材を積載した台車を動かしていた。
さすがに、石材の積み下ろしや並べる作業は人手でやっているようだが、それでも、重機の力でかなりの人手を削減できていることは間違いないだろう。
「基礎や外壁は、コンクリートを使用できるようになればさらに工期を短縮できる」
「ああ、例のセメントとかいう。私には想像が付かないのですが、それほど有用で?」
現在は切り出された石材を使って強固な外箱を作るのが主流だが、建設の自由度が飛躍的に向上するコンクリートの利用を、ローズベリーは推していた。
一応、レプイタリ王国においても、コンクリートの主要材料であるセメント自体は発見されている。だが、現時点ではその有用性までは知られておらず、石材より脆いが石のように固くなる液体として認識されていた。
実際には、アヤメ・ゼロからはコンクリート建材について伝達済みだ。現在は基礎研究の真っ最中だったりするのだが、情報統制の関係で一般の技術職員までその情報は下りてきていない。
「重機のような機械動力によって作業が効率化されると、切り出し、運搬、成形に時間が掛かる石材よりも、文字通り流動性の高いコンクリートは非常に重要。工期短縮に直結する」
「ははあ……。そういうものですか。まだまだ、私には難しい話ですな……」
「現物を見れば、有用性は確認できる。それまで待てばいい」
ローズベリーはそう言って、コンクリートの話題を終わらせた。
「安全対策も徹底されているようで、何より」
「それはもう。公爵の肝いりですからな。現場監督も相当に気を遣っております」
安全対策装備装着の徹底、作業時の手順確認、指さし確認。
特に、豊かになったが故に人命の価値が上がっているレプイタリ王国においては、事故による怪我や死亡が生産性に直結するようになってきている。
よって、事故発生は何が何でも防ぐべし、という価値観が生まれているのだ。
そして、情報分析によってその事実に気付いたアヤメ・ゼロにより情報と対策が総提督アルバン・ブレイアスに伝えられ、現場に厳重命令が下ったというわけだ。
「怪我をしたくなければルールを守る。工期を守りたければルールを守る。これが徹底されれば、あなた方が立てた工程表は予定通りに進む」
「おお、そうですな。私も最初は信じられませんでしたが、全体の効率を考えるという視点が重要と、散々と説得されまして。まったく、この年になってもまだまだ学ぶことが多いものです」
壮年と言っていい歳の担当官は、そう言って頭を掻いた。
この歳になるまで、彼は現場で一線級の活躍をしていたらしい。そんな彼だからこそ、現場におけるノウハウというのは多く持っていたはずだ。
そして、その常識を、上からの徹底した指導により上書きされたのだ。
もちろん、講師が敬愛する海軍トップのたたき上げ将校であり、反論が許されなかったというのもあるだろうが。
「あとは、あちらが装備制作の工場群ですな。あそこのひときわ大きな炉が、最新の製鉄所です。計画上では、年間生産量は10万V。我が国の銑鉄生産量の4割を担うことになる、史上最大の工場です」
「5年で貴国の鉄鋼生産量を10倍にする。その製鉄所は最初の一基になる。コークス炉も建造する必要があるし、今後は大型発電所も必要」
「多くの計画を聞き及んでいますが、なかなか私ではついて行けませんな……。石炭、でしたか。燃石の代わりにもなるとか?」
「そう。あなた方使っている木炭の代わりにもなる。木炭は、この調子で使うと、すぐに山が無くなる」
「それはそうでしょうな……」
「その代わりになるのが、石炭から精製できるコークス。もう少し技術力を高めれば、水素を使った還元ができるようになるけど、時期尚早。コークスは燃焼に伴って発熱するから、燃石の使用も最低限で済む。あとは、熱を回収して発電に回す。電力が安定して使えるようになれば、大型のモーターを使えるようになる」
「モーターというと、蒸気の代わりに電気を使って回転させるという……」
「そう」
そんな将来像を語りつつ、ローズベリーと担当官は工事現場を回っていくのだった。
◇◇◇◇
ちなみに、現在<パライゾ>は、年間3,000万トンの粗鋼生産を目指して施設を拡張中だ。
生産した鉄は、そのほとんどが設備拡大に使用される。
もちろん、鉄以外の資源も生産が必要だ。
その一つがセメントだ。
設備の建造には、これまた大量のセメントが必要である。
こういった多くの資源を探査し、採掘し、精製する。
<パライゾ>は、これらの自動設備群を、各地に次々と作り上げていた。
特に、完全にその管理下においたアフラーシア連合王国では、人類未到とされていた地がまるで浸食されるかのように開発されている。
これらの拡張が予定された段階に到達した時点で、<パライゾ>の制御する自動機械群は爆発的にその数を増やすことになるだろう。
ちなみに、これらの勢力拡大のボトルネックになるのはエネルギー源である。
今のところ、最も効率がよく、かつ安定的に動作するエネルギー炉は重水素核融合炉だが、燃料となる重水素の生産拡大が困難なため、これだけに頼るとエネルギー不足に陥ると判明している。
そのため、衛星などに蓄積されていると考えられるヘリウム3を使用したエネルギー生産計画も策定されているのだ。
海水には大量の重水素が含まれていますが、海水全体と比較すると、処理できるのはごく一部。
どうしても頭打ちになってしまいます。
縮退炉とか出したいんですけど、出力が恒星レベルなので、惑星上で使えないんですよ……。




